第18話
「風花(かざはな)…お前はどうしてこんな簡単なこともできないのだ。仮にもお前は私達の血が流れているはずだろうっ。それなのに…どうしてそこまで何もできないのだっ。」
私の目の前にいる父はそう言うと私の頬を叩いた。
私は何故、自分がこんな目に合うのか何もわかっていませんでした。
きっと自分が何もできないのが悪い。
いつもそう自分に言い聞かせ、親の機嫌をとるために勉強をしていました。
ですが、私の父は望むことができたとしても私を褒めることはなく、こう言いました。
「できて当たり前のことをいちいち報告するんじゃない。もっと他のことが出来るようになってから話をしてこい。」
一般の家庭なら、きっと褒めてくれるようなことでも、父は決して私のことを褒めたりはしない。
そして、気がつけば、私には兄ができていました。
何もできない私とは違い、才がある男の子を父は引き取ったと言っていました。
私はそのことを知らず、初めて合う、異性に少し不安を隠せずにいました。
きっとこの男の子も父に怒られる。
だからその時は私が彼の心の支えになってあげよう。
私はそう考えていましたが、ですが、父は彼を責めることは一切ありませんでした。
父は彼が例え、どんなに悪いことをしても、人に迷惑をかけたとしても彼のことを責めるようなことはしませんでした。
そして必ず、父は私にこう言うのです。
「あいつはお前と比べて本当に出来る息子だ。それに比べてお前は……。」
父が本当に望んでいたものは私ではなく、彼なんだと私はこの時に知りました。
女である私は生きる資格がないのだと、言われたこともあります。
どうしてここまで私は責められなければいけないのでしょう。
私はただ、父に気に入って欲しかっただけなのに、褒めて欲しかっただけなのに。
きっと母がいたら私のことを褒めてくれるはず。
私はそう信じていました。
ですが、私には母と呼べる人などいません。
母は私が産まれたと同時にこの世を去りました。
父はきっと母が死んだのは私のせいだと…考えていたんです。
私が産まれてしまったから母は死んでしまった。
私が産まれなきゃ、母は生きていた。
私は産まれてはいけない存在。
小さい私はそんなことを考えながらあの時は過ごしてました。
いつしか私は学校にも通わず、自分の部屋から出るのをやめ、薄暗い部屋に閉じこもり、ただただ外の景色を眺めていた。
外では私の代わりに連れてこられた男の子がお父さんに頭を撫でられ笑っているのが見えました。
本当は私もああして褒めて欲しかった。
頭を撫でてもらいたかった。
けど、私がしてもらえたことは…暴力だけ。
そして、私の居場所は完全になくなって行ったんです。
けど、そんな私に優しくしてくれる人がいました。
その人は私のお家に雇われた兄の家庭教師の先生でした。
先生は雇われて間もなく兄の部屋と間違えて私の部屋の中へと入り、私の存在を知った。
父からは一人息子がいるとしか聞いていなかった先生は私の姿を見るととても驚いた表情をしておりました。
ですが、すぐに先生は私に微笑みかけ、名前を聞き、そして私は初めてその時に友達ができたのです。
私は先生が来ると兄や父に内緒で部屋に招き入れ、勉強を教えてもらったり、遊んでもらったり…。
色んなことをしてもらい、そして教えてもらいました。
先生だけが…あの時の私の生きる全てだったんです。
そんな先生に私は全てを話しました。
私の話を聞いた先生は私を抱きしめると涙を流しながら私の頭を撫でてくれたんです。
私はその時に心の温かさや大切な人の存在に気づくことが出来たんです。
先生は私のことを知ると父に反発し、私のことを引き取ると言ってくれました。
そして、父はそれを拒むことなく快く返事を返し、私は晴れてあの家の子ではなくなりました。
きっと父にとって私は邪魔な存在だったんでしょうね。
父は嫌がる素振りを一回も見せませんでしたから。
それから私は先生の元へと移り住む準備をしていました。
本当に何もかもが楽しみだったんです。
知らない土地でやっていけるか不安も少しはありましたが…それでも私は先生さえ、いてくれればそれでいいと思っておりました。
ですが…幸せは…私には訪れませんでした。
兄は突然、力に目覚め、力が制御することができずに父を殺してしまいました。
私はその現場を隣の部屋から覗いて見ていました。
そして…私に気づいた兄はその現場を見ていた私にも力を使ったのです。
私は気を失い、後のことはほとんど覚えていません。
ただ、所々に記憶が残っています。
その記憶の中では先生が私を抱えながら兄から逃げていました。
「貴方をこんなところで死なせるわけには行かないのっ。だから…死んだらダメよっ。生きていなさいっ!!!」
そんなような言葉を先生は私に言ってくれていたと思います。
私はその後、病院で目を覚ましましたが、先生の姿は見当たらなかった。
私が入院している間に病院で働いている人の噂を聞くと私を抱えていた女性は………亡くなったようです。
それも私を庇うように怪我を負っていたとのことでした。
先生は命をかけて私を…兄から救ってくれたんです。
そして…私の中に黒いモヤモヤとした感情が現れました。
その感情が生まれたと同時に私は力を手に入れたのです。
「それであの男は…。」
「えぇ、きっと私の兄です。」
「そうか…だからお前は先生の仇を取るために今まで戦ってきたのか。」
名無しは小さく頷いた。
こいつも大切な人を失って、その人の死を乗り越えられずに俺と同じように戦っているんだ。
「先生が亡くなった後、私は病院を抜け出し、一人でウチへと帰りました。ですがそこには何もなかった。本当に何もかもが消え去っていました。まるでそんなことがなかったように…ね。」
恐らく力があると知った政府が全てを隠したのだろう。
そしてその兄は今、ヒーローの仲間として生きている。
こいつも被害者なんだ。
「その後にジョウと出会ったのか?」
「…はい、そして、貴方達と出会いこうして戦っているのです。」
名無しにそんな過去があったなんて…。
だからあの時、俺と似ていると言っていたのか。
「お前はその兄を殺した後はどうするつもりだ?」
「…分かりません。私には帰るべき場所なんかないですし。何も考えていない……です。」
危なっかしい奴だ。
きっと何も考えてないってことは嘘だろう。
きっと全てが終わればこいつは死ぬことを選ぶかもしれない。
こいつからはそんな危なっかしさを感じていた。
……あんな話を聞いてしまえば、俺にはほっておくことなんかできない。
「まったく…帰る場所がないなら…俺達といればいい。どうせ、全てが終われば俺は美樹やジョウと一緒に暮らすつもりだったしな。あんな馬鹿どもを放っておくことなんか出来ないし。まぁ、お前が一人増えたところで何も変わりはないだろうしな。だから……俺達といればいい。もし…全てが終わったら…の話だけどな。」
何というかこいつらといると調子が少し狂うな。
今までの俺なら、そんなことを言わなかったと思う。
少しづつだが、俺も変わってきているのかもしれない。
「…良いのでしょうか…私は生きていても。」
「当たり前だろ。少しでも生きていたいと思うのなら生きていれば良い。もし、本気で死にたいって思ったら俺に言え。そうしたら…なんか考えてやるよ。」
生きていればきっとこの先、何かが待っている。
それが苦しいことなのかそれとも楽しいことなのかは俺には分からない。
だが、きっと苦しいことがあってもその先には明るい未来が待っている。
こいつは過去にそんな苦労をしてきたんだ。
少しぐらいの夢を見たってバチは当たらない。
そういえば、未来も幼い時にそんなようなことを言っていた。
こいつは少し未来に似ているところがある。
だからこそ俺には放っておくことができないのかもしれない。
「……グスッ………うぅっ。」
名無しは泣き声を出しながら俺に抱きついてきた。
こいつはまだまだ子供だ。
それも美樹と同じくらいの子供だろう。
そんな子供が辛い過去を背負って生きてきたんだ。
少しぐらい、心の拠り所があったほうがいいのかもしれない。
まったく…こんなことはしたくないってのに。
俺は名無しの…いや風花の体を抱きしめる。
そして頭を…マスクを上から撫でていた。
それから俺は風花が泣き止むのを待ちながら頭を撫でていた。
「…ありがとう…もう大丈夫です。少し貴方のことを勘違いしていたようです。」
「そりゃ、どういう意味だよ…。そんなことよりも泣き止んだのなら行くぞ。ジョウや美樹のことが心配だからな。」
「……すいません。私が…助けられなかったせいで。」
風花はそう言うとまた鼻声になる。
これ以上、泣かれたら本当にめんどくさい。
「謝んなっ。仕方なかったことだ。それに美樹は…俺の妹の子供だ。きっと大丈夫だよ。」
あの子は未来の子供だ。
あの子ならきっと大丈夫。
「……はい…。すぐに…は無理かもしれませんが…必ず私は美樹のことを取り戻してみせますから。だから…。」
「ったく、本当にめんどくさい奴だな。子供のお前はそんなことしなくても良いんだよ。お前は自分のことだけを考えていれば良い。これからお前はあいつを倒さなきゃいけないんだろ?それならお前は美樹のことじゃなくて、強くなることを考えろ。分かったな…風花。」
風花は体をビクッとし、俺の顔を見る。
「今…何と?」
「あっ?」
「今…私の名を…。」
「うるさいな。そんなことよりもスピードスターが帰ってきたから。話を聞きに行くぞ。」
目の前を見るとスピードスターがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
俺は風花の体を押しのけると彼の元へと歩いて行く。
そして風花は、何も言わずに俺の後をついてきていた。
けど、その足取りは少しばかりさっきまでのような辛気臭さはなく、一歩また一歩と力強く足を踏み出している。
彼女もまた俺と同じで変わり始めているのかもしれない。
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