河内・菊水商店街物語
北風 嵐
第1話 河内とは大阪東部一帯を云うのであって、地名、町名ではない
♪
エーさては一座の皆様へ
ちょいと出ました私は
お見かけ通りの若輩で ヨホーイホイ
まかり出ました未熟者お気に召すようにゃ
書けないけれど 七百年の昔より
唄い続けた河内音頭にのせまして
せいこんこめて語りましょ
ソラ ヨイトコサッサノ ヨイヤサッサ♪
〈河内〉に行きたいのやけど、JRに乗ったらいいのか、向かいの近鉄に乗ったらいいのか、どっち?と天王寺駅で訊かれた。河内とは大阪東部一帯を云うのであって、地名、町名ではない。河内長野ですか?と訊いたけど「河内」「河内」の連発で…「お兄ちゃんともかく河内に行きたいのや・・」と今にも泣きそうな老夫婦。その老夫婦は今東光*(こんとうこう)のフアンだという。ともかく「河内」に行きたいという。それならJRの八尾で降りなさいと教えた。
河内は北河内、中河内、南河内と3つに分かれる。八尾は中河内に属する。大和川を隔て南向こうが藤井寺である。南河内の入口みたいなところだ。奥にかけて羽曳野、富田林、河内長野各市や、楠公不落の城、千早赤阪村がある。
私は小学校4年生から、高校に入るまで住んだ懐かしい町だ。藤井寺市は近鉄南大阪線の始発、阿倍野ターミナル(今やあの日本一高い『あべのハルカス』で有名)から準急で30分ぐらいで、大阪市のベッドタウンとなっているが、河内独特な地の臭いを色濃く残している。この近鉄阿倍野駅を道一本隔てて向かいが、JR天王寺駅で、八尾に行くならここから学園都市線(当時関西線)に乗る。
道一つでどうして駅名が違う?いい質問だ。でも大阪人はさして疑問に思わない。〈すでにあるものには、疑問は感じない〉という合理主義を持っている。でも、一旦あったものが無くなると「なんで?なんで?」とやたらうるさい。「なんで、あの店はなくなったん?」「亭主がバクチで店潰したんやてぇー」「いいや、女房が男を作って出て行ったらしいでぇ…」
あっ、そうだ正解は道の向こうは阿倍野区でこっちが天王寺区というだけ。「しょうもな」とはいわないこと。世の中は、たいていしょうもないことで成り立っている
「なんで、この人がお父さん?」と考えても仕方がない。「疲れることはやめとこぅー」というのが大阪人。特に河内ではこれが極端だ。
***
立派な顔して説教たれはるけれど、あんたのしずくで生まれたのには違いない。その時だけは「お前だけを、愛してる~」とか一瞬云ったりしてたから、僕は〈愛の結晶〉の成れの果てだ。名前は多村勝治、俗称は真ん中をとって「ムラカツ」と呼ばれている。
「こら、勝治!レジから売上ちょろまかしたやろ!」と、怒っているのは僕のお母ーはん、田村良子。「呼び名は一緒でも字が違うやんケー」これには深いわけがありまして…そのうち分かりますと言っても、河内人間は気が短い。手短にさっさと言おう。4番目の母で、父の籍には入らない。入っていないのではない。「入らない」のだ。
初代は産みの母、和子という。2番目の名前は思い出せない、そして3番目は鉄子さん。初代は23で僕を産み、いま35のはずだ。僕が小学校にあがる前の年に男を作って出ていった。だから小学校入学の桜の下の写真は2番目の〈思い出せない〉さんと、写っている。
4代目となると年々若くなって、良子は25才だ。僕は今、小学校5年生で12才。少々ませているらしい?朝礼の整列は前から2番目、成績も2番目だ。後ろからではない、前からだ。1番は同じ商店街の〈トマト〉の夕子ちゃん。僕の恋人だ。結婚の約束はまだない。
「ムラカツ、お前のお母―はんは、若ぅーてええなぁー」とクラスの奴らは冷やかしやがる。クラスの吉田君のママと道で会って、「あら~、お姉さまとご一緒?」と言われたので、「はい」と答えたら、帰って、良子に思い切りビンタを食った。「籍に入ってのうても、うちはお父ちゃんの立派な女房や。せやからあんたはうちの立派な子なんや・・分かったか!正座30分」良子はイイ女だけど、短気が欠点だ。
自分の母をいくら継母と言え、呼び捨ては良くない。僕の心の中では〈親愛の情〉を込めて〈良子〉なのであるが、ついそれが出てしまう。一度「おーい、良子」とやってしまった。「なんやとー、もういっぺんゆうてみぃ!痩せても枯れてもうちはあんたの母親や!親を呼び捨てにする奴があるか!!」目から星が☆☆☆つも飛び出すビンタ一発決められた。
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