原風景に待つ君へ
emo
第1話 どこにも進めない人生
凍えるような冬。
12月になったばかりだというのに外は吹雪で荒れていた。
明日になれば天候は安定するらしい。
誰もが家の中で自然の猛威から避難し夜明けを待っていた。
モルタル仕上げで白色の2階建てアパート。
1階に2部屋、2階に2部屋あり、そのうち2階の1室に僕は住んでいた。
部屋は25平米程の専有面積を持ったワンルーム。
生活頻度の高い6畳ほどの居室はこたつとテレビとそのテレビを格納している横長の棚が設置され、それ以外のスペースは足の踏み場もない位散らかしていた。
暖房を四六時中稼働させ部屋の暖を取りながらも、こたつに入ってさらに体を温め堕落させていく。
基本ずっと居座り時間が過ぎていくのをボーとしながら待っていた。
僕はこたつに入りながらビールを飲み、ほろ酔いの状態で天井のシーリングライトを眺めていた。
内容の入って来ないテレビ番組はもう何時間も前から流しっぱなしだ。
部屋の中にはテレビの音と外の風が窓にぶつかりカタカタする音にエアコンの駆動音が響いていた。
ふと、気になることがありベランダを出入りする掃き出し窓に目を配る。
照明を見つめすぎたせいか視界が暗く感じる。
重い腰を起こして何時間かぶりに立ち上がり、掃き出し窓に近づく。
曇った窓をこすり、気になる正体を探す。
「・・・またいる」
左下に見える隣の戸建て住宅の近くの電柱辺り。
少し遠くて見えづらいが、確かに視線を感じる。
中学生か高校生ぐらいの制服姿の少女。
この吹雪にもかかわらずスカートを着用し見ているだけで凍えそうだ。
少女はじっとこちらを見つめている。
不気味になりカーテンを静かに閉めて身を潜めるようその場にしゃがみ込む。
これは今に始まったことではない。
2週間ほど前。
深夜帯ベランダに出て夜風に当たりながら煙草を吸っていた時。
突如視線を感じた。
わからないけど、誰かに見られている気がする。
超能力者でもないのに変なことを言うと思うだろうが、確かに感じたのだ。
正体に気付いた時には目を疑った。
予想の範疇でやっぱりいたと思っても、驚きを隠せなかった。
少女は毎晩あの電柱の裏から僕の部屋眺めている。
最初思ったのは、彼女は悪霊で僕を殺すために機会を伺っているんだろうか、今住んでいるこの部屋は訳あり物件でその前に住んでいた少女が見ているのかと色々な想像を巡らせ考えた。
でも少女はただ見てくるだけで何もしてこない。
直接危害を加えてくることはまだなかった。
それでも充分こんな気持ちにされているので迷惑には変わりないのだが。
悪霊にはとても見えない。
少女の似た目に騙されているだけかもしれないが。
でも実際に生きている人間が実行しているとしても腑に落ちない点が多くある。
何週間も夜遅くに電柱の裏に制服姿の少女が一人だっていて、なぜ誰も話しかけない?
住宅街の中に構えている電柱だ。
周りの住人に不審がられて注意されたり、警察に通報されたりの一つでもありそうなものだが。
そんなに世間は無関心なものだろうか?
そこまで考えて僕は思考を止めた。
やめよう、答えなんて分からない。
堂々巡りになる一方だ。
それに、僕自身不審がってはいてもこれといった対策をしようとも思わなかった。
僕の人生は何の面白みもなく、ただ空虚で同じような日々が続いていくだけ。
近い将来自ら蓋をして終わるだろう。
幽霊の一つでも見れたら少しは面白いと思えるのかもしれない。
そんなことを、考えてしまうんだ。
窓から差し込む光に刺激され僕は目を開ける。
結局歯も磨かずカーペットの上でうたた寝していた。
暖房をつけっぱなしの部屋は湿度が奪われ空気が乾燥しており、声も発せないくらいのどがカラカラになっていた。
なにか飲もう。
そう思い、けだるい体を起こす。
思い出したように窓を見る。
また曇った窓をこする。
もう少女の姿はなかった。
毎回こうだ。
夜になると電柱の裏に立っていて、朝起きるといなくなっている。
幽霊とは夜行性らしい。
冷蔵庫を開けると3段収納置き場があり、1番上に缶ビールが敷き詰められ、2段目は水や炭酸ジュースといった清涼飲料水がまばらに置いてある。
あとはお酒のつまみが所々入っているくらいで自炊をすることもない僕は料理材料等は一際置いていない。
その中から2段目に置いてある水のペットボトルを手に取る。
水を喉の奥に流し込んでいきプハッと息を吹き返す
洗面所で顔を軽く洗い、適当に紺色のジーンズと黒のプルオーバーパーカー、その上にチェスターコートを羽織る。
玄関先へ向かいカギにスマホと財布をポケットに突っ込むとそのまま家を出た。
特に何の予定もないし、行く当てもないけれど。
家でずっと腐っているのもさすがに暇だし時間潰しの為出かけようと思った。
アパートを離れ路地を歩いている途中僕の部屋を見ていたであろう電柱の近くを通る。
その場所が気になり、電柱の方に近づいて裏に立ってみる。
僕の部屋の方を見てみるとわずかにバルコニーの腰壁から上の窓が見え、そこから部屋の中を見ることができた。
「若干、見えるくらいかな」
夜ならまだ部屋の明かりで照らされているので見え方が違うのだろうか?
部屋の中がはっきり見えるかと言われたらそうではない。
仮に僕の姿を見たくてここから覗いていたとすると、それは僕が窓からこの電柱の裏にいる少女を確認する時。
その一瞬しか見えない。
僕が窓を覗くなんて一日に何度もないし覗いたとしても数秒にも満たない。
僕ではなく別の何かを見ているのか?
少女は一体何を見ているんだ。
止めよう。
また答えのない一人問答を始めている。
ずっと立ち止まっているのもご近所の人に不審がられると思い再び歩き出した。
歩いているとき様々な人たちとすれ違った。
忙しそうなサラリーマン。
受験シーズンなのか、単語帳をもって暗記しながら歩く学生。
同じく複数の友達と楽しそうに登校する女子学生達。
そんな人達を見るとき、僕は目をそらしたくなるくらいの劣等感にさらされる。
彼らは世界に適応して上手く世の中のルールに従い生活している。
それに比べて僕は今何をしているのだろう。
大学生、という名目の引きこもりだった。
大学に入学後2か月は通ったものの周りの環境になじめず、さらに何の目的意識も持たずに進学した為そこで学ぶことに価値を見いだせなくなってしまい、自然と僕は通うのをやめてしまった。
アルバイトを始めても数か月も持たずにやめ、また違うバイト先を見つけてはやめる。
転々としているうち自分には働くこと自体が向いていないと悟り行動を移すことを止めてしまった。
そして今の廃人のような生活へと至る。
すべて身から出た錆だというのに他人と比べて劣等感を感じるとは情けのない話だ。
この世界を正当に生きる事を諦め、そして世界もそれに応えるように僕を見限った。
なのにレールに沿って生きている人間を見て羨ましく感じてしまう。
僕は一体どうしたいのだろう。
心にある虚無感に感情の全てを支配され、その中でくだらない思いを抱き答えの出ない堂々巡りを繰り返す。
そうこう考えている内に一歩も進むことができていない。
それが僕、”新幡 スミレ”の人生だ。
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