東国一の醜女絵巻

千聚

 鎌倉幕府を開いた源頼朝が死んだ。病死と云うことになっている。

 二代征夷大将軍であった源頼家が押し込められていた伊豆で殺された。

 そして、三代将軍源実朝も雪の鶴岡八幡宮で殺された。

 頼朝が伊豆で兵を挙げてから僅か半世紀足らずのことである。後の世に鎌倉時代と呼ばれる鎌倉でのまつりごとは続くが、それは京都から僅かな血筋を頼りに藤原摂家の幼子を、更には皇族の親王を将軍に迎えての北条一族による執権政治であった。


 何かと騒がしい鎌倉中を一歩出た草深き里は、小高い丘に隔てられて潮騒は聞こえない。

 小さなやとすべてが屋敷地で、ぐるりと緑の壁に囲まれている。谷の雨は、空から降り出すのではなく、周りの緑がしくしくと泣き出すのだ。

 泣き虫の長雨に降り込められた屋敷の離れで、おとこが二人密かに向かい合う。膝前には、寺の坊主から手に入れた貴重な茶が入れられていた。苦いのは仕方がない。薬なのだ。

 臨済宗の開祖である栄西は、将軍実朝の相談相手でもあった。和歌を良くし、穏やかな印象の実朝だが、酒好きで二日酔いするほどに飲んだ。そんな将軍に薬として勧めたのが喫茶であった。

 苦い薬は、社交の手段として武家社会に浸透した。

 緑の葉先を震えさせる雨に閉じ込められた部屋の遣戸は締め切られ、じっとり隠微とさえ云える。

「して企ては、如何した?」

「はっ、つつがなく進んでおりまする。今しばらくの御猶予を」

「うむ、完成してなくとも良い。そのぅ、初めのくだりだけでも語ってみせよ」

「‥‥‥ 然らば、いざ鎌倉でござりまする」

 男は世にも面妖な物語の始まりを語り出した。


 ・・・・・・・・・


「如何でございましょう?」

「うむ、なかなかに。ほんにそのような面白き天狗の子がおるのか?」

「はははぁー、居りまする」

「ほう、見たいのう」

「絵巻の方も進んでおりますれば、いずれご覧になれまする」

「本物も見てみたいのう。う、ウワハハハハ、はぁ」

「う、う、殿、お戯れが過ぎましょう」

 大いに笑った漢二人は、鼻の頭から首筋にかけて、じわりと汗を滲ませる。

「そんな無体な夫婦を退治した結果、取得した土地よ。なあ、誰も文句はあるまい」

「ははぁ、如何にも」

「どちらにしても、我が北条一族が、天下の為に使うのじゃ、ふん、ふん、誰も文句はあるまい、文句はあるまい」

 喉を潤そうと茶碗を覗けば、一滴の苦茶も残っていない。

「おーい、茶をもて」


 茶碗を掲げた若い郎党が遣戸を開けた。

 漢二人に、茶の香をかき分けて、雨と若緑が混ざり合った幽香が届いた。

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