第2話

12月9日。

街はイルミネーションなどで光り輝き、男女のカップルが街を歩いている。

俺はある女と会う約束をしており、こんな場違いな場所まで来てしまった。

広場の真ん中にはスーパーヒーローを称えた大きな銅像が建っている。

平和の象徴だとか何とか理由をつけて政府の人間が造らせたものだ。

少し前まではここには犬の銅像があったはずなんだがな。

本当に嫌な世の中に変わってしまったものだ。

こんな銅像を置いたところで犯罪なんて減るわけでもあるまいし。

税金の無駄遣いだ。

それにしてもいつになったら奴は来るんだ。

もうかれこれ二時間もこの冬空の下で待たされている。

携帯に電話しても奴はでないし、これでは時間が無駄に過ぎていくだけだ。

「ごめんなさい、遅れちゃったわ。」

後ろから女の声が聞こえる。

振り返るとそこには顔立ちの良い品のある女が立っていた。

「遅すぎる。俺は待つのも待たせるのも嫌いだって言っただろう。」

「分かってるわよ。あ〜怖い怖い。」

チッと女に聞こえるようにわざと大きな舌打ちをする。

「それで何故、俺を呼んだんだ。下らない理由なら女だろうとぶん殴るぞ。」

女の態度を見ていると何だかとてもイライラする。

「あんた、警官やめて今は探偵みたいなことやってるんでしょ?それもスーパーヒーロー専門とかなんとか。」

「それがどうした、早く要件を言え。」

「それならきっとこれが喉から手が出るほど欲しいんじゃない。」

彼女は封筒に入れられた何かを俺に渡してきた。

「何だこれは?」

「あんたが欲しがってるものよ。私達も正直、困ってるのよ。好き勝手にやられてることにね。」

封筒の中を見るとそこには俺が相手にしようとしているヒーローの詳細が書かれた紙が何枚も入っている。

正直、これは喉から手が出るほどに欲しい。

「…………。」

すぐにその紙を封筒の中にしまうと俺はお礼を言わずにその場から立ち去ろうとした。

だが彼女は俺の腕から封筒を取り上げる。

「誰もタダであげるとは言ってないでしょ?」

「………用件を言え。」

「話が早くて助かるわ。美樹のことをあんたに頼みたいのよ。」

「はっ?」

まさか考えてもいないことが目の前で起き、思わず大声を出してしまった。

娘を預けたいだと?

こんな俺に?

本気だとしたら彼女はとても正気ではないな。

「冗談だろ?」

「本気よ、元相棒のあんたにしか頼めないことなの。それに現役の時から私にずっと借りを作りっぱなしだったでしょ?」

確かにこいつには相当な借りがあるが、それを返す気なんてさらさらなかった。

「お前が今まで通りに面倒を見ればいいだろう。」

「そういうわけにも行かないのよ。これが欲しいのなら大人しく私のいうことを聞いてちょうだい。」

「………。」

頭が痛くなる。

俺はヒーローを相手に戦わなくちゃいけないのに…子供のお守りなんてしている時間なんてない。

それに俺は子供が苦手だ。

「あんたに拒否権なんてものはないから、ほらこの封筒の中に地図と鍵が入ってる。そこに美樹がいるわ。」

彼女は強引に俺に封筒を渡す。

これだからこいつは嫌いなんだ。

「それじゃ、後は任せたわよ…夏樹。」

別れの言葉を彼女は言うとそのまま人混みの中へと消えて行った。

彼女の様子が少しおかしかったことに気づいていた、だが俺は関わるとろくなことがないと思い、何も聞かなかった。

そしてその日も彼女の娘がいる場所へは向かわずに家へと帰った。

だが、その数日後、彼女は死体の姿で見つかった。

今となっては後悔している。

あいつは俺がある事件で捻くれてからもああして連絡を取ってくれていた。

大切なものは無くしてから気づく…か。

彼女の死を知って、俺は彼女から託された鍵と地図を持ち、彼女の言っていた娘に会いに行く。

彼女の娘とは一度だけ、会ったことがある。

柄にもなく、落ち込んでいた俺にあの子は手を指し伸ばしてくれた。

そんなことなど彼女はもう覚えていないだろ。

もうあれから何年も経っている。

地図に示された場所は覚えがある。

ここは彼女がよく仕事の為に使っていたホテルだった。

ホテルに着くと俺は従業員に挨拶もせずにエレベーターに乗り、五階のボタンを押す。

ニュースの報道では彼女が自殺をしたと言われていた。

だが、そんなわけがあるはずがない。

彼女のことは俺が一番、分かっている。

あいつは娘を残して死ぬような女ではない。

きっと誰かに殺されたのだろう。

もしかしたら、彼女の娘が何かを知っているかもしれない。

気がつくと既にエレベーターは5階についており、扉が開いていた。

俺は娘のいる部屋まで向かい、ドアの前に着くとチャイムを鳴らす。

だが、いくら待っても返事が返ってはこない、もしかしたら、誰かに…。

そう思った俺はドアの鍵を鍵穴に差し込み、ドアノブを回し、部屋の中へと入る。

念のために持ってきていた銃に手をかけ、部屋の中を歩いていくとベッドの上に娘の姿が見えた。

ゆっくりと警戒しながら近づいていくとあることに気づいた。

娘はただ、呑気に寝ているだけだったということに。

「はぁ…。」

銃から手を離し、彼女の身の回りを調べる。

汚い部屋だ。

服は散らかしっぱなしで缶ジュースや弁当のゴミが散乱している。

いつからここにいるのかは分からないが、それにしても汚すぎる。

「おい、起きろ。」

一応、声をかけてみるが返事は返ってこない。

あんなに可愛らしかった面影は既に残ってはいなかった。

「起きろと言っているんだっ!!!」

面倒になり、大声を出し、彼女を起こそうとするがそれでも彼女は起きなかった。

それどころかイラっとしたのか眉間にしわを寄せ、布団の中へと潜っていく。

「チッ…。」

俺は布団を手に取ると勢いよく放り投げ、そばに置いてあったミネラルウォーターを手に取ると彼女の顔にかける。

「わっぷっ…なにっなにっ?」

彼女は大きく目を開くとすぐに起き上がり、キョロキョロと辺りを見回す。

「お前がいつまでたっても起きないからな、強行手段に出ただけだ。それよりも、お前が美樹でいいんだな?」

彼女は目を細めるとじっとこちらを見てくる。

「……おじさん…誰?」

どうやら俺のことは覚えていないらしい。

「お前の母親の…友達だ。面倒を見るように頼まれた。」

頭の天辺から爪先まで彼女はジロジロと見てくる。

「おじさん…何処かで会ったことがある?」

「いや、それはお前の気のせいだ。それよりも早く準備しろ。」

「準備って?」

「ここから出て行く準備だよ。」

彼女はめんどくさそうに立ち上がると風呂場へと

移動する。

意外にもぐずったりせずに言うことを聞いてくれている。

案外、物わかりが早いのかもしれない。

彼女がシャワーを浴びている間にテレビをつけると窓際へ移動し、椅子に座り込む。

テレビでは下らないニュース番組しか、やっていなかった。

どれもスーパーヒーローの特集番組だ。

まったく、本来ならあいつから武器を受け取りに行き、今頃、作戦について考えていたはずなのに。

「ふぃ〜いいお湯だった。ってまだいたんだ。」

少女はバスタオル一枚の姿で俺の前に出てくる。

まったく、他の人から見られたら完全に犯罪案件だ。

最近の若い女はみんなこんな感じなのだろうか。

「おじさん、着替えるから出て行ってよ。」

「安心しろ、お前のようなガキの裸なんて見ても興奮なんかしないから。」

「それでも出て行って欲しいんだけど…はぁ…まぁいいや。こっち見ないでね。」

彼女は大きな溜息を吐くと俺の見えない場所へ移動し、服を着替えている。

彼女は自分の母親が亡くなったことについて聞いているのだろうか…。

話している感じだと、彼女は平然としているのだが。

「なぁ…お前は「美樹、お前じゃなくて美樹って名前があるから、ちゃんと名前で呼んで。」

「…美樹、お前は自分の母親のことを知ってるか?」

「うん、死んじゃったんでしょ。ニュースで見た。」

何故、彼女はこんなにも淡白なのだろう。

普通、このぐらいの女の子なら母親が死んだと知ったらこんな風にしていられないと思うのだが。

何かあるのかもしれないな。

「ねぇ、おじさん。さっきから思ってたんだけどさ。」

「なんだ。」

「…おじさん…鼻毛が出てるよ?」

「…………。」

彼女の言葉を聞いた俺は何だか少しだけ気持ちが萎えた。

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