第11話 古巣と子供

 俺は1つの可能性にたどり着いた。俺はもしかしたらシャトーと交尾がしたいのではないか? そう考えると、シャトーと一緒にいたい、シャトーの性器を覆う布が見たいというこの気持ちとも整合性が取れる。交尾などできるはずもないだろうが、自分の気持ちを論理的に考えると、そういう結論にたどり着いてしまう。


 少し離れた場所にあるテントでシャトーとチンジャオが寝ている。俺は独り大きな木にもたれかかり眠れないでいる。なんだかもやもやする。人間は年中発情期で交尾に対する熱意がすごいと聞いている。こんな状況だと交尾をしてしまうのではないか? モラル的にそれはどうなんだ、と言っても、人間なぞ所詮ゴブリンやオーク程度のモラリティしかないのだから、その可能性は十分にある。何か騒音でも立ててみようか。


 テントの方から人影が。シャトーか? チンジャオと寝るのが嫌になったのか?

 しかしやってきたのはチンジャオだった。なんだよ。しかも、目が痛くなるような、胸やけするようなひどい臭いが彼から発せられている。

「やあトカさん、まだ起きてるだろ?」

「ああ、ひどい臭いで余計目が覚めたよ。君はすごく臭い」

「え? 臭い? シャトーに虫よけの法術をかけてもらったんだ。だからかな?」

 マジか。虫よけが俺にも効くんだ、ふーん、なにそれ、すごい嫌な感じじゃん。

「ちょっとお願いがあってさ……あの、ガーゴイルの谷で雷の魔術やってただろ? あれを教えてほしいんだ」

 なんだそんなことか。そんなの別にいつだって……と思ったが、教えてしまうと谷を戻る時俺が必要なくなってしまう可能性があるな。そうなるとシャトーと一緒にいる時間も減ってしまう。別にチンジャオの醜い鳥と、シャトーの石でどうにかなる気もするが、やはりあの魔法があったほうが楽だ。まさか彼はシャトーと2人だけになろうとしているのでは!? 彼は興味のないふりをしているが、シャトーはドラゴンの俺からみても美しいと感じるほどだ。人間にはたまらないだろう。どうするか……

「やっぱり難しいか……。でもどうしても教えてほしいんだ。俺にできるお礼ならするからさ」

 なんか黙って考えていたら、価値を吊り上げる糞野郎みたいな感じになってしまったが、ここは駆け引きなしでお願いしてみるか。


「魔法はすぐにでも教えられる。だが訳あってしばらくシャトーと一緒にいたいんだ。谷を戻る時もな。だから俺と一緒に行動することを検討してくれ」

「なんだそんなことか。そんなのは別に問題ない。パーティのメンバーは基本的に指導者リーダーの指示に従わなければならないからな。俺と一緒にいればシャトーも自動的についてくる」

「そうなのか。それはなによりだ。指示に従うということは交尾もするのか?」

「うはーははははは! しない、しないよ! 大昔はそういうことする指導者リーダーもいたらしいけど今はめちゃくちゃ厳しいから。それにトカさん、そういう命令が仮にできたとしても、うちのパーティの女はシャトーだけだから意味ないよ」

「意味がないという意味がよくわからんが」

「シャトーは人間かどうかも怪しいしな。ゴリ・ラの血が混じってると思うんだよね。あ、ゴリ・ラってのは――」

 確か伝説上の怪物で、毛むくじゃらの巨人。オークの頭部もたやすく握りつぶす握力を持つと聞いたことがある。

 チンジャオは何を言っているんだ。握力はともかくとして、シャトーは毛むくじゃらなどではないし、そこまで大きくはない。それにゴリ・ラは岩のようなゴツい顔をしていると聞く。シャトーとは正反対ではないか。

「でも俺がゴリって言ってたってシャトーに言わないでね」

 なんなんだ一体。


 結局、毎晩夕食を食べた後に雷の練習をすることで話がまとまった。彼ならこの町に滞在する数日間のうちに覚えるだろう。しかし、シャトーに知られずに習得するというのは、何か特別な感情があってのことではないだろうか。まあ、一旦は彼の言葉から感じられる「シャトーには興味ない」というニュアンスを信じよう。

 ともかく、これでしばらくシャトーと一緒にいられる。昼間は別行動となるが、夜はここで一緒に食事ができる。シャトーは食べるのが好きだからこの町でしか手に入らない食材でも買ってこよう。今日が肉だったから明日は魚がいいかな。

 ただその前に、喉の奥につかえてる、やり残した仕事を片付けたい。




 次の日、ガノの町に入った。俺がいた数年前と変わらず活気のある町だ。メインストリートには、俺がいたときに比べめっきり減ってはいるが人間以外の種族もいるようだ。だがドラゴンの姿は見えない。


 町中を避け、裏手からドラゴンの居住区に行く。

 以前は荒っぽい奴らが、うるさい足跡を響かせ通りを歩いていたものだが、今は閑散としていて、ここの住人でないゴブリンの姿まで見える。変わってしまったものだ。おそらく俺がいなくなってからどんどん立場を奪っていったのだろう。暴動が起きないよう、じわじわと、そして適度に。


 通りを歩く適当なドラゴンに声をかける。

「おい、副隊長がどこにいるかしらんか?」

「……あ、あんたまさか隊長か!? 生きてたのか!? あんたがいないせいで俺たちは……」

「人のせいにすんじゃねえよ。で、副隊長はいるか? ひょっとしたら今はかな?」

「さすがに察しがいいな。ドラゴン軍隊長様はあの山の上に独りで住んでいる。別に誰も近づかないが『近づいたら殺す』らしいぞ」

「なるほどな。では殺されに行くとしよう」




 「……ふう ……ふう ……ふぅ」

 山をどうにかこうにか登っていく。ここ何年もずっとのんびり過ごしていたのに、急に長距離移動をしたり、山登りをするものだから体がついていかない。しかしあいつはなんでこんな山に住んでいるんだ。自然なんかより町で酒を飲んだり食ったりするのが好きだったはずだ。生き物を全然見かけないが、あいつが暇つぶしに全部食っちまったんじゃなかろうか。と、思ったら小さい生き物がいる。ドラゴンの子供か? それにしては細いな。

「おい、そこの――」

 こちらをちらっと見ると、すごい勢いで逃げて行った。ドラゴンに似ていたがずいぶん変わった顔をしていた。ひょっとしたらシャトーたちのいう「トカゲ」はあの生き物の事なんじゃないのか。まあ俺たちに似ていると言えば似てる。


 もうしばらく登ると、丸太で組んだ立派な家があった。

「おーい、隊長殿はいるかー?」

 ドアを開ける。人間のようにノックなどという文化は俺達にはない。俺はノック賛成派だが、ほかの奴らがやらないんだから俺もやってやらない。

「やあ、久しぶり、隊長。まあ上がってくれ」

 出てきたのは俺より一回りは大きいドラゴンだ。昔と変わっていない。少しだけ以前より体が締まった気がするのは、毎日のように山登りをしているからか。声のトーンからして緊張はしているようだが、驚いた様子はない。どうやら俺が来るのがわかっていたようだ。


 居間はまるで人間の部屋のような造りだ。俺は、勧められるまま、人間が好んで使うふかふかの椅子に座る。

「さっき来るときに変な子供を見たんだ」

 奴の動きがほんの一瞬止まる。俺の来訪をチクったのは、町の誰かではなく、やはりさっきの子供か。

「へえ、こんな山奥に珍しいもんだ。お茶でもいれるよ」

 副隊長は奥へ引っ込む。知らないふりなんて、よっぽど知られたくないらしい。お茶をいれる? あんなガサツな奴がお茶なんていれられるはずがない。

「この立派な家を見るとずいぶん景気がいいようだが、何で人間みたいな暮らしをしているんだ? 人間でもいるのか?」

 奥へ引っ込んだあいつから声が返ってこない。追い詰められたと感じているだろう。奴の性格から考えて次は――

「お茶っ葉を切らしてたから、悪いが帰ってくれ」

 剣を持って現れた。やっぱりだ。

「そして誰とも会わず、誰にも喋らずこの町から出て行ってくれ。そうすれば見逃してやる」

「無理だな。しばらく滞在するんだ。目的はまあツアーガイドみたいなもんでな。お前の所にきたのはただのついでだ。分かったら剣を置け。今、俺は剣を置けと1回言った。二度目は言わんぞ?」

 切っ先がきちんと喉元を狙っていることからも本気度が窺い知れる。

「やれないと思ってるだろうが、俺は昔とは違う。こちらも二度目は言わない。分かったら――」

 後ろにひっくり返る格好で回転。立ち上がり際に背中の剣を抜く。

 手加減をする余裕などないが、まあちょっとくらい刺したところで別に死にはしないだろう。


「ちょっと! やめてよ!」

 奥から女の声がして、人間の女が出てきた。

「お前は引っ込んでろ! 今ここでこいつを殺さないとマズいことになる」

 女はつかつかと歩いて来て副隊長の頭をひっぱたく。

「あなたこの人に勝てないでしょ! なんでそんなケンカっ早いの!」

「待ってくれ、これはお前のために……」

「私のためだっていうなら話し合いで解決してよ! 血が出たら誰が拭くと思ってんの! 床とかべとべとになってなかなか取れないんだから! それにこのソファも新しくしたばかりなんだから。このソファをこの山の上まで運んでもらうのにいくら取られたと思って…………」

 ふむ、どうやら戦わずに済みそうだ。俺はそっと剣をしまう。


 女は俺のことを知っているようだ。どこかで会ったかな。

「隊長、久しぶり。私はあなたの事よく覚えてるよ。確か……いつも枝豆とか焼き魚とかシンプルなものを注文してたかな」

 なるほど、どこかの飯屋の人間か。人間の女など、どいつもこいつも貧相な体つきをしていて見分けがつかん。まとめて説明をしてもらうべく、副隊長をにらむ。


「ふー。話を聞いたらほんとに町から出て行ってくれ、お願いだ。ふむ……、どこから話そうか。じゃあまずは……この人間の女だが、俺たちが戦いの後よく行っていた酒場『バルキリー』の店員だ」

「あー? バルキリー? あーあー、そうか。いたな。もっと愛想は悪かったと思うが。でも確か、あの店俺たちは出入り禁止になったはずだ。俺たちの隊のアホがあんまり暴れるもんだから」

「そう、そのあとも俺は通い続けた。なんていうか……その…………この女のことが……どうしても頭から離れなくてな……」

 副隊長は女の肩に手をかけ、引き寄せる。そして見つめ合う2人。

 なんだかよくわからないが、胸クソが良くない。こんな酒と豆を運ぶしか能のない貧相な女の何がいいのかさっぱりわからんが、副隊長は好意を持っているらしい。ただ、人間の女に興味を持つこと自体は、今となっては分からん話ではない。


「そのあと俺は、この女と結婚することにしたんだ。名はアユ。そして、さっきお前が来るとき見たというのが俺たちの子供だ」

「ちょ! ちょちょちょちょちょと待て! の子供だと!? 人間との子供!? どういうことだ? 拾ってきて自分の物にしたということか?」

 いや、分かっている。あの子供は、ドラゴンと人間の合いの子だからあんなおかしな容姿をしていたのだ。こいつらは交尾をしてあの子供を産んだんだ。

「違うんだ。その……こいつと、その……なんていうか、そういうわけで……」

 うわ、気持ち悪い。なんだドラゴンのくせにもごもごしやがって気色悪い。


 気持ち悪さとは裏腹に、俺の頭の中は明るく輝くお花畑のように気持ちよくなっていた。そうか、ということは俺もシャトーと交尾ができるのだ。どうやるのかは見当もつかないが、とにかく交尾ができるのだ。最高だ。最高じゃないか。

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