第12話 恋と裏切り
ドラゴンと人間という前例のない結婚のため、彼らは周囲から隠れて暮らすことにした。そしてしばらくして子供が産まれた。副隊長は、ドラゴン隊の長となり、地位を確立、暮らしには困らなくなった。
ただ、そんなことより俺が知りたいのは、人間の女とどうすれば仲良くなれるか、だ。副隊長に聞くと、照れたりもごもごして気持ち悪いので、女に聞くことにした。
「まずドラゴンの男がダメなのは、思ったことをすぐ口にするところ。この人も最初はそうだったけど、『交尾したい気持ちがある』なんて間違っても言っちゃダメ。そんなこと言われても、ああこの人は人間でもワニでもトカゲでもなんでもいいんだろうな、って思うだけだから」
あぶねえ。
「あとは、自分の興味がないところには、まったく気配りできない。私が働いていた店でも、この人は私以外をぞんざいに扱ったり、偉そうに命令したりしてた。ああいうことされると居心地が悪くなっちゃう。特別扱いはうれしいけど、度が過ぎると迷惑なの」
なるほど、ためになる。
「いい部分もあるよ。『好き』っていつも言ってくれるとこ」
副隊長と女は、見つめ合って照れている。そういうの要らないからさっさと続けろや。
「でもタイミングは重要だよ。特に自分の気持ちをまだ伝えていないなら、ちゃんとしたタイミングで、伝えるのにふさわしい場所で言ってほしいかな」
「それは例えばどういう?」
「人によるから例えばっていうのは難しいんだけど、相手の趣味とか、喜ぶ事とか、好きな物とか、好きな場所とか、そういうのを知ることで、自然と分かってくると思うよ」
なるほどなるほど。脳にタトゥーを入れるように記憶に刻んでおこう。
結局夕方まで、いわゆる〝恋〟の話をしていた。交尾一つするにもなかなか複雑らしい。人間がそんな複雑な手順を踏んでいるとは思えないが、彼らの表現方法は時にまどろっこしく、それが〝恋〟のやり取りに適しているとも言える。俺に習得できるかは分からないが、シャトーと一緒にいたいという気持ちがある以上、行きつく先は交尾になる。つまり〝恋〟の習得は必須だ。
「今日は色々とためになったよ、ありがとう。長居してすまなかったな」
予想以上の収穫だった。が、本来の用事を忘れていた。
「そうそう、聞きたいことがあったんだ。俺の部下たちを殺したのは誰だ? お前じゃないだろうな?」
副隊長も女も表情が固まっている。せっかくの和やかな雰囲気を壊してすまないが、これを聞きたくて来たんだった。
「アユ、すまんが外してくれ」
「嫌だ、外さない」
副隊長は女に剣を渡す。
「大丈夫だから。話をするだけだ」
剣を受け取った女は不満そうな表情のまま、部屋から出ていく。
副隊長はうつむいているが、落ち着いている。いつか話す日が来るとは思っていたのだろう。
「ふー。あんたのことだ。大体分かっているんだろうが、まあいい。あの日、部下たちが襲撃を受けることを俺は知っていた」
あの日、俺の部下数名はしこたま酒を飲み、ドラゴンの居住区へ帰るまでの間に、人間といさかいを起こし、人間数名を殺した。そのあと駆け付けた人間がドラゴンを皆殺しにした。
――と、いうことになっている。が、おかしな点がいくつもある。
まずはこの〝いさかい〟だ。俺たちの中にはいさかいで人間を殺すようなアホもいなくはないが、さすがにドラゴンと人間ではケンカにならない。武器や魔法がばっちり使える状態ならいざ知らず、ほぼ素手の状態ではやる前から勝負は決まっているため、殺し合いのようなレベルには発展するはずもない。例外と会ったのはずっと後だ。
そして、殺された人間の中には我々のスパイがいた。
紛争中の町としては、戦闘能力が高くなかなか死なない我々ドラゴンを重宝がっていた。だが人間の序列を守らず、人間の文化を理解しない俺たちを嫌っている奴らがいることも知っていた。知っていたから当然準備もしていた。そのうちの1つがスパイで、人間の中で特に俺たちに不満を持っていそうなやつらをマークし、情報をくれる人間だ。酒場で話すうちに仲良くなった〝ノリ〟と名乗る男にその役割を頼んでいた。スパイと言っても、別に俺たちは人間をぶっ倒したいわけじゃないから、不穏な動きがあったら教えてもらうだけ。報酬もせいぜい酒を奢って、人間社会の愚痴を聞いてあげる、くらいのもんだ。
つまり、俺たちドラゴンと仲の良い人間が、ドラゴンとのいさかいで殺されたことになる。
そして、最大のおかしな点が、その夜一緒にいるべき副隊長がいなかったということ。ノリから、俺たちを排除しようとしている動きがあると聞き、俺か副隊長は常に警戒するようにしていた。夜道なんてその最たるものだ。
「聞きたいのは、お前があの夜何をしたのか、だ。俺たちの仲間を殺したのか? 人間を、ノリたちを殺したのか?」
答えあぐねているのだろう。テーブルのお茶をこれでもかと飲んでいる。
「俺は……何もしなかった。部下やノリが殺されると知りながら何もしなかったんだ。そしてあの時間俺は、お前が出歩いていないか調べに行っていた。お前が何か勘づいて動き出しているんじゃないか、って言われてな。これで全部だ」
「俺はお前を信頼していた。あの日はお前がいたから安心していたんだ。出歩いているわけないだろう」
「……そうだな。確かにそうだったよ」
この事件の数日後、怒った一部のドラゴンは復讐を決意、事件にかかわったとされる人間数名を殺し、復讐は達成された。それと同時に俺たちは人間からの信頼を失った。〝やりすぎ〟は俺たちの方、というわけだ。
「夜の事件の後、人間を殺すようにけしかけたのはお前だろう。やったのはすぐにカッとなるようなアホばかりだ。アホをやる気にさせるのは得意だろ」
「ああ。それは俺がけしかけた。それに関しては特に言うこともない」
俺はこれら一連の責任を取って隊から追放。その後、副隊長は隊長となってドラゴンの部隊を率いることとなったようだ。
副隊長にも野心はあっただろうが、そんな簡単に俺たちを裏切るような奴じゃない。それでも人間側についた理由は今ならわかる。きっと……
「すまねえ!」
副隊長は椅子から降りると、床に頭をつけた。最大限の謝意を表す人間式の所作だ。
「俺はお前から罰を受けて当然のことをした! だが、すまねえがこのまま町から出てってくれ! お願いだ。俺は今死ぬわけにも、今お前に戻ってこられるわけにもいかねえんだ! お願いだよ……」
「クソ勝手だな。別に殺しも戻りもしないよ。ただ、お前を許しもしない。そして町から出ていきもしない。言っただろ、ここに来たのはついでで、町を案内するのが今の俺の役目だと。今日は町で魚料理でも買っていかなきゃならんのだ。いつも買ってた焼き魚のうまい店がまだやっているといいが――」
「お前が町をうろつけば、遅くても明日には俺のところに報告が上がってくる。お前が町にいるとわかったら、そしたら……俺は連絡しなきゃならんのだ」
さて、自分の口から言ってくれるか。
「その……、あいつらに、……四剣士にな」
やっぱりあいつらなのか。俺を失脚させ、数年経った今でも俺のことを報告させるなんて、どれだけねちっこい奴らなんだ。
「なるほど、分かったよ。報告ついでに言っておいてくれ。俺は町に戻る気もないし、お前らと揉める気もない、ってな」
俺の部下たちを殺したのは許せないが、一応お互い様だ。それに、もしぶっ飛ばしたりしたら報復を受けるのは副隊長だし、またあの酒場の女を人質に取られでもしたらかわいそうだ。ムカつくがどうせ証拠は出てこない。水に流してやろう。
「邪魔したな。元気でやれよ」
副隊長は最後まで、不安そうな顔をしていた。ドラゴンの部隊が力を失ってから、あいつら剣士が幅を利かせているのだろう。あれ? あいつら三剣士だった気がするが、一人増えたのか。まあ面倒なことにならないようにしよう。
夕方、昨日と同じ場所でシャトーたちと合流した。今日のご飯は俺が買ってきた焼き魚とシャトーが採ってきた山菜のスープだ。非常にうまい。
「このスープうまいな。味付けはどうなっているんだ?」
「へへへ分かる? ちょっと特別な出汁を使ってるんだ。材料を言うとチンジャオが食べなくなっちゃうかもしれないから言わないけど」
「俺はよっぽどじゃない限りなんでも食べるぞ。そんなことより、トカさん聞いてくれよ。この町の連中が出してきた貿易リストがこれなんだが、どうすればいいと思う?」
「そんなの必要なものを仕入れればいいじゃないか」
リストを渡される。こんなの俺にはどうでもいいんだが。
「うーん。例えば、魔法石の採掘には上質の金属用具が要る。それに採掘が進んだら、あの村にもう少し家を建てることになるだろう。そのためにも金属工具・建材なんかは必要になるだろう」
「なるほどな。こっちが出すものは何がいいかな」
「そんなもの分かるかよ。お前らの町に何があるのかなんて知らん。だが、待てよ。あれだな。お前らは塩や香辛料をやたらに使うよな。ひょっとしたらそういうのが豊富なんじゃないか?」
「そうかもな。意識したことはない」
「そしたら塩や香辛料がいい。軽いからたくさん運べる。そうなると交渉の肝は運搬の主幹と費用負担だな。知っての通り運搬にはガーゴイルの谷を越えることになる。金属工具や建材は運ぶのが大変だが、塩は楽だ。理想はお前らの町で運搬を手配し、手数料をこの町からもらう。どうしても輸入の頻度が高くなるから、帰りの便は別の商売に使うといい」
「例えば?」
「そんなの知らんよ。だが、お前らの町にも金持ちの道楽者はいるだろう。そういう奴を、この町にしかない店にでも案内したらどうだ。そして店で買い物をしたらマージンをもらう。例えばだがな」
「じゃあ安全な輸送方法を確立しないとな。どうするのがいいかな?」
「知らねえよ! 俺はスープ食いてえんだよ! まあ、そうだな……最初にコスト掛けられるなら谷に橋でも架けろ。この町の奴らに頼めば信頼も得られて恩も売れるから、輸送の交渉も有利に進められる。元はとれるだろ。なんにしてもこの町の連中は利に敏い。お前らから取引を持ち掛けるわけだからエサは必要だぞ」
「なるほど。そのエサについてだが……」
そうこうしているうちに、シャトーがご飯を食べてしまった。せっかくお話ししながら食べようと思っていたのに。というか、食べ物の話くらいしか会話することがないのに。一緒にいる時間が限られるうえに、好機も生かせないとなると、何も進まない。まずいぞ、早くも手詰まり感がある。副隊長たちはどうやったんだ。また聞きに行くしかない。「もう二度と会うことはないだろう」みたいな雰囲気で帰ってきたから、なんだか少し恥ずかしいが、そんなことを言っている場合ではない。俺は恋について弱いのだ。
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