転生者狩り 〜対物ライフルJK りんか〜
木船田ヒロマル
命散らせて咲かす花
すー、はー
深呼吸、というほど深い呼吸じゃない。
けど、確かに酸素をたくさん取り込む呼吸。一定の、平坦な呼吸が必要だ。
耳のイヤホンからはアガスティアの「LEAF」が流れ始めた。シャッフル再生だったけどiPhoneがいい仕事をしてる。私の一番気に入ってる曲だ。
すー、はー
「時空振動予報。予想震度四.五。振動波到達まであと三分」
「LEAF」のAメロを遮って、iPhoneから女性の声がそう告げる。女神が入れてくれた異世界転生者狩りサポートアプリ「クリサタニトス」だ。女性音声でしゃべるAIである彼女は、どういう仕組みなのか、正確な狙撃に必要な様々な気象条件もアナウンスしてくれる便利なものだった。
「クリス、気象諸元」
「気温。二四.三度。湿度。六一.五%。北北西の風。風力二」
すー、はー
私はスコープを覗き込み、想定されるターゲットポイントを見た。膝までの草が一面に広がり、穏やかな風に揺れる午後の平原。まだ異変はない。北北西の風ならば今の私から見ると左から右に、手前から奥に斜めに大気は移動している。距離は約三◯◯メートル。風力二ならほぼ無視していい範囲のはずだが、今回は撃点より半ミルだけ左を狙う。
「振動波到達まであと一分」
すー、はー
「クリス。いつも通りテンカウント。よろしく」
「了解」
スコープの写す望遠風景に異変が起こった。にわかにつむじ風が起こり、渦巻いて竜巻を生んだ。パリパリと細かな電光が大地を走って、ちゅんちゅん、といった様子で草が焦げ、そこかしこに微かに白い煙が上がる。
すー、はー
「時空振動検知。到達まで十。九。八。七……」
晴天の空に、ビシッと雷光が閃く。
一条。二条三条。四条目が、やや蛇行しながら大地を撃った。大音響が当たりに響き渡ったようだったが、私はクリサタニトスのカウントと、その後ろで微かに聞こえる「LEAF」のBメロに聴き入っていた。
「ゼロ」
草原の真ん中に黒こげの穴が開いた。もうもうと立ち込める粉塵と白煙。スコープで注視するとその中に人影が見える。だが、まだ漫然としたシルエットで狙うべき撃点は見えない。
柔らかな風が頰を撫で、フィールドの奥に向かって吹き抜けてゆく。その風が、シルエットを覆うモヤを払った。
見えた。現実世界からの転生者。深夜アニメの主役のような顔の男だ。彼は周りを見回すと声を上げて喜んでいるようだった。
すー、はー
深呼吸、というほど深い呼吸じゃない。
けど、確かに酸素をたくさん取り込む呼吸。一定の、平坦な呼吸が必要だ。
私はトリガーに指を置く。
いや、そっと触れるといった感覚だ。
バレットM九五という形式番号を与えられた対物ライフルは、その凶悪な威力とは裏腹に羽が当たってもトリガーが引かれるような繊細な調整がされている。本当に触れたら発射される静電気スイッチもあるという話だけど、私はトリガーを引きたかった。
すー、はー
ターゲットがこっちを向いた。真正面。銀色の初期装備の簡素な胴鎧が鈍く日光を反射する。体幹。ど真ん中。半ミルだけ左。息を止める。
かきん、どん
撃鉄が落ちる音はごく微かだったが、撃発音は極大だった。そしてその反動も。
パスカルの原理、だったかな。
秒速九百八十メートルで飛翔する十二.七×九十九ミリの小振りのバナナほどの弾丸の運動エネルギーは一万八千ジュールをゆうに超え、その荒れ狂う破壊のパワーは人体のどこに当たっても、有り余る力の奔流を血液や身体の水分を媒介に全身に衝撃波として伝播させてほぼ確実に生命活動を停止させる。そう、たった今この異世界へ転生してきた誰かが身をもって示してくれたように。
ほうっ、ふーっ
私は大きく息をして身体を起こした。
肩にじいんと余韻が残っている。燃えた火薬の匂い。柔らかな風が頰を撫で、フィールドの奥に向かって吹き抜けてゆく。イヤホンから「LEAF」のサビが流れ始めた。
その時私は、きゃあ、という悲鳴を聞いたように思った。コードをびっ、と引っ張ってイヤホンを耳から外す。
何か争うような音。割と近い。
立ち上がって見回すと、大きなオーガーがエルフの女性を襲っているところだった。
私は舌打ちした。
どうやら今回のターゲットは「転生した先でエルフの命の恩人になって惚れられてイチャイチャ」みたいなオプションをセットで希望してたらしい。エルフ美少女を救うはずだったチート勇者サマは私が殺したから、このままだとエルフの彼女はオーガーにヤられるか喰われるか、その両方かされるのだろう。それもなんか私のせいみたいで後味が悪い。だから異世界転生したがるヤツなんて嫌いなんだ。
私は逃げるエルフと追うオーガーに向けて改めて伏射の姿勢を取った。
オーガーの頭。ターゲットは動き回っているが、さっきより距離は近い。この距離であのターゲットなら仕留めるのはホットケーキを食べるより易しい。
すー、はー
チャンスはすぐに訪れた。
かきん、どん
エルフの少女の足を掴んで持ち上げたオーガーの頭が水風船のように弾けた。首から下はそのままぐらりと姿勢を崩して、ずしん、と地響きを立てて倒れた。
何が起きたか分からない様子のエルフの少女が草原の草の間から、ひょこっと顔を出した。
彼女は自分の髪や顔、左半身がオーガーの血で真っ赤なことに気がつくと甲高い悲鳴を上げた。
私は溜息を一つつくとまず銃の安全装置を掛けた。立ち上がり、制服とそのスカートを手で払い、敷いていたヨガマットをくるくると丸めて長い筒にすると傍らに置いていた防水リュックのフリップに差し込んだ。そしてリュックを背負い、ばかでかいライフルをスリングで肩に掛けて、今回の狩場を後にした。
イヤホンを耳に戻す。
流れていた「LEAF」はCメロも終わり、エンディングのピアノソロが最後の澄んだ一音を心地よく奏でたところだった。
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