4 HEROと苛められっ子
眠い目をこすなりながら憂鬱な授業に身をおく。片肘を突き教師のつまらない話を聞かされる。一体、こんなのは将来のなんの役に立つのかと疑いたくなる教えを成績という言葉でお茶を濁して生徒の頭を洗脳し自分たちは何食わぬ顔で金を貰う。
「昨日は一緒に帰ったのか彼女。じゃなくて、鈴木ちゃん?だっけ」
最低な大人のつまらない授業を目の前にしても怯むことなく我を通していく隣の齋藤が訊ねる。彼の声量は制御が利かないのか、声がでかい。しかも、他人の恋愛事情を平然としゃべりやがる。自分としては馬鹿にされたくないのでやめてほしい。もし、陽キャの耳に入りさえすれば煽りの対象だし、何より鈴木さんの耳に届きかねない。そうなってしまってはお終だ。
「大丈夫だよ。もう、連中は知ってる。」
終わった。またもや、終わった僕の恋。一体、この胸の高鳴りはなんだったのだろうか。毎回この境地に陥れば虚しく感じてくる。
「終わった…」
「というか、お前。目立ってないからかわれてもないぞ。」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんだよ。奴らは…」
そう言い掛けた齋藤は目線の先に何かを見たのか言うのを止めた。
「馬鹿ね」
怖いから、小声で呟いた。
「本当にね」
あのお人好しの齋藤が毒づいた。皮肉にもそう思った。
「それで、一緒に帰ったのかって聞いてんだよ」
「もう少し声を小さくしてもらってもいいかな?」
「次からな」
溜息が一つ俺の胸の内から零れる。
それより、昨日あったことを話さなければしつこく聞いてくるだろう。
「一緒に帰ったよ。」
「それで」
「それで?これ以上何かあるのか」
「ごまかす気だな。楽しかったのか」
そう言われればそうである。嘘ではなかった。しかし、折り入ってこいつに報告することなんてなにもなかった。ただ、初めてしゃべって話に花を咲かせただけだ。
ただ、齋藤の言っていたことは少なからず合っていたのは確かだった。それはきちんと報告すべきか。
「でも、この前言ってた、どこか寂しい目ってのは合ってたぞ」
「ふ~ん、まぁどうでもいいけど」
「じゃ、どうして言ってたんだ?」
「何となく?特に重要じゃないから忘れてくれ。」
本人がそう言うなら仕方ないけど。越前とも深く共感していた風であったから重要ではなくとも何か引っかかることであった。何より自分が直にそう感じてしまったのだ。腑に落ちないところであった。
話しているうちにつまらない授業は佳境を向かえ辺りは終礼を待ち望む期待で一杯だった。どいつも何処か不自然に動き可笑しい。そんなに嫌なら他のことやっていればいいのに。心の中で陰キャが嘲笑していた。なんて虚しい構図である。
「それより。このまま仲良くなって行くとして。ゴールは『付き合う』か?」
それはそうと胸を張って言いたい。しかし、現実はそうは言ってくれないだろう。おもしろい、楽しかった。あの短い岐路までの距離でそうは言ってくれたが、本心はどうであるか不明である。あまり暗く考えすぎては鈴木さんが言ってくれた言葉が嘘に思えてきてしまう。それはあまりにも失礼と感じるが、実際そう考えてもいないのである。
もしかしたら、と頭の中で何度も繰り返す。嫌な結末が脳裏をよぎる。その度、胸が痛くなる。
「そうは言いたいが、実際…」
「彼女の反応はどうだったんだよ。今までの女と同じだったか。」
「そんな言い方するなよ。」
「あいつらは、俺の大事なお前を傷つけたんだ。許しはしないよ。」
お人好しの齋藤の目つきが鋭くなる。時々なる齋藤だった。自分の大切な何かが誰かに犯されたり、奪われようとするならば獣になることもいとはない。
小学校に好きになった女の子の一人に酷い女の子が居た。その娘はクラスに俺のことをばらし、自分を被害者に仕立て上げた。その頃、俺はほとんど人としゃべることはない、今よりももっと酷い陰キャだった。その上、アニメや漫画などにはまっていた。今はそうではないが時代が時代であったためみんながみんなして俺を気持ち悪がった。そうなってしまってはもう遅くクラス全員が俺の敵を演じ俺を集中的に苛めた。それが中学校まで縺れたのだ。
中学校では、それをクラスどころか学年にまで広げ始め、とうとう自分の居場所がなくなった。行き交う度に悪口が吐かれる。正直、今でもこのことを思い出せば吐き気を覚えるくらいである。それくらい嫌なときだった。
しかし、そんな中でも彼はみんなとは違う自分を持って俺の前に立っていた。
「なぁ、お前。そんなこと言われて悔しくねぇのか?俺だったら悔しくて殺してしまいそうだよ。お前、おもしろそうな人間なのになんで反抗しないんだ?怖いのか?みんなからこれ以上嫌われるのが。けど、お前のことほとんどの連中がキモいなんて思ってねぇよ。安心しろ。て言っても無駄か。おい!気が変わったら図書室に来い。そこで待ってるぜ。」
それは絶対に忘れない言葉だった。
それは、みんなからの言葉が怖過ぎてトイレに引き籠もっているときだった。気が付けばもう放課後になっていて。いつからか知らないが彼はドアの前で演説をしていたのだ。しばらく、怖くて開けれなかったのを憶えている。これを餌にして誘き出そうしてるんだ。初めはそう思った。しかし、目の前には呼吸音一つせず人の気配すらなかった。そっと開けてみれば。言葉通りそこに他人の姿なんてなかった。
言われた通り図書室に向かえば、彼は演説通りそこにいたのだ。
「お、君が伊藤君ね。齋藤君がお待ちだよ。気が済むまでしゃべってくれ。」
入るなり司書さんにそう言われた。初めはなんのことだがわからなかった。多分、頭を軽く下げて、すみませんの一言を言って入った気がする。
入って直ぐの机に齋藤は椅子に座って腰を落ち着かせていた。俺を見つけるなりイヤホンを外して俺の元まで寄ってきた。
「お前が伊藤薫くんか。へー。まぁ、どうでもいいから座って話そうよ。」
馴れ馴れしい言葉だった。何かがうっとうしくて帰りたかった。でも、そうしてしまえば、またあのときと同じように広められるかもしれなかった。それが、怖くて俺は彼の言うとおりにしたのだ。 「なぁ、単刀直入に聞くけど。嫌だろ、このままの生活」
彼は座るなり第一声そう言った。
嫌だろ
その言葉で嫌にキュッと口角が上がった。それは、恐怖という言葉が一番似合う笑みだった。思わず、うん、と言った。
「そうだよな。そらそうだ。悪口や身も蓋もないことを言われて嬉しいやつなんてこの世には居ないだろうな。あの、アメリカ人でもきっと許しやしないさ。」
彼は腕を組み頭を後ろに体重を掛けた。彼の調子はいつもこんなんで人のリズムなんてまるで気にしなかった。
「なんで、こんなことになったんだ?嫌ならいいが、教えてくれるか?」
俺を捉えた目は本当に人を殺しそうに冷淡で鋭い目だった。
俺はことの顛末を俺の心情も混ぜながら事細かに説明した。
されたこと。
言われたこと。
他人の名前。
そのときの自分。
そのときの心情。
全部彼にぶつけた。途中泣きそうになりながらも説明した。そんな俺を彼は何一つ馬鹿にすることなく、時に相槌を入れながら耳を傾けていた。
しゃべり終えたときには俺の心は一人晴れやかだった。勝手に晴れやかになっていた。全てを聞き終えた彼はしばらく黙ったまま、何かを考えていた。
「そうか。そうだったんだな。最低だな、連中」そう呟き顔を上げた。
「一週間くれ。一週間でなんとかするから。絶対お前を助ける。」
無責任な発言はやめてくれ、俺はそう言って笑った気がする。彼の言葉は無責任だ。それは身を持って感じている。そんなことを言って敵になったやつなんて五萬と見たからだ。そんなのできやしないんだ。僕は心の底からそう思った。悲しくも、嬉しくも。
「いや、無責任じゃねぇ。頼むから一週間耐えてくれ。」
その言った彼の目は真剣だった。思わず、ああと答えてしまった。気迫に負けてしまった。彼ならやれる、そう直感で思った。
話が終わり。夜になった空を背景に帰ろうとする。
「気が済んだか?齋藤」
「ええ。なんとか、ね」
「酷いもんだよ。大人は知ってるくせにそれを見過ごしやがる。」
「あなたもその一人だったんでは?」
「挑戦してくるねぇ、齋藤君は。そんなことないさ。ちらほら生徒に相談を受けたところなんだ。『伊藤君って子が苛められてる。だから、止める方法はないかって』ね。僕はこの通り司書だし、何もしてあげれない。直接、学校に関わっているとは言い難い。そこで君が現れたわけさ。君と越前ちゃんたちが手を組めばいいと思ったわけさ。それで、君の話に乗っかった。それだけのことだよ」
司書さんはそう言って笑った。隣を見れば齋藤も笑っていた。
「ここで、ばらしますか。そのこと」
「あれ?秘密だった?すまねぇな。おっさんがばらしてしまって。」
「別になんでも無いですよ。いずれ、知ることだったんだし。」
「ごめん。意味が分からないんだけど。」
「まぁ、単純に君を心配していた連中と俺が手を組んだだけさ。」
「なるほど。マジで端的だな」
「まぁ、そういうことだ」
「あ、そう。てことは、俺のこと根堀葉堀聞いたのは越前からだよな?」
「ああ、そうだよ。彼女は色々としゃべってくれたよ。あんなこととかこんなこととか。」
マジでふざけるな。こいつ、やっぱり苛めたいだけだろ。
「ごめん、ごめん。少し馬鹿にしすぎた。伊藤君、君は顔に出やすいな。」
その頃からだ。彼と仲良くなったのは。
その後、一週間後。登校してみれば、みんなの態度は激変していた。
通り過ぎても何も言わなくなったし。普通にクラスに居ても普通の態度で接してくれていた。「どうして?」と聞けば「齋藤から聞いた。最低だな。その話」と帰ってくるばかりであった。若干、自分のことを棚に上げているのが気に食わないが。しかし、皆から嫌がらせも無くなって俺は平穏を感じ一人で過ごしていたのだ。
「どうして、皆の態度が変わったんだ?」
その頃、弁当も齋藤、越前と食べるようになっていた。
「齋藤がみんなやってくれたのよ。」
「何やったんだ。齋藤」
「いや、大したことはやってない。只、少し脅しただけさ」
「脅したって、お前、何したんだよ」
「はい!これで、伊藤のいじめに関する話は終わり!折角のお昼ご飯なんだし楽しい話しようよ。」
「そうだな、越前ちゃん」
「気持ち悪いからやめて!その呼び方!越前にして」
「わかったよ。越前。そういや、口にご飯付いてるぞ。取ろうか?」
「っっっ!!!!!い、いえ!自分で取ります!」
「何処についているか、わかるか?俺が取ってやるよ」
固まった越前からひょいっと米粒を取る齋藤。それを、弁当の端っこで器用に取った。
そんな情景を見ていて和やかだった。
しかし、脅したと言ったとき。図書室で見たときと同じ目をしていた。果たして、少しだけだったのか。そのことは今でも知らない。
「おい聞いてんのか?薫?」
回想から現実に戻り、そこはもうとっくに授業なんて終わっていた。
「せっかく、お前が中学のとき苛められていたのを俺が助けた武勇伝をしゃべっていたのに。何故に、お前は聞かなかった。これじゃ、俺は目立たないダサいヒーローじゃねぇか」
「心配するな。十分、俺のヒーローだよ。」
「気持ち悪いが。褒め言葉として受け取っておこう。」
若干に引いた齋藤が横目に映る。
「そう考えれば、鈴木ちゃんはお前に救われて当然かもしれないな。」
「当然?なんの話だ」
「こっちの話だよ。何も無いよ。只」
一拍おいてから
「あの娘のことで、あの頃みてぇーになったら、今度は脅すだけじゃ済まさない。済ませない。今度こそ殺すかもな。」
その目は本当に殺人者かと思うくらいだった。
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