M-1グランプリ2019


 本当に本当に今更だが、M-1の感想などについて書き綴っていきたいと思っている。多分、日本で一番遅いM-1の感想文になるだろう。

 読んでいる皆様方も、チャンピオンもその後のファイナリストたちの活躍も十分承知していると思うのですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。






1st 一組目  ニューヨーク  「LOVE SONG」  616点

 「めでたく生まれました……曲が」という嶋佐さんのボケからスタート。

 うざったいくらいのエセネイティブ発音の「LOVE SONG」を、嶋佐さんがノンストップで歌い、屋敷さんが合いの手のように突っ込み続けるという内容。


 女の子に共感されるラブソングを目指していると言ってた嶋佐さんだが、一番から親友の彼女と関係を持つというドロドロ展開。何気に、最初の「純恋歌」を思い出すような冒頭で、屋敷さんが「ちょっと古い」と言っているのが好き。

 その後も、二人目の女性が出てきたり、マッチングアプリでの出会いを称賛していたりと、ラブソングらしからぬ歌詞が盛り沢山だが、本当の恋愛ってこんなものなのかなという妙な説得力がある。あと、さらりと女の子が好きなものだからと「100万回言うというたらええから」と吐いている屋敷さんの毒も好き。


 フィーチャリングのノリで、「あなた、元気ですか」と突然女性の語りが挟まってくるのだが、屋敷さんが叫ぶ通り、たくさん女性が出てきたから誰だか分からない。ラストの「たまに実家に帰ってきてね」でおかんと分かる脱力感も最高。

 サビでは、「パプリカ」のように子供たちがコーラスしたり、PVの時の米津玄師みたいなダンスがあったりと、流行も散りばめられている。


 歌い終わった後に嶋佐さんが、「XMAS SONGもあるよ」でオチ。嶋佐さんのクリスマスソング、怖いもの見たさで聞いてみたい。

 古今東西のJ-POPあるあるで遊びつくしたかのような印象で楽しかった。あるあるのずらし方もまた心地よく。とくに、「LOVE SONGをきみに送るよ マジで切ない恋のうた」というどこかにありそうなフレーズとメロディが耳から離れなくなった。






1st 二組目  かまいたち  「言い間違い」  660点

 二組目で優勝大本命の登場。こういう時の笑神籤は心憎いね! スタジオがざわついたのも覚えている。

 山内さんが「UFJに行ったとき、ハロウィンナイトなのを知らなくて、ゾンビが出てきて驚いた」と話し始めるのだが、もちろん濱家さんは最初の「UFJとUSJ、間違えたよな?」と突っかかってくる。


 言い間違えてしまった山内さんが濱家さんに言及されるけれど、強気に開き直って、全く認めようとしない。ただ、それだけで話が進行していくパワータイプなしゃべくり漫才。

 言い間違えたのに、こんなに堂々としていられるかという一言から、山内さんのご乱心はどんどんヒートアップしていく。しっかり濱家さんと向き合っているのに、「こっち見ろよ!」と叫び、濱家さんの後ろに行って「なんか喋れ!」と叫ぶので、濱家さんも「誰に喋りかけてるの?」と困惑する。


 謝る謝らないの話から、山内さんの口から「もし俺が謝ってこられてきてたとしたら、絶対に認められたと思いますか?」と言う訳の分からない一言が飛び出す。これには濱家さんも、耳を塞いで「キャー」と叫ぶことしかできない。

 あれはすんごい一言だった。爆笑できるけれど、何言ってるのか全く分からない。こうして、ノートにメモしてパソコンで打ってみても、意味が分からない。


 もう一度話すことになった山内さんが「この間UFJに行った時……」と口にして、「言うとるやないか!」と濱家さんにはたかれるのがオチ。ラストにはたかれるのが、こちらのずっとモヤモヤした気持ちをスカッと晴らしてくれるようだった。

 ずっと喧嘩口調なのに、不快にならなくて聞き取れるギリギリで話せる山内さんはすごい。それでもあの一言は意味不明で、それがまた印象深かった。






1st 三組目  和牛  「部屋探し」  652点

 敗者復活枠から上がってきたのは、やはりというべきか、和牛の二人だった。三位までの予想の紹介でも、「敗者復活枠」が一位か二位だったので、世間の注目も一身に背負っての登場。

 川西さんから、引っ越したいけれど部屋選びをするのが大変と話が切り出されると、ノータイムで「うちのお客様には……」と不動産屋店員になってコントに入っていく水田さん。川西さんは「何か始まっています?」と戸惑うが、水田さんが店員のままなので、結局付き合うことに。


 一件目は家具家電備え付けどころか、タオルや調味料もある部屋。水田さんがトイレを開けようとしたが鍵がかかっているので、川西さんもすかさず「誰か住んでますよね!」と叫ぶ。

 その後に紹介されていく部屋も、奥さんが出てきたり、布団が干していたりと、誰かが住んでいる部屋ばかり。三軒目なんかは、水田さんは入ってすぐにソファーに座ってテレビをつけて、蝶ネクタイを緩めるので、「お間住んでるやん!」と川西さんが言うのもごもっとも。たったそれだけの仕草で、水田さんが住んでいる部屋と分からせるのはさすが。


 最後に水田さんが一軒だけ住んでいない家があると紹介したのは、古い洋館だった。

 玄関にクモの巣があり、蝙蝠が飛んでくるその家に対して川西さんは誰も住んでいないことが明らかだから「いいね!」と大喜びしている。


 しかし、この家の二回からは「助けてー」という叫び声や子供が走り回る音がする……誰か住んでいるのではないかと怖がる川西さんだが、水田さんの誰も住んでいないのにの一言で、「いいね!」と満面の笑顔。

 とうとう、金縛りにあってしまう二人。川西さんに至っては「いいね!」のポーズのままで。金縛りから解放された後に、水田さんから「契約書にハンコを……」と打診されると、川西さんがやっと「誰が住むねん」とツッコんでオチ。


 「誰かが住んでいる部屋」を紹介され続けた川西さんの感覚がどんどん可笑しくなってしまい、お化け屋敷のような家でも「人が住んでいない」という一点だけで喜んでしまうというツッコミが倒錯したネタ。

 他でも散々言われているだろうが、「和牛ってこんなパターンもあるのか!」と度肝を抜かれた。和牛の漫才への探求心に唸らされる一本である。






1st 四組目  すゑひろがりず  「合コン」  637点

 かまいたち、和牛と実力者が続いたところでのすゑひろがりず。ここでまた笑神籤の心憎さが発揮された。

 正直、ネタは見たことが無かったけれど、登場から階段を降りていく時に南條さんが曲に合わせて鼓を打っているところ、「すゑひろがりずと申します」「いよぉ~! ポン! よろしくお願い奉りまする」の掴みで引き込まれていた。


 南條さんが、「私事では存じますが、先日某、合コンへ行ってまいりました」と話し出す。堅苦しい口調からの合コンの落差がとんでもない。

 そこから、三島さんが「合コン! 豪華なる金色堂の略!」と叫べば、南條さんが「それ、中尊寺!」と鼓を打つ。ボケとツッコミのやり取りというよりも、本当の伝統芸能を見ているようで可笑しな気持ちに。


 店の人を呼んだら知らない人が出てきて、「お主はたそ?」とツッコまれたり、一気コールが「召して、召して、召して!」と古語になっていたり、どんどん漫才の中で伝統芸能の風が吹き抜けていくのが、矛盾しているけれど新しく感じる。

 その後、「一気は禁物」と時代に合わせているがまた妙である。「一気と一揆は禁物」はただのダジャレなのに、彼らにしか言えないのが趣があるというか。


 その後は、古今東西を用いたゲームに展開。というよりも、お菓子の名前を和語的言い方から元の名前に戻すという推理ゲームである。

 「故郷の母君」は「カントリーマアム」、「黒い雷」は「ブラックサンダー」、「長いも」は「ポテロング」辺りはストレートな気もするけれど、「寿返し」が「ハッピーターン」、「蝦夷芋焚火飯味」が「サッポロポテトバーベキュー味」に変換されるのは、素直に唸ってしまう。


 そして、王様ゲームならぬ関白遊びに興じる二人。「関白の言葉は、ばんじゃーく!」で三島さんが関白になったので、南條さんに越前の国七十万石を与える。崩れ落ちて土下座する南條さん……そこから「これなんぞ?」と鼓を打つまでのタイミングまでもが完璧である。

 一見色物だけど、ロジカルでしっかりしている漫才というのはあらゆる意味で最強ではないかと思ってしまう。ただ古語的な話し方にしているだけでなく、パワーワードも満載だったのも、センスが感じられてたまらなかった。






1st 五組目  からし蓮根  「教習所」  639点

 伊織さんの「保険証と間違えて、免許書燃やしちゃって」という一言からスタート。今回のM-1で一番へんてこな導入だと思うが、十分に個性を表している。

 燃やしちゃったと言うのは恥ずかしくて再発行できないので、もう一度教習所で免許を取ろうと、杉本さんを教官にして路上教習をすることに。


 教官が来る前から勝手に車に乗ってノリノリだったり、ハンドルを持つ手の位置が六時半だったりと、伊織さんはともかく小ボケを連発していく。

 車から降りて右に曲がってしまうボケは衝撃だった。「今のところ、右だったので」といけしゃあしゃあという伊織さんに対して、杉本さんは「ニコイチや、お前と車は!」と叫ぶのもごもっとも。


 クーラーを付けたら「大型犬顔舐められモード」だったり、一時停止で顔だけ止めたり、杉本さんに怒られて出てきそうな涙を全部涙腺に戻したりと、傍若無人通り越して人外っぽい動きまでしてきた伊織さん。とうとう勝手に高速に乗って、リミッターを外して暴走してしまう。

 杉本さんは伊織さんに対して、「バカが免許取ろうとするな! 死ね!」と言い捨てて、車から降りる。そんな杉本さんを冷静に轢いた伊織さんは、追いかけてくるからバックで逃げる……「バック覚醒していたぞ!」とこんな状況でも的確な杉本さんの一言が素晴らしい。


 ボケが乱立するタイプの漫才だけど、とっ散らかった印象はない。あと、何気に大切だと思うけれど、二人ともパントマイムが上手い。

 特に、杉本さんが轢かれる瞬間は、伊織さん乗っている車が見えるかのようだった。だからこそ、笑いが大きかったと思うし、これで下手だったらボケが霞んでしまうのではないかと考えた。






1st 六組目  見取り図  「プレゼン」  649点

 去年に引き続いての決勝戦進出コンビ。だからなのか、安心してみることができた。

 盛山さんは第一印象が大事だと考えて、リリーさんに対して「あなたみたいになりたかった」という。そこでお互いに褒めあおうとするが、リリーさんのは「食べるの速い」「靴紐結べる」「リボ払いしている」と、絶妙に外したものばかり。


 ともかくリリーさんが盛山さんの良いところをプレゼンすることになるのだが、「ガタイの良さを生かして、高校時代は柔道部で近畿2位」と一瞬信じてしまいそうな嘘を言う。実際の盛山さんは、軟式テニス部だったらしい。

 適当言うなと怒る盛山さんに、リリーさんもキレてみさえのようなコメカミぐりぐり攻撃を繰り出す。そこからお互いに悪口合戦に。


 盛山さんは「なでしこジャパンのボランチ」「生徒に手を出すタイプの数学教師」、リリーさんは「ダンサーのツナヨシ」「マラドーナのはとこ」と相手のことを言っていたのが、個人的に印象的。「ああ~、分かるわ~」の隙間をうまくついてくるのが心地よい。

 クールダウンしてプレゼンに戻るが、リリーさんが語ったのは「芸人の前はクラブのSP」というまたしても真実味のある嘘。盛山さんは「地元のワッフル屋や!」と事実を声高に叫ぶ。また喧嘩になり、リリーさんは盛山さんにベジータのような攻撃を繰り出してくる。


 そして二回目の悪口合戦。盛山さんの「激弱バチェラー」が一番笑ってしまった。バチェラー見たことないけど、なんか分かる。しかし、リリーさんの「TOKIOの長瀬君みたいな顔」という「え、ありがとー」と喜んでしまう盛山さんで、一応収拾がつく。

 今度のリリーさんによるプレゼンは、「毎晩ポムポムプリンのぬいぐるみを抱いてい寝ている」というもの。これはさすがに嘘だと思ったのだが、盛山さんの訂正は「けろけろけろっぴを抱いてい寝ている」だった。そして、ここにきて、「ダンサーのツナヨシって誰ー!」という盛山さんの一言が炸裂する。


 ともかく、二人がお互いの悪口言い合っているのその一言一言のパンチ力が強くて、全部書き写していた。そういう大喜利的な面白さにプラスして、盛山さんの事実らしいエピソードがまた面白い。

 あと、「ダンサーのツナヨシ」の伏線回収。2018年の決勝でも似たようなボケが二つあったが、その時よりも満を持して感が強くて、爆発力がすごかった。






1st 七組目  ミルクボーイ  「コーンフレーク」  681点

 八月のライブで見たので、今回の決勝進出は素直に嬉しかった。だが、知名度の低さからか、下馬評は悪かったのが印象に残っている。

 ツカミで、駒場さんが客席からベルマークをもらう。ツッコミの内海さんもたしなめたりせずに、「こんなんいくらもらってもいいですからねぇ」の一言だけで、早速爆笑が起きていた。


 「おかんが好きな朝ご飯を忘れた」と始める駒場さんに、内海さんはそれを言い当てようと、おかんが言っていたことを聞き出して推理する。

 「甘くてカリカリしていて、牛乳とかかけて食べる」でコーンフレークだと分かった内海さん。しかし、駒場さんはそれを否定して、「最期に食べたい」と言っていたことを伝えると、内海さんも「コーンフレークは寿命に余裕があるから食べられる」ものだと前言撤回する。


 それから目まぐるしく続く、「コーンフレークあるある」と「コーンフレークないない」の応酬。駒場さんの一言一言に翻弄される内海さんも、だいぶ失礼ギリギリなところをついてくるのが余計に笑えてしまう。

 個人的に好きなツッコミフレーズは、「コーンフレークとミロとフルーチェは子どもの頃憧れた。あとトランシーバー」「朝から楽して腹を満たしたいという煩悩の塊」「生産者さんの顔が浮かんでこない。浮かんでくるのは、腕組んだトラ」……もっと書こうと思ったら、全部になってしまうので、激選した。


 あるあるネタとしての完成度の高さとして、誰かのどっかしらの琴線に触れるのがあるのだと思う。私も、このネタの「トランシーバー」の一言で、小さい頃にトランシーバーを持っていたことをふと思い出してしまう。

 「お笑いは脳みそに訴えかけるもの」だとバカリズムさんが言っていたけれど、あるあるネタをここまで研ぎ澄ましてしまえば、心にも響く漫才になったのかもしれない。ともすれば、M-1史上最高得点は、決して大げさではないはずである。


 ラスト付近で、突然駒場さんの「コーンフレークではない」の一言に、翻弄されてきた私は完全脱力して、内海さんももちろん「速くそれを言え」と怒る。そして、突然出てきたおとんの予想は、「サバの塩焼き」でオチである。

 永遠に続くかに思われた漫才のラストは、コーンフレークでもなく、これまで言われてきたヒントでも絶対に出てこないようなものだ。そのパンチもまた鋭くて、脳みそを揺さぶられるように大声で笑った。






1st 八組目  オズワルド  「先輩付き合い」  638点

 畠中さんが先輩と食事に行くことになっただが、先輩付き合いがまだ無くてどうすればいいのか分からず、伊藤さんに相談するのが導入。畠中さんが考えた方法は、「移動中は神輿に乗ってもらう」というもので、伊藤さんからは「祀るのはNG」と言われてしまう。

 伊藤さんから「先輩のことは後輩が全部やってあげるのが鉄則」だと聞いた畠中さんは、先輩に寿司屋へ連れてってもらうので、「寿司は握った方がいい?」と尋ねる。伊藤さんは、「理論上はそう」と答える。


 この「理論上はそう」というツッコミで、オズワルドの芸風がしっかり伝わってきた。ボケを訂正するのではなく、別角度から強調するのではなく、否定しないというスタイルに、ぞくぞく来る。

 その後に、伊藤さんは諭すかのように「板前が黙っていない」というが、「俺が角刈りになったら?」と畠中さんの話はどんどん可笑しな方向にスライドしていく。


 寿司屋の後には、バッティングセンターに行く予定になっていたので、そこでは球を投げた方がいいのかと相談する畠中さん。しかし、「寿司を握った後にボール握るのは衛生悪いか」と気にする畠中さんに、伊藤さんは「それはボール喰う側の意見」だと指摘する。

 またしても、どんどんスライドしまくる畠中さんの話。ただの暴走ではなく、芯は通っているように感じられるのが不思議。最終的には、寿司をピッチングマシーンに入れて「高速寿司捨てマシーン」が誕生してしまう。


 畠中さんが前の会話を無視して全く異なる返答をする場面が二回あり、それに伊藤さんが「ワンターン会話聞き逃している?」「お前、俺以外とも喋ってる?」とツッコミを変えてきたのが印象的。一回目の印象を引き摺らずに、新しい視点を取り入れているのは素直にすごいと思う。

 「先輩と寿司屋とバッティングセンターに行く」という日常的な会話から、ありえない方向に曲がりくねっていき、唯一無二の不可解な世界が出来上がっていく過程が面白い。その中でもまた、「猿が見つけたマツタケとアメリカで食べる茶碗蒸し」という印象的な一言も出てきて、構成に加えてワードも強い漫才だと感じた。






1st 九組目  インディアンス  「おっさん彼女」  632点

 きむさんが、「明るい、冗談を言ったり、ふざけたりおっさんみたいな」彼女が欲しいと田淵さんに相談したため、田淵さんがきむさんの求める「おっさん彼女」を演じることに。

 その導入の前から、田淵さんのボケが止まらない止まらない。動きも言葉も言い方も、全身全霊でボケてくる。特に、キムさんに怒られた後の「謝りたーい、謝り一歩手前、謝りそーう」はリズミカルで、使いたいくらい。


 早速、きむさんのところへおっさん彼女を演じる田淵さんが遅れて来るというシチュエーションを実施。現れてきた時のガリ股で中腰で胸の前で合唱したポーズと「ほんとにほんとに、許してちょんまげ」という一言で、きむさんも「おっさん過ぎる!」と叫んでしまう。

 逆に彼氏が遅れて来るパターンでも、おっさん彼女は「よっ! 待ってました!」と盛り上げてくれる。その前後でも、細かく細かく、きむさんが拾えないくらいに田淵さんはボケていく。


 料亭へ連れて行こうとする田淵さんに、きむさんは「女の子ちゃうん」という一言を。すると泣き出した田淵さんに、きむさんは困惑するが……「大丈Vでございます!」と明るい返しで立ち直る。

 おっさん女子はナンパに合っても上手く躱せるという田淵さんに、きむさんはナンパ役となって「俺と遊ぼうぜー」と近付いていく。田淵さんは「待ち合わせがない。今月二回結婚式。くぅー」と泣き真似をして、逃げ去っていく。


 田淵さんの常にテンション高めに繰り出されるボケが、おっさんらしさを前面に出した「おっさん女子」というキャラクターにうまくフィットしている。きむさんの出した手と自分の手を合わせて東急ハンズの看板、怒るきむさんを舞台の方に向かせてすしざんまいのポーズにするなど、「おっさん女子」とは直接関係のないボケも光っている。

 ともかくジェットコースターのような漫才で、ボケの内容を理解しきる前に面白さが先に来て、笑ってしまう。田淵さんは体を使ったボケも多いので、今回のメモで一番書くのが大変だった。






1st 十組目  ぺこぱ  「タクシー運転手」  654点

 拍手を受けながらの松陰寺さんの第一声「ロンリネス、ロンリネス。どうもありがとう」から見せつけてくるぺこぱ。ヘッドバンキングしながらの「フォまたせ、しました。フォレの名は、松陰寺、大勇だ」と口笛で、「変な人だ!」と思わせる存在感。どういう経緯で一人称が「フォレ」になったのだろうか。

 しかし、ぺこぱの本領が発揮されるのはここから。シュウペイさんが松陰寺さんを塞ぐように、「どうもー! ぺこぱのシュウペイでーす! お願いしまーす!」とポーズをしながら言えば、松陰寺さんは「いや、被っているなら、俺がよければいい」と動いてくれる。


 この自己紹介だけで、ぺこぱの何たるかをお客さんに分からせてくれる。ボケ自体は存外ベタなのに、それを補って上回るノリツッコまないの衝撃たるや。

 シュウペイさんがタクシー運転手になり切るこのネタでも、ぶつけられたら「どこ見て運転してんだよ!」と一瞬松陰寺さんが怒ると見せかけての「って言える時点で無事でよかった」。また同じようにぶつけられたら、「二回もぶつかるってことは、俺が車道側に立っていたのか」と自分の方の非を認める。


 一度やり取りをリセットさせる松陰寺さんの「時を戻そう」もそうだけど、パンチラインとかパワーワードというよりも、格言に近いようなツッコミがどんどん深みにはまっていく。「知識は水だ。独占してはいけない」や「できないことを求めるのはやめにしよう」とか、漫才にふさわしくない名言だからこそ、余計に笑ってしまう。

 その上、シュウペイさんに「うるせーキャラ芸人!」とキレられたら、「いや、キャラ芸人なるしかなかったんだ! 何かが欲しかったら」、どんなキャラか尋ねられて、「まだ迷ってる! クソッ! クソッ!」という言葉は魂からの叫びのようで、場違いかもしれないがぐっとくる。


 とうとう松陰寺さんがシュウペイさんの無茶苦茶さを咎めようとして、ちゃんとしたツッコミが来るか? と思ったら、シュウペイさんはスタンドマイクの右側を体ごと向いている。「え……? 急に正面が変わったのか?」と松陰寺さんが疑いながらも従うところでは、笑いながらも目から鱗が落ちるようだった。散々ベタなボケの後に、この鋭利さはヤバい。

 落ちはシュウペイさんの「そもそも運転免許持ってないんだわ」で、これまたベタだが、松陰寺さんの「いや、いい加減なことなんかない」で妙なすっきり感と共に締めくくられる。伏兵ここにありと言った強さで、和牛から第三位の座を勝ち取ったのも納得の一本。






最終決戦 一組目  ぺこぱ  「お年寄りに席を譲る」

 二本目のぺこぱ。正直、ノリツッコまないのからくりが分かっているので、ここからどうやって行くのか気になるところ。

 シュウペイさんの挨拶は、客席に背中を向けてやっているもの。ちゃんとポーズ付き。松陰寺さんは「いや、後ろに向かってしゃべった声が壁に跳ね返り、確実にみんなの耳に届いている」と肯定する。


 お年寄りに親切にしたいシュウペイさんは、松陰寺さんと電車で席を譲る練習をしたいと切り出す。松陰寺さんは「悪くないだろう」とOKをして、杖をついたよぼよぼのおじいさんになり切って電車に入ってくるが、譲ってくれたシュウペイさんもよぼよぼのおじいさんだった。

 「お年寄りにがお年寄りに席を譲る世界がもうすぐそばまで来ている! これが日本の現実なんだ」という松陰寺さんの一言は、一本でも表れていた社会派なもの。


 その後も、キャバクラに行きたいと言ったり、パラパラを踊って体が覚えとると言ったりと自由なシュウペイおじいちゃん。もちろん、松陰寺さんも「元気なじーさんに越したことがない」「可笑しいだろって言えるのもあと三十年だ」と、ツッコまなさの鋭さは増すばかり。

 「間違えた!」と叫ぶシュウペイさんに「間違いを間違いだと認められる人になろう」と諭すような松陰寺さん。その後に続く、「間違いは故郷だ。誰にでもある」という言葉は、座右の銘にして寛容な心になりたい。


 今度は、松陰寺さんが譲る側としてお手本を見せることに。意地悪なことこの上ないのだが、私は漫才を見ながら、この後松陰寺さんは何と言ってツッコむのだろうと予想していた。

 しかし、シュウペイさんがドアに挟まった時の「漫画みてぇなボケしてんじゃねぇよっていうその漫画って何ですか?」とか、シュウペイさんが雑なゴリラの真似をしたときは「ゴリラが乗ってきたら車両ごと譲ろう。命を守ろう」は予想だにしなかった。まあ、それを言ったら全部予想を外れていたけれど。


 突然シュウペイさんが「今ボケの畳みかけ中ですけど、皆さんどうですか」の一言に、松陰寺さんも「聞かなくてもいいけど、実際どうですか」と一緒になって尋ねる。ベタからメタまで、ボケもツッコミも何でもありすぎて楽しすぎる。

 シュウペイさんの方が「いい加減にしろ!」と叫び、松陰寺さんも「いや、お前が終わらせてもいい」と肯定する。最後の最後まで、ポリシーを貫きつつ、様々な魅せ方を示した、見事な漫才であった。






最終決戦 二組目  かまいたち  「トトロ」

 濱家さんが「人に自慢できることある?」と尋ねると、山内さんは「映画のトトロを一回も見たことがない」と胸を張る。レンタルしたことも、テレビの再放送も三十七年間一度見たことがないと断言する。ちなみに、山内さんは三十九歳である。

 濱家さんはもちろん呆れて、それは自慢にならない、手品が得意とかの方が自慢になるというのだが、山内さんは譲らない。曰く、手品はこれから練習して誰でも身につけられるのだが、山内さんは「時間という壁」に間揉まれているため、誰も山内さんに追いつくことができないという。


 この理屈に、一瞬だけでも納得してしまったことが悔しい。山内さんが一見可笑しなことを言っているようで、突き詰めると理論的であるというのが、2018年のポイントカードのネタを思い出させる。

 山内さんの主張は尚を続く。「これから見ることも見ないこともできる。私にだけ選ぶ権利が与えられている」「手品は道具に頼っているが、トトロすら要らない」とか、見事な詭弁に騙されそうになる。


 そこで濱家さんも「タイタニックを見たことがない」と対抗するが、山内さんはトトロは老若男女楽しめるから、トトロの方が上だとねじ伏せる。これだけ散々言っておいて、「トトロは見た方がいい」ということは認めている矛盾がまた可笑しい。

 最後に、しびれを切らした濱家さんが、客席にトトロを一度も見たことのない人に手を挙げてもらうことに。結果は六人……「めっちゃいるやん」と呟く濱家さんに、「火垂るの墓も見たことない」と山内さんが負け惜しみを言ってオチ。


 二人の意見が真っ向から対立しているのは先ほども言った「ポイントカード」を思い起こされるのだが、こちらは「トトロを見たことない人が結構いる」という形でオチが付いているのがすっきりする。

 いや、このまま山内さんが強引な屁理屈を並べ続けるのも面白いと思うのだけど、「トトロを見たことがない」のは山内さんだけの自慢じゃないんだよという、自慢になるのかどうかとは違う切り口にはっとさせられた。






最終決戦 3組目  ミルクボーイ  「最中」

 ツカミでは、ねるねるねるねの粉をもらった駒場さん。内海さんはいくらあってもいいとは言っているけれど、どこで使うんですか、それ? という気持ちのまま話がスタート。

 二回目ということもあり、駒場さんが「おかんがね」と切り出した時点で「分からへんものがあるんでしょ?」と内海さんが先回りする。そうして、ド忘れしてしまったおかんの好きなお菓子の名前を内海さんがヒントを元にまた考えていくことに。


 駒場さんは最初に「和菓子で、薄茶色のパリパリの皮であんこを挟んだ」で、内海さんは最中だと言い切る。このボケではない最初の一言って、ここで何のお菓子が俎上に上げられているのか分かってもらうために、非常に大切なんだと、振り返りながら思う。

 駒場さんもそう思ったが、おかんは「子供がスーパーでほしいとごねてた」と言ったようで、内海さんも「最中で子供はごねない」と頷く。その後に、「俺らより人気ない?」という内海さんの一言に駒場さんは「それはない」と返して、内海さんも「最中の方がテレビに出てる」と納得している。こういうさらっと織り込まれる自虐もまた好きだ。


 これからまた、「上あごに皮が全部引っ付く」「一個食べたら止まらない」「皮の模様がなんか怖い」と、最中あるあるとないないが二人の間で行ったり来たりしていく。しかし、駒場さんの「関係性で行ったら、マカロンの先祖」でボケの印象はがらりと変わる。

 駒場さんから出た情報を内海さんがまとめると、マカロンのひいひい爺さんで、最中の親父の弟の子供がもみじ饅頭で、最中の親父の京都に単身赴任した時の不倫相手の子が八つ橋とおたべで、最中の双子で、最中とアイスの子供がモナ王ということになる。ラストに付け加えられた、モナ王の情報だけでもとんでもない爆笑をかっさらっていった。


 だが、ここまで盛り上がってきたところで、駒場さんからおかんが最中ではないと言っていたことが伝えられる。そして突如登場したおとんの予想は、「ピザポテト」だった。

 ……オチで脱力した後なのに、この満足感はいったい何なのだろう。私は駒場さんのおかんに散々振り回されて、最中の家系図に詳しくなっただけだというのに。






 投票では、八人の審査員の内の七人がミルクボーイに入れて、文句なしの優勝となった。最高得点を叩きだしてのこの結果はともかくかっこいい。

 優勝が決まった直後、今田さんが感想を聞いたところ、ミルクボーイはこの時、今年初めてテレビで漫才を披露したのだという。近年稀に見る大逆転劇で、否応にもその一言に熱くなった。


 芸人仲間からは、「今年のミルクボーイは面白い」と期待されていたものの、世間一般からはノーマークだった彼らの漫才を、私はほぼ偶然とはいえ生で見れたことは嬉しいし誇らしい。サイン付きポスターも買ったので、これは一生自慢していこうと思う。

 さて、最終決戦では最中のことを「こんなにしゃべっていても最中の口にはなっていない」と言われていたが、私はこの次の日、最中を買って食べた。ミルクボーイへの祝杯の代わりとして、これ以上のものはないだろう。






















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