ノワール・ヒーロー

夏野海

第1話

みんな誰しも一度なら考えたことがあるはずだ。

もしも、空が飛べたら。

もしも、光のように早く移動することができたのなら。

もしも、体を透明にすることができたのなら。

そんな素晴らしい能力を自由に使ってみたいと。

だが、俺は思う。

そんな力を手に入れてしまえば確実に世界は間違った方向へと進んで行くと。

人間は誰しもいいやつばかりではない。

自分のために相手を蹴落とす人間もいれば面白半分で人の嫌がることをし、死へ追いやる人間もいる。

だがその中にもいい人間はいる。

人のために命をかけて助けようとする人間も。

だけど、そんな人間もそんな力を手に入れてしまえば、間違った方向へと変わって行くだろう。

俺は思う、力なんて無い方がいい。

だが、残念なことにこの世の中に力を持った人間が現れてしまった。

積荷を積んだトラックを軽々と持ち上げ、さらには銃弾や刃物なども通さない肉体を持った人間が。

彼等のことをみんなが口を揃えてこう呼んだ。

スーパーヒーローだと。

何がスーパーヒーローだ、あんなもの人間なんかじゃ無い。

人間は足りないものを他の人間と助け合いながら生きていく。

それが一番大事なことだ。

それなのにスーパーヒーローさんはたった一人で何でも解決してしまう。

あんなものは化け物と変わりはない。

表では人助けや良い行いをし、人々から人気を得ているようだが、裏では何をしているかは分からない。

だが、また残念なことに次々と世には力を持った人間が現れ始めた。

頭が痛くなるね、本当に。

そして力を持った人間は皆、良い行いをしているのか…。

そんなことはない、その力を使い、とうとう悪さをする人間が現れてしまった。

だから言ったんだ、彼等は力を持った化け物だと。

スーパーヒーローさん達はその悪党どもに戦いを挑み、悪党は必死の抵抗も虚しく、捕まったとの噂だ。

人々は心の底からヒーローを慕っていたよ。

そりゃ、気持ちの悪いほどにな。

良くやったとか貴方達は救世主よっとか叫んでる頭の悪い男女。

周りを見てみろよ。

お前らの周りの建物や道、どうなっている?

建物だけじゃない、怪我をしたものだって少なからずいるはずだぜ。

彼奴らは救世主なんかじゃない。

そのことが何故、みんなには分からないのだろうか。

そしてすぐにまた一つ事件が起きた。

調子に乗ったヒーローの一人が若い女をぶっ叩いたとのことだ。

俺はすぐに周りにいた人達から事情を聞いたよ。

何でもヒーローがバーで女を口説き、女が嫌がっているのに無理矢理、何処かへと連れて行こうとしたらしい。

だが女は嫌がり、必死にヒーローへ抵抗する。

そんな女の反応を見たヒーローは女の顔をグーで殴ったそうだ。

ほらみろ、彼奴らだって自分を抑えることなんて出来ないんだ。

酒に酔っていたから殴ってしまった。

そんな理由で許される筈がないだろう。

彼女の額には傷が残ってしまったんだぞ。

女性にとって顔は命だ。

それなのにそんなことをして許される筈がない。

だが、世間は違った。

ネットでは彼女が断ったのが悪いだとか、彼女が嘘をついているだとかふざけた記事が書かれ、ヒーローを擁護して行く意見が増えていく。

終いにはヒーローはテレビでこう言っていたんだ。

あれから僕はもうお酒を飲まないことに決めたよ。

リーダーからも叱られたしね、それもこっぴどく。

散々な目にあったよ。

彼は謝罪もなく、そんなことを言っていた。

俺は怒りを抑えきれなかった。

そいつの居場所を探し出し、後ろから鉄パイプで思いっきり頭を殴ってやった。

だが、何の能力を持たない俺では思っていた以上にダメージを与えることができずに俺はコテンパンにされたよ。

終いには顔に唾まで吐かれちまった。

屈辱的だ、力を持たなければ奴らに挑むことも出来ない。

冷たいアスファルトで頭を冷やして、ようやく自分のやるべきことがわかった。

俺のやるべきことは彼奴みたいなくそったれなヒーローを捕まえることだ。

力を得て、謎の使命感により、世界を救っていると同時に自分に酔い痴れ、人々に悪さをする化けもんを一人残らず捕まえる。


まずは…計画を立てなきゃ話にならないが…。

年は取りたくないもんだね、思っていた以上に体がなまっちまってる。

まずは…酒をやめるか。


それから何年も俺は自分をひたすらに鍛えた。

あんなにトレーニングをすることなんてどれくらいぶりだろうな。

警官をやっていた時よりもハードなトレーニングだ。

相手は銃やナイフを持っている一般人とはちがう。

相手は何でも扱うことのできる、化け物だ。

こんなトレーニングなんかしても効果は無いかもしれないがそれでもやらないよりはマシだろう。

それから奴らと戦うには武器も必要になるだろう。

奴らに一撃を食らわせることのできる武器が。

だだの銃やナイフだけじゃ、心もとない。

中にはそんなものが効かない相手だっているはずだ。

そんな奴を相手にする以上、普通のものでは太刀打ちできない。

それならば、奴らを苦しませることのできるヤバイ武器を作ればいいだけの話だ。

俺はすぐにそんな武器を作れる相手に連絡をした。

そいつの名前はジョウ。

彼女は頭のイかれた自称サイコパスな科学者兼発明家らしい。

成り様は昔、ジョウが悪さをしていた時に俺がそいつを捕まえ、牢屋へとぶち込んだ。

そしてそいつが外へ出てきてからも悪さをしていないか、見張っている。

何か同じ匂いがするとかなんかで彼奴は何故か、俺のことを気に入っている。

そんな俺が頼んだら、きっと金は取られるだろうがとんでもないものを作ってくれるだろう。

そんな中、やはり事件は起きていく。

俺の知っている中でもヒーロー共が起こした事件はもう何百件とある。

その中でも一番、問題を起こしているヒーローが俺に唾を吐きやがった、ストーンとか何とかって名前のヒーローだ。

そいつは調子に乗りやすい上に酒癖が悪く、一番に問題を起こしている。

警察も何をやっているのか、彼を捕まえようとはしない。

昔の仲間から聞いた話だが、彼には警官も手を焼いているとのことだ。

まぁそれもそうか、頭は悪いが体は頑丈でおまけに力もある。

奴らのリーダーに比べれば劣るがそれでも一般人なんか相手にならないだろう。

だがそれだけの話だ。

奴は頭の中が空っぽだ、まだそこらの猿のが知恵があるように思える。

まぁそれは言い過ぎか。

取り敢えず、まずは計画を立てなきゃな。

あんな馬鹿でも力はあるからな。

考えなしに突っ込むのはいくらなんでも危険だ。

彼奴を誘き出す作戦、それに場所。

そして奴との実戦、奴の仲間にバレないようにしなければ。

戦っている最中に応援にでも来られたらひとたまりもない。

こうして考えるとまだまだ、考え直さなければいけないところがあるな。

まだまだ時間はたっぷりと残っている。

焦る時間はないさ。

そんな言葉を自分に言い聞かせ、俺はトレーニングに戻っていく。


「何て言うか…メモってよりは日記…なのかな。」

あの時、彼が残したメモ帳を私は読んでいた。

ここには彼の今まで戦ってきた相手の名前や特徴などが書かれ、彼の行動してきたことも書かれている。

人の日記を読むことはあまり気乗りはしないが…

彼と話をしてもあまり、話をしてくれないんだもん。

彼のことが知りたい、それならメモ帳を読むしかないよね。

それにしても何て言うかちょっとジジくさい。

何が俺はトレーニングに戻っていくだ。

読んでるとちょっと笑えてくる。

きっと本人は真面目に書いているんだろうけど。

「それにしても時間かかりすぎじゃない?私を待たせるなんていい度胸なの。」

私は待つのも待たせるのも嫌い。

あの人はそれを知っているはずなのに、わざとなのかも。

そんなことを考えながら私はまたメモ帳を開く、彼が来るまでの間、もう少しだけこのメモ帳…日記を読んでいよう。

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