教愛! 汝隣人を愛したまへ! ①

「ここが宿舎なのね」


 ニューニャに連れられベアトリクスはしばらく過ごすことになる宿舎へたどり着いた。


「はえー、けっこうキレイッヒねぇ」


「当然なのね、定期的にリフォームしてるのね」


 それじゃあ中へとニューニャは招き入れる。


「これが部屋の鍵なのね、私の修行が終わるまでは好きに過ごしてていいのね」


 ニューニャは鍵を渡す。


「食事はどうするるンベルク?」


「朝昼は出すのね、昼も部屋にいるなら一緒に食べるのね」


「わかったンケルク」


 そう言うとベアトリクスは部屋に入っていった。


「私も今日は休むのね……」


 ニューニャは眠そうにあくびをしながら部屋に入る。荷物を置き、服と帽子をかけた。


 ベッドに座ると長旅の疲れからうとうとしてしまう、睡魔の大群が押し寄せニューニャはいつしか夢の世界に落ちていた。







「これでよしと」


 清海はミルクドラゴンを再び建物につないでいた。清海を恐れたドラゴンはもう脱走する気もないようだ。


「ブヒーン……」


「そんなに怖がらなくても良いんだが、まぁミルクも取りやすいしいいか」


 そう言って清海は搾乳を始める。


「おっ、やっぱり牛より凄い量だな」


 一握りごとにバルブの壊れた水道管の如くミルクが飛び出す。それを見た清海に一つの好奇心が浮かぶ。


「ちょっと飲んでみるか」


 清海は龍乳を一口飲んだ。


「牛より甘いな。少々獣臭いが味はかなり濃いようだ」


 飲み終えた清海は再び搾り始める。


「うっ……!」


 清海は突然の違和感に胸を押さえた。急に胸の奥が熱くなる様な感覚が清海を襲う。


「ミルクのせいか……?」


 十中八九そうであろうと清海は踏んだ。であれば龍乳による副作用なのかという不安が募る。好奇心という通り魔に虐げられた胃袋が泣いているかの様だ。


「頭が、くらくらするぞ……、まさかアルコール入りなのか?」


 この感覚は酒を飲んだときに似ている、それもかなりの量を飲んだときのやつだと考えた。


「おっと」


 足がふらつき、思わずドラゴンの乳房を掴んでしまう。


「ブモオオ!」


 凄まじい力で乳房をつかまれドラゴンは悲鳴を上げる。下においていた搾乳用バケツは一瞬で満タンになった。アルコールの摂取により筋肉のリミッターが外れているのだ。


「しまった、やっぱりアルコール入りのようだな」


 だがうまく使えば手軽なドーピングに使用できそうだ。


「これだけ搾ればいいかな、おわっ」


 ミルク入りのバケツを持つと握力の暴走により持ち手を破壊してしまう。無残に壊れたバケツは床に落ち転がった。


「次からつまみ食いはやめよう……」


 清海は肝に銘じた。







「ニューニャ、起きなさい」


「むにゃ……、もう朝なのね?」


 翌朝目を覚ますと、目の前にいたのはカタリナであった。


「早くご飯を食べて着替えなさい、教会に行くわよ」


 ニューニャは飛び起きる。


「教会? 修行じゃないのね!?」


「強くなるためにはまずは教会に行かないといけないわ」


「絶対に嫌なのね! あそこは聖職者共の根城なのね!」


 ニューニャは拒むようにベッドにしがみついた。


「いいから来なさい、今日行くところは私達の敵じゃないから」


 そう言うとカタリナは部屋を出て行く。


「教会のやつらがまともなわけはないのね……」


 ニューニャは不機嫌そうに服を着替えた。









「ニューニャ遅かったッヒねぇ」


 無数のモアイモを皿に乗せながらベアトリクスは言った。ニューニャが来たのは牧場のカタリナ経営サキュバス社の社内食堂であった。ビュッフェスタイルで設置された料理がところ狭しと並んでいる。


「うっかり寝すぎたのね……」


「ほらニンジンあげるンベルク」


「ちょっと! カレーの中の嫌いな野菜をこっちに押し付けないで欲しいのね!」


 ニューニャは負けじと嫌いな野菜をベアトリクスの口に押し込む。


「やめるッヒ!」


「こら、食事中に騒ぐんじゃない」


 先に食事を始めていた清海が一喝した。その前には通常の三倍はあろう食事が並んでいた。


「あっ、ごめんなさいなのね」


「申し訳ないッヒ」


 二人はおとなしく食事を続ける。


「清海さんは異世界から来たのね?」


「ああ、二週間ほど前にな」


 食事を取りながら清海は言った。


「すごい体が大きいッヒねぇ、なにか格闘技でもやってるンベルク?」


「空手と相撲をやっていたぞ」


「聞いたこと無い格闘技なのね、異世界の格闘技なのね?」


「そうだ」


「あのドラゴンをおとなしくさせたのも空手と相撲の力でッヒ?」


「いや、あれは仕事で覚えた技術だ。ちょっと特殊なやつだな」そう言うと清海は食事を終え食器を片付ける。 「じゃあ俺は仕事に行くよ」


「じゃあ俺は仕事に行くよ」


 清海は食堂を出て行った。


「本当に謎の多いお人でッヒねぇ」


「ほんとうにかっこいいのね……」


 清海の後ろ姿を見送るニューニャを尻目にベアトリクスも食器を片付け始める。


「じゃあニューニャ、修行頑張ってンケルク」


「ベアトリクスはどうするのね?」


「暇だからこの町を観光でもするつもりッヒ」


「ああそうなのね、もし買い物や食事をするときはママの名前を出すといいのね、きっとサービスしてくれるのね」


「ありがたく使わせてもらうンケルク」


 そう言うとベアトリクスは食堂を後にした。







「お前ら、飯だぞ」


 清海は鶏小屋に来ていた。


 今日から本格的に始まった仕事、家畜の世話である。


 用意された餌を鶏たちにばらまく。


「これ中身はなんなんだろうな、トウモロコシとかか?」


 黄土色の餌が降り注ぐ様を見ながら清海は言った。


『ブオオオ』


 大きな声が外まで響いてきた。


「またドラゴンが騒いでるみたいだな」


 清海は急ぎ外に出ると、ドラゴンを閉じ込めている建物が揺れているのがわかった。


「ブオオオ!」


 建物の中に入ると案の定ドラゴンは鎖を引きちぎろうと暴れていた。


「やっぱりドラゴンはでけえなぁ」


 清海はドラゴンを殴りつけると、借りてきた猫のようにおとなしくなる。


「今日も搾らせてもらうぞ」


 清海はドラゴンの乳房を掴むと凄まじい握力でミルクが搾られていく。「ブモオオ!」と凄まじい雄たけびが牧場に響き渡った。


「至近距離だとうるさいな……」


「静かにしろ」と清海はドラゴンの体をたたく。清海を恐れているドラゴンには効果的であった。清海は再度乳房を掴み搾っていく。


 ギュっと搾ると乳がバケツに落ちる。


 しかしこれからどうするか、とりあえずある程度金を貯めたら改めて都会を目指そうと清海は考える。


「そういえばカタリナとニューニャは角が生えていたな、やはり俺とは違う人種なんだろうか?」


 考え事をしているせいで清海の手元は疎かになっていた。


「ブモオオ!」


 激しく暴れるドラゴン、強く握りすぎたのか。我慢ならぬとドラゴンは体を揺らす。


「おっとっと、まずいまずい。静かにしろ!」


 清海がドラゴンをおとなしくさせようと右手を振り上げた瞬間、ドラゴンの足元が崩れる。


「うおっ、なんだこれは!?」


 突如として建物の床が崩れ、空洞が出現する。ドラゴンもろとも清海はその暗い穴に落ちていった。







 ベアトリクスは酒場に来ていた。痩せたヒゲ面の店主が迎え入れる。


「いらっしゃい、なんにするかい」


「オススメのお酒を一杯頼むッヒ」


 そう言うとベアトリクスはテーブルにつく。少し待つと白い液体が注がれたグラスが運ばれてきた。


「近くの牧場から仕入れた龍乳で作ったドラゴンカルーアミルクだよ」


「ドラゴ……、あっ(デッヒ)」


 ベアトリクスはカルーアミルクを一口飲む。


「これはおいしいッヒねぇ。牛よりも脂肪分が少なくて飲みやすいながらもほのかな甘さが体にしみるンベルク」


 優しくワイルドな味わいに舌鼓をうつ。


「それにしても仕事をせずにのんびりできる日ってのはいいンベルクねぇ」


 昼間から酒を飲む姿は誰が見ても道楽者であろう、その様相を加速させるが如くベアトリクスは鼻歌を歌う。


「お客さん、随分立派な槍を持ってるけど兵士かなにかかい?」


「傭兵をやってるンベルク」


 そう言いながらベアトリクスは再びカルーアミルクに口をつける。


「おい、ありゃなかなかべっぴんだぜ……」「あのツンツンした感じたまんねえなぁ……」


 近くにいた男達がそんなことを離しているのが聞こえる。ベアトリクスは辺りを見回すが自分以外に女は見当たらなかった。


「おい姉ちゃん、ちょっといいか?」


 ギザギザノースリーブの刑務所あがりのようなモヒカンを蓄えた二人の男達が話しかけてくる。


「なんでッヒ?」


「近くで見るとやっぱり可愛い顔をしてるぜ、どうだい俺達とこれから渚のラブラブランデブーにでも行かねえか?」


「渚は海の近くで使う言葉ッヒ、ここから海に向かうなら何日もかかるンケルク」


 ベアトリクスは返した。


「へへ、クールなところもたまんねえな。この近くに遺跡があるんだけどよ、そこで一緒にお茶でもしねえか?」


 男はそう言うと邪教の信徒の様な下卑た笑みを浮かべ浮かべる。


「悪いけどあまり食指が働かないッヒねぇ」


「いいだろう?なぁ……遺跡しようや……」


 男達は舐め回すようにベアトリクスの槍に触れ手を滑らせた。瞬間、ベアトリクスは剣を抜き男の喉下に突きつけた。


「人のものに勝手に触ってはいけないと、ママから教わらなかったンベルク?」


 男達は慌てて引き下がる。


「ま、待て! 俺達はその娘を……いや、その槍を見せて欲しかっただけだ! あまりにもその槍が可愛い顔をしてたんでどうしても近くで見たかっただけなんだよ!」


「槍を? 武器マニアかなにかッヒ?」


 ベアトリクスは怪しいとばかりに男をにらみつける。


「俺達はこの街を拠点にしている考古学者だ。あんたの槍が見たこと無いような逸品に見えたから気になったってわけだ。もしかして古代の技術で作られた武器じゃねえのか?」


「それについては知らないッヒ、これは以前に倒した盗賊から鹵獲したものだから詳しくはわからないンベルク」


「だがただの槍ではないはずだ、なにか不思議な力があるんじゃねえのか?」


「ふん、この服をどう思うッヒ?」


「どうって、めちゃくちゃかっこいいぜ。……はっ!?」


 ベアトリクスは得意気に再びカルーアミルクを飲む。


「この槍は『幻惑の槍』、近くにいる人間の感情を揺さぶる力があるンベルク」


「すげえ! やっぱりそれは古代の武器に間違いないぞ! なぁあんた、頼みがあるんだ!」男達は興奮して続けた。 「俺達はこの街にある遺跡の調査を行う予定なんだが、内部で古代の機械が防衛をしているらしくてな、そいつらを倒せる用心棒を探してるんだよ」


「ほうほう」


 ベアトリクスは腕を組みながら話を聞く。


「そこであんたに用心棒を頼みたいんだが、礼金は弾むぞ?」


 男達は期待を込めたまなざしで見つめてくる。


「迷うンベルクねぇ、豪邸が十軒建つくらいは報酬が欲しいところッヒ」


「えっ? それはさすがに、それなら傭兵団雇うし……」


 男達は狼狽する。


「じゃあだめッヒ、あーあ古代の武器を持った傭兵なんてそうそういないのにもったいないンベルクねぇ、マスター会計をお願いするンベルク」


 ベアトリクスは席を立とうとする。


「わ、わかった! 金はなんとかするから力を貸してくれ!!」


 その言葉にベアトリクスは口が耳まで釣りあがるほどの笑みを浮かべた。


「じゃあ早速向かうッヒ、マスターお会計お願いするンベルク」


 ベアトリクスは財布を取り出す。


「カルーアミルク一杯で五ゴールドだよ」


 マスターはグラスを拭きながら言った。


「あっ、カタリナさんのところでお世話になってるからまけて欲しいッヒ」


 その言葉に驚いてマスターは拭いていたグラスを床に落とす。


「あ、あんたカタリナさんのところの人だったのかい? だったら金なんてもらえねえよ」


「おや、ニューニャのママはすごい人みたいッヒね」


「あんたあの人がどんな人なのか知らないのか?」


 後ろから男達が口を挟む。


「知らないッヒ」


「あの人はこの街の店のほとんどを仕切ってるだけじゃなくて、この街の救世主でもあるんだ」


「救世主?」


 ベアトリクスは首をかしげた。


「二十年前、この街が盗賊団に襲われたときに空は泣き、大地は裂けて赤子は泣き狂った。そんな中あの人率いるサキュバス軍団が現われ盗賊を撃退したんだ。盗賊にめちゃくちゃに破壊された街をあの人は凄まじい統率力であっという間に再興してしまったんだ。その感謝を俺達は忘れちゃいない、うっ……」


 男達は思わず泣き出す。


「どうやら涙腺のスイッチを押してしまったみたいッヒね、まぁタダになるなら助かるッヒ」


「ああ、またいつでも来てくれ」


 店主の声を背中に受けベアトリクス達は遺跡に向かった。








「ここが教会よ、あなたが嫌う教会とは違う系列のね」


 カタリナに連れられニューニャは教会を訪れていた。


「見たこと無い教会なのね、あの十字がここのトレードマークなのね?」


 長イスに腰掛けニューニャはものめずらしそうに言う。


「そう、ここはキリスト異邦聖教会。異世界から伝来して派生した教会なの」


「この教会が強くなることとどう関係があるのね?」


「今のあなたはお父さんを失った怒りに囚われているわ、曇った心では優れた技も鈍ってしまうもの、まずはあなた自身が他者を許せるようになりなさい」


「そんな! 敵を愛せってことなのね!? そんなの無理なのね!」


 ニューニャは声を荒げる。


「ならば無理ね、仇討ちはあきらめなさい」


 そう言うとカタリナは教会の出口へ向かう。


「待つのね! わかったのね! それで強くなれるならそうするのね!」


 折れたニューニャに対しカタリナは話を始めた。


「じゃあまず、この教会について教えるわ。異邦聖教会は聖書の教えに従い各人の伝統や文化の尊重、そして他者との調和を目指しているの」


「調和って人と仲良くってことなのね、聖書ってなんなのね?」


 聞いたことがないとニューニャは首をかしげる。


「これが聖書よ」三つの書物を取り出しカタリナは続ける。 「異世界の歴史の始まりである「旧約聖書」、次にイエス・キリストを書いた「新約聖書」、そしてこちらの世界の歴史を綴った「ネオ約聖書」よ。これを渡しておくから今度読んでおきなさい」


「待って欲しいのね! 歴史とかいきなり言われてもわからないからちょっとは説明して欲しいのね!」


「いいわ、この世界に関係するネオ約聖書について簡潔に説明してあげる。ネオ約聖書には神が大地を創り人々を造りだしたと書かれているの、世界では神がそれぞれの種族の祖先を作ったと言われているわ。もちろん私達サキュバスの祖先もその一人ね、この教会はその歴史をメインで信仰しているの」


「祖先? そんな記録にも無いような話信じられないのね!」


「歴史を綴った本なんてそういうものよ、世の中には信じられないことはいくらでもあるわ、第一あなたは見たこともない他国の話だって新聞を読んで信じたりするでしょ?」


「それは、そうかもしれないのね……でもやっぱり信じがたいのね」


「無理に信じる必要は無いの、ただ信仰は持っておいたほうがいいわ。それがいつかあなたの生きる支柱になるかもしれないから」


 二人が話していると教会の扉が開き十数人の人々が入ってくる。普通の人間だけでなくサキュバスもゴブリンもリザードマンですら来訪している。


「もうすぐ礼拝が始まるわ、このまま参加していきなさい」


「わ、わかったのね」


 ニューニャとカタリナは他の人々と共にイスに座り礼拝が始まるのを待った。


 その時、音楽が鳴り始める。それに合わせて礼拝に来ている者達は歌い始めた。


「な、歌なのね?」


「シッ、まず司祭様が入堂してくる時に歌を歌うの」


 歌と共に司祭らしき年配のオークが姿を現す。白い服に身を纏い十字架を首から下げ片手には聖書を持っているのが見えた。しばらく歌が続いた後、司祭は口を開く。


「えー、皆さんおはようございます。今日も良い天気ですね、それでは礼拝を始めていきます」そう言うと司祭は十字架を持ち続けた。 「父と子と聖霊のみ名によって……」


「「「アーメン」」」


 教会を訪れた者達は一斉に祈りを始める。


「初めて教会にきたがこういうことをするのだ」とニューニャは思った。


 その時、突如教会の扉が勢いよく開け放たれる。


「邪魔するぜ! てめえらよく聞けよ、おとなしくしてりゃ殺したりはしねえ」


 入ってきたのは盗賊であろう風貌の男達であった。皆手には武器を持っている。


「おや、随分と騒がしいですね。もう少しで終わるので待っていてもらえますか?」


 司祭は言った。


「口を開くんじゃねえ!」


 盗賊の一人が司祭に斧を投げつける。しかし斧は祭壇に刺さり大事には至らなかった。


「運が良かったなぁ、日ごろの信仰のたまものか? 聖職者だったことを神様に感謝しとけよ」


 そう言うと盗賊達は教会内を物色する。


「この燭台は売れそうだぜ、お前ら銀食器を片っ端からもらってけ! おっ、サキュバスがいるじゃねえか」


 盗賊の一人がカタリナの前で立ち止まる。


「それもかなりの上玉だぜ、サキュバスは金持ちに高く売れるからな」


 カタリナのあごを持ち上げて盗賊は言った。


「ちょっと! ママになにするのね!」


 ニューニャは立ち上がって怒号を飛ばす。


「やめなさい、ニューニャ!」


「おやぁ? こいつは威勢のいいお嬢さんだ。その度胸に免じて可愛がってやるぜ!」


 盗賊はニューニャの体に手を伸ばした。


「甘いのね!」


 すかさずニューニャは盗賊の胸に手刀を突き刺した。


「うがっ!」


 胸に大きな陥没跡を残し盗賊は床に崩れた。


「なんだなんだ」「やっちまったなあのガキ」


 盗賊達がざわめく。


「ニューニャ、なんてことを!」


 カタリナは言った。


「だって、我慢できないのね!」


「舐めやがってガキが! 死ね!」


 盗賊の一人がニューニャに向かって鉈を振り下ろす。しかしその攻撃はニューニャには届かなかった。


「なんだ!? 腕が動かない!!」


「やめなさい、神聖な教会でこれ以上血を流すのは許しませんよ」


 いつのまにか盗賊の背後から司祭が腕を掴んでいた。


「坊主が! てめえも血祭りに上げてやるぜ!」


 盗賊は振り返り司祭に拳を打ち込もうとする。しかしその攻撃は空を切った。


「なにっ!?」


 全力で打ち込んでしまった盗賊は大きくよろける。


「シエスタの時間ですよ」


 司祭はそう言うと盗賊の首の後ろを強く叩く。まるで糸の切れた人形の様に盗賊は崩れ落ちた。


 子供と司祭に仲間がやられたとあって盗賊達の心に強い不安が募りだす。


「どういうことだ!?」「ただのガキと司祭じゃねえか!」「ぶちころせ!」


 盗賊達は「まずはお前だ」と司祭に集団で襲い掛かる。


「やれやれ、あなた達まで寝かせていてはベッドが足りなくなりそうですね」


 司祭は迫り来る攻撃を風に舞う木の葉の如く次々とかわす。


「なっ、凄い回避なのね!」


「あれがこの教会で伝授される力、『ネオ聖書ステップ』よ」


 司祭の動きを見ながらカタリナは言った。


「そろそろ終わらせましょう」


 司祭は盗賊達の攻撃をかわしつつこめかみを軽く小突いていく。


「な、なんだ? 視界が……」「気分が、悪い……」


 こめかみに小さな衝撃を受けた盗賊達は膝をついて苦しみだす。


「あなたたちの平衡感覚を奪いました。次は意識を奪いましょうか?」


 司祭は言った。


「や、やめてくれ!」「俺達の負けだ!降参する!」


 盗賊達は皆武器を捨て床にしゃがみこむ。その姿を見て礼拝に来ていた者達は拍手をした。


「すごいのね! とっても強いのね!」


 驚嘆するニューニャに向けて司祭が歩いてくる。


「あなたがニューニャですね、カタリナさんから話は聞いています。あなたにこの『ネオ聖書ステップ』を伝授しましょう。後ほど道場でお会いしましょう」司祭はそう言うと、戦闘で乱れた衣服を直す。「皆さん、今日の礼拝は中止です。また来週も行いますので」


 司祭がそう言うと礼拝に来ていた人々は続々と教会から出て行く。


「ニューニャ、それじゃ道場に行きましょう。司祭様も後からくるわ、では司祭様お先に失礼します」


「わかったのね、それじゃ司祭さんまた後でなのね」


 怯える盗賊達が見送るかのように二人は教会を後にした.。

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