第2話 絶体絶命
照射された光線は木々や草花もろとも、地面を焼き払い、太陽光を反射して光り輝く硝子を生成した。間一髪で跳躍したルシアは余波に踊らされながらも受け身を取り、体勢を整えた。
腕一本で抱えられていたラインは何が起きたかも把握できず、視線をキョロキョロさせながら慌てている。
「オ、オイ! 一体何が起こっているンダ? 何ナンダあの魔物は!?」
「アタシだって良く分かってないわよ……。急に空に黒い穴が開いたと思ったら、アイツが飛び出して来て、森を破壊し始めたの」
ルシアは背負っている武具袋から適当に一本の短剣を取り出して鞘から抜くと、
「スマン、暫くここにいて良いカ?」
「別に構わないわ。けれど……、敵の攻撃をもろに受けるかもしれないから、覚悟しておくれよいてね――」
怪物は生い茂る大木を物ともせずに薙ぎ倒し、ルシア達に迫ってくると腕の骨を大きく振り上げ、彼女の頭上に振り落とす。後方に大きく飛び退き、大振りの攻撃を躱した直後、ルシアは怪物の腕を足場に高く跳ね上がる。
空中を華麗に舞いながらも短剣を正中線に構え、自身の軽い体重を載せつつも気迫の込もった一撃を放った。
「ヤァ――――ッ!!」
意図せずとも、短剣のブレイドに水属性の魔法が付与され、水刃として猛威を振るう。しかし、ルシアの一撃が
「……き、効いてないっ」
反動で虚空に身を投げだしていたルシアは、急いで回避の体勢を整えようとする。
だが怯んですらいないドラゴンは、大きく身体を捻じ曲げるとまるで飛んでいるハエを払い除ける様に腕で無防備な彼女を薙ぎ払い、地面に叩きつけた。
苦悶の呻きが口から漏れ、彼女は可憐なその顔を苦痛に歪めた。
幸い不定形生物のラインが自らクッションになり、衝撃を緩めてくれたために骨折などは免れたが、それでも身体的ダメージは計り知れない。
「ダ、大丈夫カ……?」
「うん……、ありがとう。でもあの一撃が入らないなんて……」
そう言いながらフラリと彼女が立ち上がったその時、ラインはハッとした様に目を見開いた。何故なら、彼のつぶらな瞳が見つめる先には、服を引き裂かれたルシアの姿があったから……。
とは言っても、破れたのは左袖の二の腕から先に掛けてである。
右腕は半袖なのにも関わらず、左腕は長袖かつ黒い手袋という歪なファッションを身に纏っている彼女だったが、その理由を容姿が物語っていた。
破れた左袖から現れたのは黒紫色の腕。
しかもただ単に色が違うだけではない、まるで昆虫の様な関節が幾つもあり、皮膚とは明らかに違う艶のある外皮には紫の短い体毛がビッシリと生えている。その異形を言葉で表すならば――蜘蛛の腕だ。その部位だけが、人間とは大きく掛け離れていたのである。
怪訝そうに首を傾げたルシアだったが、自身の左腕が顕になっているのに気づいた瞬間、全てを悟った。そして、誰かに裏切られたような悲嘆を孕んだ瞳をラインに向けると、フッと長い溜め息を吐き出し、短剣を拾い上げた。
「聖剣を返してほしい理由……、分かったでしょ?」
吐き捨てる様にそれだけ呟くと、ルシアは地面を蹴って、
暫しの間、ラインはルシアの攻防を眺める。頑なに左腕を使おうとしない彼女の姿は、自分自身のプライドを必死に守ろうとする人そのものだった。
――あのままじゃ、到底勝てない。
彼はそう悟るや否や、自分に何か出来ることはないかと模索し始めた。
――死んで欲しくない。
魔物にあるまじき慈愛の感情が彼を突き動かす。スライムというあまりにもちっぽけな存在が、自身の罪を償うため、立ち上がった。
「オレに出来ることはナンダ……?」
ふとラインが自身の身体を眺めてみると、そこには幾つかの石がジェル状の身体に付着していたのだった。この辺りに目立った石など転がっていなかったはずなのに……。
☆
最早彼女の身体が砕かれるのも、時間の問題だった。敵う訳のない相手にもがき、抗う事しか出来ない……。絶対絶命の危機が彼女を飲み込もうとしていた。
「はぁ、はぁ……、フッ!」
わざと激しく呼吸し、無理矢理息を整えるとルシアは
「イッ…………!?」
燃える様な激痛に顔を酷くしかめたルシアは、着地体勢を上手く取れずに、地面に身を転がす。
そして、命の危険を本能で感じた頃にはもう怪物の腕が大きく振り上げられ、今度こそルシアの身体を切り裂こうとしていた。
「逃げ……、ないと」
痙攣する肢体を必死に動かし、立とうとするも、手足は思い通りに動かない。
腕を避ける手段は、何一つ残っていなかった……。
骨が砕かれ、鮮血が飛び散る未来を幻視した彼女はゆっくりと目を閉じ――死を覚悟したのだった。
「ウラァ――――ッ!!」
刹那、裂帛の気合と共に金赤色の火炎を纏った『岩』が豪速で
やがて、灼熱の炎から飛び出してきたのはラインだった。彼は弾力のある身体を弾ませて着地すると、荒い呼気を漏らした。
「ど、どうして……? どうして逃げ……、なかったの?」
「お前を囮にして逃げる程、薄情じゃねぇ! 大体もううんざりなんだ、誰かがオレを庇って死んでいく姿を見るのは」
突如垣間見えたラインの激情に、ルシアは思わず凍りついた。今まで言葉を喋れる程度の唯のスライムだと彼女は思っていたが、彼が見せる感情は人間に限りなく近かった……。
火炎を突き破って現れた
命をかっさらって行きかねない怪物を前にして、ラインは闘志を奮い立たせると、背後でひざまずき、息を乱していたルシアを一瞥した。
「君の聖剣、返すヨ」
「返すって……、さっき貴方無理だって言ってたじゃない」
「確かに無理かもしれない。ケレド、オレが返さなければ、この戦いでオレ達は死んでしまう。だから――一か八かオレが聖剣を喰って得たかもしれない能力に賭けたいンダ」
ラインは小声でそっと彼女に作戦を伝えた。
まるで小説に描かれた夢物語のような内容に彼女は耳を疑う。しかしその奇策に賭ける以外、彼と彼女に残された道はなかったのだ。ルシアはゆっくりと頷くと、左手の手袋を外し、不自然な痣のあるその人ならざる手で強く握り拳を作った。
ラインという小さな存在を軽視していた
口元には巨大な氷塊が現れ、やがてそれはルシアの身体よりも遥かに大きくなっていき、白銀の稲光が迸った。
「来るゾ……、タイミング合わせてくれヨ!」
「分かったわ――本当に信じてもいいのね?」
「アァ、オレの仮説が正しければ、絶対に成功するはずダ。だから後のことは、頼んだゼ」
頭を大きく振るった怪物は、魔力を限界まで集中させた巨大な氷塊を渾身の力で発射した。
魔法エネルギー由来の稲妻が激しく踊り回り、魔法の余波が地面や木々を凍結させ、大気には白い輝きが舞った。
「頼む……。成功しろォ――ッ!!」
氷塊を目の前に飛び上がったラインは白光に包まれる。
そして次の瞬間、氷塊は鋭い一太刀で真っ二つに割れ、その裂け目から電光石火の如くルシアが現れた。
「さっきのお返しよ……!」
見た者全てを魅了する美しさ、そしていかなる邪をも打ち破る聖なる輝き。
透明の宝石の埋め込まれた柄を蜘蛛の手で握りしめたルシアは、
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