第7話

「じゃあ、そういうことで。今日はおつかれさま!」


「お先に失礼します」


すべての参加者を見送り、志保とも入り口で別れた加穂子は、肩や首を回しながらこちらへやってきた。慌ててイスから立ち上がる。


「お待たせしちゃってごめんね」


「いえ、おつかれさまでした。で、先生、あのー、お話というのは?」


「美香ちゃんって、ビリヤードできる?」


「は?」


「私、昔から好きでね。社員にわがまま言って置かせてもらってるの。中古でちょっとガタが来てるんだけどね。できる? やりながら話そうよ」


加穂子は、いたずらっぽい笑みを浮かべて、キューを慣れた手つきで握る。


「あまりやったことないんですけど」


「いいから、いいから」


加穂子は簡単なルールと、基本的な打ち方を教えてくれた。おぼつかない手つきで、ボールをつくと、「うまい、うまい!」と褒めてもらえた。


「じゃあ、始めようか。1番から9番まで順に入れていくの。入れ続けられたら、ずっと突いていい。でも一度失敗したら交代。スタートは美香ちゃんからでいいよ。まずはこの辺を狙ってみて」


とりあえず言われた通りにボールをつく。


「うまい。やっぱりスジがいいね。美香ちゃんってさ、ワークの時も思ったんだけど、飲み込みが早いよね」


「そうですか? そんなこと言われたことないですよ。昔からいつも要領が悪いって」


「ううん。頭もいいし、気も使える」


1番のボールをポケットに沈めることが出来た。


「そう言ってもらえてうれしいです」


「あ、その球はこっちに打ったほうがいいんじゃないかな」


打つ方向も指示してくれるので、助かる。私は続けて順調に2番のボールも沈めることができた。


「だからこそ、もったいない。もっと自分を強く持ったら、もっと成功できると思うよ」


「ほんとですか?」


「ほんと、ほんと。で、美香ちゃんさ、よかったら、うちの会社に来ない?」


「え?」


驚いて、構えを解く。


「最初は事務局のお手伝いから始めてもらって、ゆくゆくは社員として迎えたい。待遇はいまのところよりもいい条件を出せると思うし、横で私の仕事を見ながら、自分を変えていくってのはどうかな?」


願ってもないことに私は耳を疑った。


「実は私も、今日一日で、自分を変える勇気が湧いてきたっていうか」


「うんうん」


加穂子はうれしそうにうなずく。


「どうやったら先生みたいになれるかなって考えてたんです」


「私もね、美香ちゃんを見てると昔の自分を見てるようで放っておけないの。それぐらい聖愛の呪いは強いから」


「先生……」


「でも、誤解しないでね。ただ同窓生のよしみで声をかけてるわけじゃないから。うちの会社は人を育て、人を変え、人を動かすのが仕事。美香ちゃんなら、それができる。あなたはあなたが思ってるより、芯がある人」


頬のあたりがぎゅっとゆがむのが自分でも分かった。こぼれそうになる涙を我慢する。


「そこまで言っていただけて本当にうれしいです。お役に立てるか分からないですけど、ぜひお世話になりたいです」


「よかった」


加穂子がぐっと手をさしのべてきたので、私は両手で握りしめた。


有頂天になった私は、続く3番のボールを簡単な配置だったのにも関わらず、ミスしてしまった。ボールが力なく、あさっての方向へ転がる。

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