第12話

「ノーネーム、聞こえるか。」

「聞こえています。」

「準備をしろ、後10分ほどで中に入る。」

「了解。」

あれから絶妙な距離を取り続け、なんとかスピードスターに捕まらずに目的の建物の近くへとやってくることができた。

「ここから徐々にスピードを落としていきます。」

凛の声が聞こえ、バイクにブレーキがかけられていく。

奴との追いかけっこも終わりが近づき、今度はちゃんと戦わねばならない。

脳にアドレナリンが出ているのか負ける気が全くしなかった。

今の俺なら奴に勝てることができる、そう確信していた。

建物の中へ入ると俺はクラクションを鳴らし、合図を送る。

すると名無しがどこからともなく姿を現し、扉の入り口を炎で塞いでいた。

これで簡単には逃げ出すことはできないはずだ。

「それで…ここが僕を捕らえるために君達が準備したステージかい?」

「ああ、その通りだ。わざわざ、自分から罠に飛び込むなんていい度胸だよ。まぁ、それだけ腕に自信があるんだろうが。」

随分、余裕そうにしているな。

まぁ、その慢心さが命取りになるなんてこいつは思ってもいないだろうが。

「まぁね、それで君の仲間はあの黒いコスチュームを着た人だけでいいのかい。」

「ああ。」

「はぁ…君達の方こそ、僕からしたらいい度胸をしてるよ。僕が誰だか分かっているのかい?あの世界一素早いスピードスターだぜ。たったの二人で捕らえられるほどの男じゃないことぐらい分かっているだろ?」

そんなことは分かっている。

俺だって何も考えずに行動しているわけではない。

「宣言するよ。今から十分程度ぐらいだな。その頃にはお前は俺達の前で跪き、その口が開けなくなっているだろうさ。」

「…言ってろよ。」

俺と名無しは目を合わせるとすぐにジョウが改良した銃、レイをスピードスターに向ける。

だが、瞬きをした瞬間、奴は俺たちの前から姿を消した。

「こんなおもちゃでどうして僕に勝てると思ったのか分からないけど。十分…いや十分も要らないかな。3分後、跪いてるのは君達の方だよ。」

あの一瞬で後ろへと回り込まれ、更には手に持っていたはずのレイが無くなり、俺の後頭部へレイが向けられている。

想像以上の速さだっ。

俺はすぐに奴の持っているレイを取り返そうと振り返るが、いつの間にか俺は地面に倒れていた。

「ぐっ…。」

身体中に痛みが伝わる。

一瞬の出来事に直されたのかまったく分からない。

「ノワールっ!!!」

名無しの声が聞こえたが、名無しも俺と同じように地面へと倒れている。

「くそっ…。」

そしていち早く危険を察知した、名無しは自らの周りに炎を発生させ、スピードスターを近づけなくさせる。

「炎を扱う力…君はもしかして、なるほどね。」

奴は名無しを知っているのか。

そんなことを考えていると竜巻のようなものが名無しの周りを包み込み、名無しの姿が見えなくなった。

「ぐっ…かはっ…はぁ…はぁ…。」

外からでは名無しの様子が分からない、だが竜巻の中からは苦痛による名無しの声が聞こえてきた。

まずい…このままじゃ彼奴がっ。

周りを囲んでいた炎は消され、俺は立ち上がると名無しを助けに向かった。

「邪魔だよっ!!!」

だが、奴に体を吹き飛ばされ、俺は地面へと転がって行く。

これじゃ近づくこともできない。

「ぐっ…ノーネーム…。」

横を見ると奴に取られていたはずのレイが落ちているのを見つけた俺はレイを手に取るとモードを拡散型へと切り替え、引き金を引き絞った。

「酸素がなきゃ、君の自慢の炎は使えないだろ?」

「はぁっはぁっはぁっ…確かに…そうですね…ですが…時間です…。」

「はっ?」

名無しの周りを走っていたスピードスターの動きが遅くなっていき、竜巻は消滅した。

そして、スピードスターと名無しの姿が見える。

奴の動きが遅くなり、俺はその隙を見逃さない。

「かっ体が……何を…したっ!?」

レイに溜まったエネルギーをスピードスターに目掛けて放つ。

キュイーンと音を立てるとスピードスターの体に目掛けて弾が飛んでいくのが見えた。

「ぐっ…はぁっ!!!」

奴はかわすことができずに地面を飛び跳ねて壁へとぶつかり、頭から倒れ込んだ。

「はぁ…はぁ…十分も要らなかったな。」

「はぁっはぁっはぁっ、お前らっ…。」

地面に拳を突き立てると奴は起き上がろうとする。

「残念だが…お前はあのスピードがなきゃ、ただの人間と同じなんだよ。」

奴の腹に蹴りを入れ、頭を思いっきり踏みつける。

「ぐぅぅっ…やめ…てくれ。」

今までこんな目には会ったことがないのだろう。

スピードスターの目からは恐怖を感じることができる。

だが、俺は容赦をしなかった。

奴が起き上がることができないように何度も何度も奴の体に蹴りを入れ、動かなくなったのを確認すると奴の手と足を縄で縛り付けた。

「それで…気分は?」

「言いわけ…ない…だろっ。くそっ…体が…痺れて思う…ように動かない……何を…。」

「お前のその力を利用しただけだ、お前の速さをな。」

俺とジョウはスピードスターと戦う前にある策を考えていた。

それは毒を使うことだ。

体の自由を奪う神経ガス。

スピードスターは治癒能力が一般人に比べると異常なまでに速い。

それはきっと体の中の代謝機能も彼の力のおかげで早くなっているということなのだろう。

それを知った俺とジョウはあることを思いつく。

それが神経ガスを使うこと。

奴はきっと俺達に毒が回るよりも速く、毒が周り、動けなくなる。

奴の強みはスピードを生かした攻撃だ。

スピードさえなければこいつはただの反射神経のいい人間だ。

まぁ、俺達は事前にマスクにガスマスクの機能を追加しといたおかげで毒とは無縁な動きができるわけだが。

俺がジョウに作らせていたものの本命はバイクなどではなく、こっちだった。

そして、奴は何も知らずに馬鹿正直に俺達の罠へとハマり、こうして毒に体の自由を奪われている。

「速さ…だって…くっ…わけが分からないよ。」

「分からなくてもいい、それよりも知っていることをはいてもらおうか。」

「はっ、僕が…口を割るわけ…。」

奴の頭の横に持っていたナイフを突き刺す。

「何を勘違いしてるか分からないがお前が吐かないのならば他のやつを捕まえて吐かせるだけだ。つまり、それがどういうことか…頭の回転が速いお前なら分かるだろう。」

突き刺したナイフを奴の目玉に向けて地面を這わせて行く。

目玉を切りつけそうな程近くにナイフを近づけるとスピードスターは大声を出して止めるように叫んでいた。

「わっわかったよ。それで……何が知りないんだっ。」

「美樹と言う少女、それからお前らがその少女を手に入れて何をしようとしているか、それを吐け。」

スピードスターは美樹の名前を聞いた途端、何も言わなくなる。

「残念だ。」

こいつが何かを知っているのは確かだろう。

だが、それを話すつもりがないのなら俺はやることをやるだけだ。

目の前まで移動させたナイフの刃を下ろしていく。

「待ってくれっ、美樹だろ。話すっ、話すからっ。あの子は……すごい力を持ってるんだ。何の力を持ってるかは知らないよ。そこは教えてくれなかったんだ。それであの子を手に入れてリーダーは機械を使おうとしてる。その機械が何なのかは知らない。だけど、マインドとリーダーはそれを使えば、世界がもっとより良い世界に変わると信じてる。確か、犯罪を事前に防ぐことができるとか、何とか言ってたっ。」

「それを他に知ってそうな者はっ?」

「分からないよっ、本当に知らないんだっ。いや…待てよ、もしかしたら…フっ!?」

スピードスターが誰かの名前を言おうとした途端、スピードスターの顔に火がつき燃え始める。

何事かと思い後ろを振り返るとそこには刀を握ったフードを被った男が立っていた。

「ぐっ…うぎゃぁぁあっ!!!!!」

後ろからスピードスターの痛々しい叫び声が響く。

「誰だっ!!!」

「ふんっ…若造が…ペラペラと話しやがって。」

誰だか分からないが相当な手練れだ。

「凛、消火プログラムみたいなものはないのかっ?」

「手のひらを向けてください。」

俺は言われた通りにスピードスターの顔に手のひらを向ける。

手のひらからは消化剤がスピードスターの顔にめがけて飛んでいく。

火を消すことはできたが、彼は動くことがなかった。

「ノーネームっ、こいつを連れてすぐにここから逃げるぞっ!!!」

スピードスターの体を担ぐとバイクに乗せる。

だが名無しの様子がおかしい。

さっきから動こうとはせずにフードの男をじっと見つめていた。

「ノーネームっ、逃げろっ!!!」

名無しがハッと我に帰ると目の前にはフードの男が近づいていた。

そしてフードの男は刀を名無しへ向けて突き刺す。

間一髪のところで名無しは避けると手の指をパチっと鳴らし、フードの男に炎をぶつける。

その間に俺はバイクで名無しの元へと向かうと名無しの手を引き、バイクへ乗せる。

「凛、行けるかっ?」

「はい、お任せください。」

凛の返事とともにバイクはオート操作へと切り替わる。

俺はすぐに後ろを向き、奴へ向かってレイを向けると弾を放った。

奴は弾を避けようはせずにそのまま刀ではじく。

必死にその後も何度かレイで攻撃をしたが奴は動こうとはせずに俺達を行かせた。

奴は一体、何をしに来たんだ。

それにこちらの攻撃をものともしなかった。

「ノーネーム、彼奴を見たことは?」

「……。」

名無しは何も答えず、黙っているだけだった。

はぁ…結局、情報はあまり得られなかった。

こいつなら何か知っているかもしれないと思ったが…知らなかったようだし、連れてくる必要もなかったのかもしれない。

それでも、何か役にはたつかもしれないな。

そうして初めてのヒーローとの戦いは幕を閉じた。


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