ヘタレ王子の婚活 ~完璧主義な王女に「究極のヘタレとなら結婚する」と言われた件~

神白ゆあ

【序章】1分くらいならカッコイイ

 漆黒の髪をなびかせ、馬上で銀の刃を片手に敵陣を駆ける。アメジストの瞳が捉えた獲物はその刃から決して逃れることはできず、次々と血しぶきをあげて倒れていく。


 南大陸に名を轟かせるルフレリウス国の第三王子、オズワルドは剣を収め馬上からあたりを見渡す。


 容姿端麗。頭脳明晰。文武両道。戦に出れば負けなし。その美しく堂々とした姿に人々は「まるでこの国を救った英雄王の再来のようだ」と見惚れる。


 ただし、そんな「カッコイイ王子」が見られるのは1分だけの話。


「王子!危ない!」


 護衛につく兵士の一人が叫ぶ。残党が放った矢が飛んできたのだ。それを見たオズワルドは、さきほどのような見事な剣さばきで矢をさばく…かと思われたが。


「ひぃえっ!!」


 とんでもなく情けない声を上げて頭を抱え、即座に馬の上で縮こまった。矢は彼の頭の上を飛んでいき、残党はすぐさま周囲にいた兵士たちの手で始末される。


「アホ!縮こまる暇があるなら逃げろよ!馬が危ないだろ!馬が!」


 オズワルドが顔を上げると、騎士がひとり怒鳴りながら駆け寄ってきた。王子ではなく、馬の心配をしながら。


「そ、そんな言い方はないじゃないかアレクシス…」

「国王陛下からお借りした貴重な白馬なんだぞ!?死んだらどうする!」

「だ、だって…」


 自分だって死にそうだったのに…と恨めしい瞳で自分の騎士であるアレクシスを見たが「さっさと降りろ」と怒られオズワルドは渋々と降りた。


 この馬は父親が、戦場で箔になるだろうと貸してくれた馬だ。毛並みが素晴らしく、俊足で物怖じしない戦向きの性格で、とても頭の良い馬だ。馬自身がどんな動きをすれば良いかを熟知しており、オズワルドがただ騎乗して剣を構えているだけでなんだか敵が次々とやられていく…非常にハイスペックな馬だった。


「大変だ!前衛から第二軍がこちらに向かっていると連絡がありました!」

「チッ!負け戦だってーのに懲りない奴らだな…メイネ!ちょっとこい!」


 自分の騎士であるアレクシスが声を上げると、すぐに別の騎士がやってきた。


「体制を立て直したい。今回は陛下から最小限の犠牲でと命令が下っている」

「仕方ないですねぇ…あちらに賢い人がいれば交渉の余地はありますけど…」


 アレクシスと同じく、自分の騎士であるメイネが腕を組んで考え込む。その様子を見ながらオズワルドは馬の手綱を右手で握りしめ、ぼさぼさになった長めの髪を左手でいじりながら二人の周辺をうろうろしていた。


「よし、オズワルド。もう一戦だ。馬に乗れ」


 アレクシスが急に振り向いてオズワルドに言う。


「え…?」

「だーかーらー。もう一回戦うぞ」


 己の騎士に言われ、しばらく黙っていたオズワルドはみるみるうちに顔色を悪くさせ…。


「い、嫌だ!」


 全力で拒否した。


「嫌だじゃねーよ!お前が大将だろうが!」


 当然だが、その拒否は却下された。


「もう戦った!もう無理だ!」

「戦争に終わりはねーんだよ!」

「だってあいつら剣すっごい振り回してくるし矢は飛んでくるし…」

「戦ってるんだから当たり前だろーがこのポンコツヘタレ王子!お前はなんでガキの頃からいつもそうなんだ!」


 アレクシスに胸ぐらを掴まれて怒鳴られ、オズワルドは涙目になった。


「アレクシス、気持ちはわかりますが…さすがに胸ぐらを掴むのは他の兵士に示しがつきませんよー」

「いいんだよ、こいつはこれくらいで」


 メイネに忠告されたアレクシスはぶつくさ言いながら手を離す。よろけたオズワルドは尻餅をつき、そのまま頭を抱えてうずくまった。


「もう無理なんだよ僕には…兄上たちがやればいいじゃないか…」


 メイネは泣き言を言うオズワルドのそばにしゃがみ、彼の背中をさすりながら優しい声でなだめるように言った。


「第一王子も第二王子も重要な責務でお忙しいのですよ。いつも朝寝坊しているお暇なアナタと違って」

「メイネ…お前、容赦ねーな…」


 遠回しに嫌味を言われつつなだめられたオズワルドはようやく顔を上げる。そして半泣き状態でメイネにすがりついた。


「頼む!メイネ!僕の代わりに王子をやってくれ!」

「アホか貴様は!」


 アレクシスがオズワルドの頭を叩いて怒鳴るが、オズワルドはめげずに今度はアレクシスの膝にしがみつく。


「君でもいい!アレクシス!幼馴染だろ!今日だけ王子になってくれ!」

「いい加減にしろ!お前のその"今日だけ王子"はもう聞き飽きた!」

「う…うぅ…だって…」

「あーもう泣くな!今年でもう19だろ!?来年は二十歳だぞ!大の男が気持ち悪い!」


 容姿端麗。頭脳明晰。文武両道。戦に出れば負けなし。オズワルドは大国の第三王子として十分な素質と能力を持って生まれた。


 だが。


「なんだ、どうした」

「ほら、王子がまたヘタれてる」

「ああー…まぁしょうがないな、あの人はヘタレだから。カッコイイのは1分だけだから」

「ホント、黙って立っていれば1分間は男の俺たちでも『王子かっけー!』って感じの顔してるのにな…」

「そういや最後のご令嬢にも結婚の話を蹴られたそうだな…なんか、ドレスを踏んづけてやぶいたらしい…」

「なるほど、それで今日は輪をかけてヘタれているのか」


 生まれてこのかた朝寝坊をしなかった日は数えるほど。勉強も睡魔に勝てず居眠りは日常茶飯事。戦で負けはしないが自分の持っている剣にすら怯え、敵を倒さんと士気を高めた味方の気迫にビビる始末。


 ならば内政を任せようと大事な会食に同席させれば緊張のあまりワイングラスを倒して相手の服を汚し、手を滑らせ隣国の大使に向かってナイフとフォークを飛ばす。あまりの失態に「バカにしているのか」と相手を怒らせ、あわや戦争かという事態に発展したこともある。しかし彼のあまりのヘタレっぷりに「なんだ、ただのヘタレか」と怒りは同情に変わり、完全にナメられる。


 せめて政治的にも有力な相手と結婚をして役立ってもらおう…と見合いを始めた。もともと顔がよく賢い王子だ。兄2人のような威厳や風格はないが、優しそうな面持ちやにじみ出る気の弱さを好む女性は大勢いる。さらに王子の妻という身分。


 結婚くらいならなんとかなる…そう思っていた時期が本人にも周囲にもあった。が、オズワルドが女性とまともに会話ができるはずもなく、婚約者候補はあっという間に数が減った。それでも第三王子だから…と見合いをしてくれた権力者の令嬢や近隣国の王女たちにも、一度会ったら翌日にはことごとくお断りされた。


「顔さえ良ければ結婚くらいはできると思ったんだけどなー…一応こんなんでも大国の王子だし」


 そんな彼を人々は「ルフレリウスのヘタレ王子」と呼んでいる。多くは親しみをこめてだが、最近は「いくつになってもヘタレ王子なのか」と呆れの声も出てきた。


「まったく。世の中は甘くないですねぇ…」


 王子を幼少の頃から知っている幼馴染の騎士2人は遠い目をして呟く。


 2人の呟きを聞きながらオズワルドは申し訳なさでうつむく。こんなヘタレで、中途半端に王子という重たい身分を持っている男を貰ってくれる人などいない…それはオズワルド自身がよく分かっていた。なにせ食事の相手に緊張のあまりナイフを飛ばすのだ。落ち着いてご飯も食べられない相手と結婚したい人がいるはずもなし。


 政治もできない、戦も向かない、結婚もできない。そんな王子の存在意義とはなんなのか。


「せめてちゃんと勝って城に戻るぞ。ほら、堂々としてろ!威厳や貫禄っつーもんを見せろ!」

「堂々としたら狙われるかもしれない…」

「どっちにしろ狙われるわ!もうこの際30秒だけでいいからカッコつけろ!!」


 戦に勝つというのは名誉なことだ。オズワルドの評価も上がる。だが戦場で発揮したヘタレっぷりは隠しようもなく国内外に広まるので、結局いつも評価は変わらない。だから「今日こそはちゃんとしよう」と頑張るのだが、どうしても1分ともたないのだ。


 アレクシスに引きずられながら、オズワルドは空を見上げる。

 こんな自分でも、いつか誰かは好きになってくれるのだろうかと思わずにはいられなかった。




 ◇




「ねぇ、オズワルド王子。君さえよければ、うちの妹とお見合いしてみないか?」


 戦争で勝利を収めてから三日後。突然オズワルドの前に現れた男が言った。彼は東大陸で一番大きな国の若き国王だった。ルフレリウス国とは昔から交流があり、遠路はるばる勝利の祝賀パーティーのため訪問してくれたのだ。


「お、お見合い…?」

「そう、お見合い」


 その国の名はエスプランド。その国王の妹というのは…。


「妹姫と申しますと、セレスティア王女でしょうか?」


 オズワルドが言葉に詰まっていると、そばにいたメイネがすかざず口を挟む。


「もちろん。私の妹は彼女ひとりだけだからね」


 大国の姫とのお見合い。それはオズワルドには一生縁のない話だった。


「今は私が国王陛下を代理でやってるけど、うちは妹が二十歳になったら国王になると決まっている。つまりオズワルド王子…妹と結婚すれば君は女王の夫だ」


 女王の夫。これもヘタレ王子と名高いオズワルドには一生縁のない身分だ。


「あの、だけど…」


 オズワルドはうろたえる。その様子を見て、メイネがまた口を開いた。


「有難うございます。そのお話、つつしんでお受け致します」

「え、えぇ!?」


 勝手に話を進められ、オズワルドはさらにうろたえる。


「お見合いするのか…?」

「なんですか?エスプランドの王女では不満だとでも?」

「そ、そうじゃないけど、ただ…」


 だって、絶対にうまくいくはずがないお見合いだ…と、オズワルドは確信しているので、不安を隠せなかった。


 エスプランド国のセレスティア姫。

 彼女は大陸を超えて知られるほど、完璧主義で有名な王女なのだった。

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ヘタレ王子の婚活 ~完璧主義な王女に「究極のヘタレとなら結婚する」と言われた件~ 神白ゆあ @yuaxx

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