しろくまの居場所 2

「というわけで青葉先輩、誰だか分かりませんが、吹奏楽部の部員以外の人が音楽室に出入りしているかもしれません。」

 青葉先輩は職員室の自席でコンビニのサンドウィッチをかじりながら、椅子に座ったままで僕の話を聞いていた。青葉先輩の机のうえでは、すでに食べ終えたサンドウィッチの袋が二つ転がり、紙カップに入ったコーヒーが湯気を立てていた。

 ・・・よく考えたら、なんでこの学校の教員でもないのに、青葉先輩の机が職員室に用意されているのだろうか。

「んー。結論から言うと、興味ない。どうでもいい。」

 青葉先輩は口の端についたマヨネーズをぺろりと舐めて言い放った。

「どうでもいいって・・・。」

「備品は盗まれていないし、なにも被害は出ていないのだろう?だったらどうでもいい。コンクール前のこのくそ忙しい時期に時間を割くようなことじゃないだろう。」

 先輩はコーヒーを一口すすり、僕を睨むような上目遣いで見る。

「それとも、君はそんなことに心を砕いていられるほど完成度の高い演奏がすでにできているとでも?時間に余裕があると思っているのか?」

「いえ、そういうわけでは。ただ、一応報告しておこうと思っただけです。」

 意地悪そうに口をゆがめて言う先輩には、なにも反論できなかった。

「よろしい。では、さっさと練習に戻りたまえ。私もすぐに行く。」


 音楽室に戻ると、小清水と沢城がなにやら楽しそうに小さな物体をこねくりまわして遊んでいた。

「あ、先輩、おかえりなさい。」

「青葉先輩はなんだって?」

 僕が入ってきたことに気づくと、二人が顔を上げた。

「どうでもいい、ほっとけってさ。」

 僕はため息交じりに答える。

「ところで、なにを遊んでるんだ、二人とも。」

 僕は小清水が手元で一生懸命にこねている粘土のような灰色の物体を指さした。

「先輩、これ、楽器庫の入り口で見つけたんですけど。練り消しですよ、練り消し。懐かしくないですか?」

「小学生の時に流行ったよね、粘土みたいにして遊ぶの。」

 小清水が小学生みたいなのはいつものことだが、普段は落ち着いている沢城までも、手元の塊で小さなうさぎを夢中になって作っている。

 二人の手元にある物体はたしかに練り消しゴムだが、小学生のころにクラスで流行ったような子ども向けの色や香りがついたような文房具ではなく、見た目はまさに粘土のような地味なものだった。

「なんでそんなものが楽器庫に落ちてるんだ?」

 僕も問いかけながら、小清水から少し練り消しを分けてもらって、手でこねる。たしかになんだか懐かしい感触で楽しくなってきた。

「さあ。いまどき、練り消しで遊びましょう、なんてことを考える高校生がいるとは思えないし、それにこれ、ちょっと高そうよね。」

 沢城は答えながら、今度はうさぎの隣に亀をこしらえた。けっこう手先が器用なんだな、と僕は初めて思った。

 ガラッ、

と音がして、音楽室の扉が開く。

 見ると、コンクール用のスコアと指揮棒とアルトサックスを持った青葉先輩が立っていた。

「君たち、なにを遊んでいるんだ?」

 青葉先輩は夢中になって練り消しで遊ぶ僕たちを睨みつけた。

「あ、いや、その、ちょっとこれを音楽室で拾ったので・・・。」

 沢城が練り消しの塊を青葉先輩に見せる。

「練り消し?ふむ。美術部員でも来てたのか?」

「美術部員?」

 青葉先輩の言葉に僕たちは首をかしげる。

「これはデッサンで使う、専用の練り消しだ。君たちには粘土遊びの道具にしか見えなかったようだが。」

「へえ。練り消しって、ちゃんとした用途があるんですね。」

 小清水が感心したような間抜けな声を上げる。

「君たち、わざわざ朝早くから来て粘土遊びに興じるとは、今日の合奏はさぞかし素晴らしい演奏を聴かせてくれるんだろうな。」

「すみません。すぐ練習を始めます!」

 手に持った練り消しの塊をぐしゃりと握りつぶしてニヤリと冷たく笑う青葉先輩の目線に、僕たちは慌てて楽器の準備に取り掛かった。

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