9 楽しい時間は一瞬で過ぎ去る

 楽しいランチタイムを経て時は午後へと指しかかろうとする。俺たちにとっては午後の授業が迫ってくる瞬間だ。教授のつまらない授業は当たり前のようにやってくる。つまらない授業をうけるには、教授が授業を行う教室まで移動しなければならない。まず、高校から入学してきた人間にとっては億劫になることだろう。

 そんなことを思っても目の前では未だに談笑は続いているのだが。

「もう、そろそろ行くね。私たち。ここから、ちょっと遠いから」

 越前腕の腹を自分の方向に向けた。視線を時計に移しながら腰を浮かせた。急いでいる素振りもないが、気持ちはいそいでいるのだろう。なぜなら、彼女の彼が机で寝ているのだから。起こすのには少し時間と手間が必要であった。

「起きろ!齋藤。授業、遅れる、ぞ!」

 肩に腕を回しながら、越前は齋藤の身体を持ち上げる。呻きを上げながらも齋藤は華奢な女体にしがみつくように立つ。

「昨日何してたんだ」

 俺の声に数分遅れで、越前のことを考えていた、と呻きに似た声を彼は上げながら机にあったおにぎりを弱い手で掴み上げる。

「気持ち悪いこと言わないで、行くよ」

 ごめんね、また明日。越前は力の抜けた身体の齋藤を半ば強引に押す形で、俺らの前から姿を消した。

「あいつらと今日は帰れないのか」

「そうみたいね。デートだって」

 美咲ちゃんの視線は心配そうに彼女らの後姿に注がれた。少し、微笑を残しながらも。

「私たちも何処か行く?今日」

 勢いは弱まらない、これから高度を上げていきそうな太陽はピンポイントに彼女を照らし出すのであった。瑞々しく若さの真ん中にいるその白い肌がひどく美しく感じた。いや、考える必要も無いくらいにひどく美しい。目は透き通り固有色の茶色が涙から顔を覗かせる。自己主張の激しい目は俺の心を再びトリコにするのであった。

 ん?彼女は返事のない俺に違和感を感じたようだ。

 いや、なんでもないよ。何処行く?でも、午後もあるしそんな急いで決めなくても。俺は半ば意遅れにそう呟く。

 それも、そうだね。でも、大まかなことだけでも決めとこうよ。

 それもそうだな。

 …

 お互いが考えにふける。

 じゃ、お互いが好きな場所行こうよ。二日かけて。

 いいね、それ。最近、ちょっと忙しかったし。本屋と、それからPCのところか…でも、PCのところ、美咲、おもしろいか?

 大丈夫だよ、薫君がいれば

 そんなものか?時間の無駄に感じるけど

 いいよ。薫くんが楽しければそれで

 そうかな…まぁ、本人がそう言うならいいか

 うん

 と楽しい会話も束の間、授業開始の時刻が刻々と近づく。

「やば、もう時間だ」

「そうだね、行こうか」

 同時に腰を浮かせ食堂を後にする。

「あ、そうだ」

 財布を取り出しながら

「ちょっと、水買ってくるから。先行ってて」

「朝みたいにならないでよ。」

 彼女は教室へと歩を進め、俺は近くの自販機へと小銭を入れる


素敵ですね。鈴木先輩は

 

 彼女は、石上亜澄は自販機のボタンを押しながら俺に尋ねる。勝手に押されたボタンは押そうとしていた水とは別の種類の水であった。予想もしない動きをした自販機に俺は理不尽な怒りを覚える。

「そんな怖い顔しないでくださいよ。私は先輩と仲良くなりたいだけなんですから。」

「ふざけるのも程ほどしろよ。朝にあんなことして、今更仲良くなりたいだなんて虫が良すぎるぞ」

「あんなこと~?それってどんなこと?」

 ねぇ、ねぇと誇張された胸を俺の右腕に押し付けるのだ。

「やめろ、こんなところで」

「彼女さんに見られたまずいんですか~?」

 若干に語尾にかけて音が上がるのが彼女へ元々抱いていた鬱陶しさに拍車をかける。思わずカッとなってしまう。

「うるさいな!離れろよ!」

「う~ん、嫌だ」

 とその力は増すばかりである。ブラジャーのベルトが腕に食い込んでくることがわかる。手を動かせば余計に食い込んでいくのに焦燥に駆られ動かしてしまう。

「暴れないで下さいよー」

「やめろ!」

「どうしたんだ?薫」

 隣を向けば齋藤の姿があった。

 さっきとはまったく変わって、しっかりと背筋を伸ばし隣の自販機の前へ立っていた。小銭入れに重さを感じない手が伸びる。ボタンを押し、勢いよく容器が落ちてくる。その一連の動作を、俺は呆れ驚いていながら見ていた。

「違う!待て、これには訳が」

 突然の齋藤に俺は同様の色を濃くしてしまう。

「わかってるよ、薫。心配すんな。何か事情あんだろ」

「ああ、その、だな」

「誰です?この人は」

 そう言われ若干に動きを止めた齋藤は、こちらを鋭い目で見る。

「君、誰だい?薫の友達って言うのなら詮索はしないが、冗談ならそこまでにしたほうがいいぞ。彼の彼女がプリプリするぜ」

「そんなこと…」

 明らかに迷惑そうな顔をする。目を落とし、早くここから立ち去って欲しいみたいだ。自分から動こうとは思わないのかしっかりとした力で俺の右腕に胸を食い込ます。もはや、カップに接触している。

「わかってるなら、離れれば?彼、迷惑そうだぞ」

 彼の台詞で石上はそっと胸を、手を離した。ポケットに手を突っ込み視線を地面をへ泳がせる。

「ていうか、薫、その娘誰だ?親しげにしてたが、高校の後輩か?」

 的外れも良いところだ。

「いや、違う。知らない、知らない人だ。急に、そう、こんなことをしてきただけだ」

「そうか、まぁ、信じるも信じないのもどうでもいいが。そんなこと平気でするなよ。美咲ちゃんがどう思うか、考えろよ」

 齋藤は身を屈め取り出し口から先ほど落ちた飲み物を取り出す。その手には、さっき石上が押して買った水と同じであった。

「じゃ、急げよ」

 自分を棚に挙げ、彼はゆったりとした速度で俺らに背を向けた。

「先輩、あれ。誰?」

「あれって言い方はやめろ」

 後ろには未だ彼女の姿があった。それもそのはずだ、さっきから一ミリも動いては居ない。

「友達だよ。」

「只の?」

「そこまで、お前に言う気はない。ほっとけ」

「そうですか。ねぇ、先輩。私が、親がいないと言えば、どう思います?」

「面倒くさいなぁ。そんなの、と言ったら君には失礼かもしれない、だけどそんなの君と同い年の友達に話せばいいだけのことなんじゃ?」

「その友達が居なければ、どうします?」

「いなかったら?そんなの…」

 思いつかない。

 しらねぇよ。それが、俺にとっての答えだった。

「ふ~ん。」

 案外明るい声が返ってきた。

「だとしたら、彼女さんがそういう状況に陥ってもそういうことを言うんですね?」

「な訳ないだろ。」

「ウソツキ」

 色んな意味で。と加え、彼女は嫌な笑みを浮かべる。

 不意に、小学校でのあの嫌な女の顔とリンクする。

 嫌だ。

 急な展開に筆者共々頭が付いていかない。そう、俺も。

「嘘つきだ、先輩。」

 と、不意に彼女はキスをしてきた。

「ヤメロ」

「ウソツキは彼女にも嘘をつけますよね?」

 舌を絡ませてきた。

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