衝撃! ミイラとの遭遇! ②

 女が一人死んでいることで近隣の住民は暴漢が潜んでいるのではと不安に思っているようだが、ミイラのことは気づかれていないようだ。


「こいつが例のうごくミイラか」


 メガネをかけた線の細い男はそう言った。


「もう死んでるけどな」


「そんなことはわかっている」


 メガネをかけた男は那須 十蔵(なす じゅうぞう)といい、六郎の仲間の一人であった。


「こいつを目撃したのはお前だけか?」


「俺と清海だけだ、清海は今朝ピラミッドに向かったようだがな」


「うーむ……」


 十蔵はミイラの体を隅々まで観察する。


「ややっ、これは新しい傷だな」


「それは昨日俺が斬った傷だ」


「そんなことはわかっている」


 十蔵は尊大な男であった。元々侍の生まれであり、著名な医師である永田徳本に師事し医学を学んでいた。優れた技術を持ちながら横柄な態度、愛想の無さから敵の多い男であった。


「こいつが女を殺して街をうろついていたんだな?」


 十蔵は言った。


「おそらくそうだ、どこから来たのかはわからないが」


 六郎はそう答えた。


「実はうごいたミイラを見たのは初めてじゃないんだ、各地でミイラの目撃証言がでているのは知っているか?」


「いや、初耳だ」


 十蔵は話を続けた


「この街の北、北東、北西にある街で歩くミイラが見つかっている。一応やつらの出所には検討が付いている」


「なんだと? 教えてくれ」


 六郎は目を輝かせて十蔵に問いただした。


「ミイラはこれまでに8箇所で見つかっている。発見された街を線でつなぐと中心地にはあるのは例のピラミッドだ」


「つまりやつらはピラミッドからやってきていると言いたいのか?」


「可能性としては最も有力だろう、道の技術があるという噂も案外眉唾ではないのかもしれんな。それとこれを見てみろ」


 十蔵はミイラの胸を指差して言った。


「なにか名前のようなものが書いてある。俺が知る限り世界にこんな文字を使う国や文明は存在しないはずだ。この文字は他のミイラにも書かれているんだ」


「ということは、特定の言葉を持つ何者かがミイラを動かした可能性があるってことか」


「そういうことだ」


 十蔵はそう言うとミイラのケペシュを手に取った。


「お前これがなんだかわかるか?」


「ケペシュだろう、ずいぶんと古いもののようだが」


「間違ってはいないが」十蔵はそう言うとケペシュの埃を払い言った。 「これは俺達の武器とは全く違う素材で作られている」


「どういうことだ? 鉄や鉛で作られていないってことか?」


「そうだ、島津のやつらも雑賀衆もポルトガル人もこんな素材は使っていなかった、もしかしたら未知の金属かもしれんぞ」


 十蔵は楽しそうに言った。プライドの高い十蔵にとって自分の知識を披露して説明できるのは自尊心を満たすのに有効であった。


「十蔵、お前は信濃の出なのに何故そんなことを知っているんだ?」


 六郎は言った。


「お前が知らなすぎるだけだ、とにかくピラミッドの中にもぐればまだ世界の誰も知らないものが見つかるかもしれないということだ」


 十蔵の言葉は六郎の好奇心に油を注いだ。


「それは面白そうだ。ちょうど退屈してたんでな、俺も参加するとしよう」


 六郎は言った。


「ならばそのケペシュを使うといい、研げば俺達の持っているものよりも役に立つだろう」


 十蔵は持っていたケペシュを六郎に手渡した。


「遠慮なく使わせてもらおう、準備が出来次第俺は出発する」


「行くのはかまわんが死ぬなよ、名簿の改定が面倒だからな」


 十蔵の冗談を背中に受けながら六郎は支部を後にした。


 聖水を買うため六郎は自販機を訪れた。


「おまじない程度だが飲んでおくか……」


 運が悪ければ死ぬかもしれない冒険になるだろう。しかし六郎は命を賭す価値はあると確信していた。ピラミッドの中に巣くうのは何者か、ミイラがうろついているかもしれない。はたまたミイラを蘇らせる何者かの仕業か、興味は底が知れなかった。灰色に染まった日常を鮮やかに彩る冒険を体が求めるのであった。


「さて、清海を追うとするか」


 六郎はラクダに数日間探索を出来る荷物を積み上げ街を出た。


 街を出て数日、六郎の目の前に複数の人影が現われた。


「お前達、何者だ?」


 六郎は言った。


「我々は商人です。これから街に絨毯を売りに行くのです」


 現われた男達は黒いフードを被り、先頭の男がそう説明した。


「なるほど、この方角ある村なら客も見つかるだろう」品物を一瞥し六郎は続けた。 「それが本当に絨毯であるならな」


「絨毯ですとも、我々は潔白であるがあなたはお疑いのようだ……」


 その時「グロロロロ……」と奇妙な声がした。


「お前達の言う絨毯は鳴き声をあげるらしいな、クレオパトラでも入っているのか?」


 六郎は言った。


「お前アジア人だな? 今聞いたことは忘れろ」


 そう言うと男たちは武器を構えた。


「俺がただの日本人であれば気にはしなかっただろう、だが生憎今の俺はエジプトの神を信仰する民でもある、見逃せると思うか?」


 六郎はナイフを投げて鳴き声を上げる絨毯を切り裂いた。中から出てきたのはロープで縛られたワニである。


「なるほど、これは随分と凶暴な絨毯だな。大方このワニの皮を剥いで売るつもりだったんだろう?」


 六郎は言った。


「如何にソベクの子であろうと俺達のようなものには必要な仕事なんだよ、邪魔をするようなら殺すぜ」


 男達は悪びれる様子も無く続ける。ソベクとはエジプトにおけるワニの姿をした神である。エジプトの民にとってソベクに祈りを捧げればワニが自分達を襲わないようにしてくれると言われているのだ。そのソベクの子ともいえるワニを捕らえ殺すのは重罪である。


「俺がソベクの使いとなろう、今ここでお前達を殺す」


 六郎はミイラから鹵獲したケペシュを取り出し構えた。


 男達は五人、風貌から見ても盗賊であろう。となると苦戦を強いられる可能性がある。


「死ねや!」


 男達は一斉に六郎に切りかかる。砂煙が巻き上がり彼らの視界を一時的に奪った。


「何も見えないぞ!」「やつはどこだ!」


 砂嵐が止んだとき、盗賊たちは息を呑んだ。


「どこにいった!? いないぞ!!」


 ラクダと荷物を残して六郎は姿を消したのである。まるで風にさらわれた砂のように。


「やつを逃がすとまずいぞ!よく探せ!」


 男達はそれぞれ違う方向に足を伸ばし探し始めた。がそれが運のつきであった。


「ひゅっ……」


 一人の盗賊の体が砂に沈んだことに即座に気づいたものはいなかった。


「オマルがいないぞ! どこだ!?」


 男達は狼狽した。姿が見えぬ敵、跡形も無く消えた仲間。太陽の照らす昼間でこそそれは酷く不気味であった。


 一人、また一人と盗賊は姿を消し残ったのは盗賊のリーダーであるアフメド、そしてナジルだけであった。


「出て来い化け物!」


 アフメドは叫んだ。今までに体感したことのない恐怖、自分が対峙しているのは神かそれとも怪物なのか。


「そろそろ出てきてやろう」


 冥府から這い出す死者のように砂の中から六郎は現われた。


「土遁、砂隠れの術……」


「お前、砂の中に隠れるなんてやはり化け物か!?」


「俺は化け物じゃない、神の使いだ」


 その瞬間ナジルの額にナイフが突き刺さる。白い砂漠を血で赤く染めるとはなんたる芸術か。


「やめろ! もう二度とこんなことはしない! これから毎日ソベクに祈りをささげる! だから許してくれ!」


 アフメドは武器を捨て許しを請うた。


「たとえソベクが許しても俺はお前を許しはしない、アメミットがお前を待っているぞ」


 アフメドの首が飛んだ。





 盗賊の荷を鹵獲した後、六郎はワニを近くの川まで運び放してやった。


「ああいう輩は日本もエジプトも変わらないな。それにしても、本当にこのケペシュは一体なんなんだ?」


 川に戻っていくワニを見ながら六郎はそうつぶやいた。


 六郎がアフメドの首を落としたあと、その傷口は焼け焦げたようになっていた。


 ミイラのケペシュを研いだときからなにか感じていた。表面の錆びを落としたところその刀身は奇妙な光を発し始めたのだ。


「あのミイラと戦ったときもそうだったが、これが未知の素材の成せる技なのかもしれんな」


 六郎は言った。




 吹きすさぶ砂嵐を乗り越え六郎はピラミッドにたどり着いた。


 この中に潜むのは神か悪魔か。たとえなんであれ自分を満足させてくれるなら六郎はそれでよかった。


 ピラミッドに一つだけ開いた入り口、この中に入れば戻ってこれないものも多くピラミッドは実質共有墓地となっていた。


 よく見れば入り口の天井部分が軽く抉れている


「清海のやつ、ここで頭を打ったな?」


 中をのぞくと、大男らしき足跡がわずかに残っている。間違いなくこの道を通ったようだ。


「いざ未知の世界」と六郎はピラミッドの中に入った。


 日本には存在しない巨大な建造物、初めて足を踏み入れたこの場所は随分と埃っぽいところであった。


「やはり中は暗いな」


 六郎は松明に火を灯した。


 ずんずんと中を進んでいく。ピラミッドの中は未知の世界だ。王の墓が安置されている場所まで危険な罠が仕掛けられている可能性は高い。不用意な行動は避けるべきだ。


 しばらく歩いているとカサカサと奇妙な音がする部屋についた。聞いたことがあるような音だ。嫌な予感が六郎の脳によぎる。


 六郎が部屋の床を照らすと、部屋の中央を横切るように作られた溝に無数のスカラベがひしめいていた。


「これは! まさかスカラベの川か?」


 スカラベ達の中に人の骨が見える。どうやら肉食のスカラベのようだ。


 ここを抜けなければ先へは進めない、川の幅は8メートルはあるだろうか。


「なるほどこの川で墓荒らし達は死んでいったわけか、だが俺には通用しない。空遁、武空の術」


 六郎は凄まじい跳躍力で川を飛び越えた。忍びとして鍛錬を積んだ六郎にとってこの程度の罠は大した問題ではないのだ。


 無事に川を越え先に進む六郎の前に現われたのはまた奇妙なものであった。


 頭蓋骨を転がすスカラベ達である。それらは頭蓋骨を転がしてうろうろしていると思えば壁にある小さな穴の中に逃げ込んでいった。


 それと共にピラミッドの奥から不吉な足音が聞こえてきた。「ガサッ、ガサッ」とまるで大きな虫が歩くような音はこちらに近づいているようだ。


 まさか巨大スカラベであろうか? ここは王を守る古代の要塞、そんなことがあってもおかしくないのかもしれないと六郎は身構えた。


 暗闇から現われた影、松明に照らされたそれは人間、いや、人間に似てはいるが皮膚はタールを塗りこんだ体のように黒く、頭部には短い角が数本生えている。その異形の存在は二本足で歩き、四本の腕にをケペシュを持っていた。


「なんだこいつは!?」


 エジプトではスカラベは太陽を運ぶと言われ、糞玉に産み付けた卵から子が孵るその姿は自分自身を創造する太陽の象徴であると言われていた。スカラベはオスしか存在しないと言われ転がしている糞玉の中に精液を注ぎ込むことで新たなスカラベが誕生すると考えられていた。


 現代では否定されているが、古代のスカラベがそうでなかったといえるだろうか。


「人間の頭蓋骨……、スカラベが新たに生み出したというのか?」


 このスカラベ人間は、スカラベと頭蓋骨のハーフ。そう考えれば全て納得がいく。


「俺はここを通らなければならない、悪いがどいてもらうぞ」


 六郎はケペシュを構えた。


 スカラベ人間は四本の腕にそれぞれ武器を持っている。それは埋葬された墓から持ち出したものであろう。


「カラカラカラカラ……」


 スカラベ人間は口を震わせ不快な音を出している。


「食らえ!」


 六郎は近くに落ちていた頭蓋骨を投げつけ、即座に斬り込んだ。


 しかし四本ある腕の一つを使いスカラベは難なく弾き落とした。


「なに!?」


 六郎の一撃はもう一本の腕に防がれ、二本のケペシュが六郎を襲った。


「ぐああっ!」


 胸に十字の傷をつけられてしまう、恐れていたことにその傷は焼け焦げていた。


「たった二日で顔が傷だらけとはな……、やはりお前の武器も古代の遺物か」


 六郎は死ぬかもしれない相手であると覚悟を決めた。


「これは使いたくなかったが仕方ない」


 六郎はぼやきながら爆弾を取り出した。爆弾は忍びにとって基本の道具である、六郎はその名手であった。


 六郎は爆弾を天井に投げつけた。


「石遁、崩落の術」


 爆発により天井は崩れ哀れスカラベ人間は下敷きになった。その血は黒く濁っていた。


「お前を生み出したのは我々人間の罪だ、許せ」


 スカラベ人間を弔い進んだ先は棺がいくつも安置されている部屋である。いくつかの棺は開けられており中身はなかった。おそらく外で確認されたミイラ達が眠っていたのだろうか?


 であれば、部屋の中央にある棺には権力者が眠っているのであろう、周りに眠っていたのは護衛であろうか。


「今までさんざん眠ってたんだろう、もう少し寝ててくれよ?」


 六郎は武器を構えたまま真ん中の棺を開ける。


 ふたをどけるとそこに眠っていたであろう存在はいなかった。ただ深淵の暗闇が広がっていただけである。


 松明で照らしても底が見えない暗闇である。


「なんだ、どうなっているんだ?」


 六郎は近くにある石を棺の中に落としてみることにした。井戸の深さを測るように、底に当たれば何かしらの音がするはずである。


「うまくいくといいが」


 石を落とすと「ザブン」と水の音がする。床が崩れて井戸にでもたどり着いたというのか?そんな馬鹿な話があるはずがない。


「降りてみるか」


 幸い壁は棺の大きさ程度の幅しかないようで手で体を支えながら降りることは可能であった。


 松明を口に咥えひたすら闇の底を目指す。そんな六郎の声に耳にはさらさらと小川のような音が聞こえてきた。


「やはり地下水脈につづいているのだろうか?」


 六郎は急ぎ下へ降りていった。

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