ゾンビとの約束
二職三名人
どうか、生きて。
ある日、ゾンビパンデミックが世界中で起こった。
その原因が薬品企業によるものなのか、何処かの組織が行った研究なのかは知らないし、ましてや一般市民には知る由がない。
生き残った者達はそんなことを気にする余裕はなく、ただ、生き足掻くことに必死になっている。
「ラジオの放送がもう、一週間はないか……こりゃあ襲われたか、物資不足で放棄したか、どっちらかねぇ。生き残りが居るって明確な証拠だったから生きがいにしてたのに……とても残念だ」
だが俺は違う、パンデミックが起こって何日……いや何ヶ月経ったかわからない今、最早諦観しか感じる事は無い。
それでも痛いのは嫌なので階段を上ることが苦手なゾンビ共に襲われない様、細々と丁度誰もが外出して居なくなったのかゾンビ一匹いないアパートの二階で生活している。
そんな俺がどうやって生活しているのかというと。
「腹減ったなぁ……時間は……そろそろ戻って来るか」
「アー」
ゾンビの声と共に扉がトン、トトン、トントンとリズムに乗って叩かれる。
俺は「ほれ、ビンゴ!丁度来た」と予想が当たった事ににやけながら扉を開ける。
するとそこには、頬を引っかかれ、服の胸元のあたりが赤くにじんでいた肌色が悪く、髪の長い少女のゾンビが缶詰いっぱいのプラスチック袋を携えて立っていた。
「ちょうど腹減ってたんだ。有難うよ」
ゾンビ少女は俺の前に缶詰の入った袋を置いて、一歩下がる。そして俺はそのプラスチックの袋を手に取る。
そう、俺が生活できているのはこのゾンビ少女、黒宮りんなのおかげである。
何故だかわからないが、りんなは他のゾンビとは違い意識があるようで、生存者である俺を見つけて以降、食料や使えそうなものを集めては届けてくれたり、物音を立ててゾンビを引きつけたりといった形で、何かと協力してくれている。
「ん?……耳、取れてるな、そうか……ちょっと待ってろ飯の支度してこっち来るから」
昨日のりんなには耳があった。
それが今日無かったことに気が付いて俺は、一旦ベランダのバケツに溜めた水でりんなの触った缶詰を漱ぎ、缶切りで開けてからまたりんなのもとに向かった。
りんなと出会ったのは何十日前だったか。
俺が家に残されていたカップラーメンをベランダで齧っているときに、数匹のゾンビに交じって、りんなが『わたし くろみやりんな です』と汚い字で書かれた大きな画用紙を両手で抱えて俺に訴えていたのが始まりであった。
りんなが度々ベランダから姿を現す俺を見つけていて、そんな俺に自分が意識があるゾンビだと主張したのだ。
「最初合った時と随分変わったな……もう殆どが腐り切っちまってる。完全に動けなくなるのも近いな」
「アー」
りんなは俯いた。
それに合わせて俺も少し俯いた。
これはもしかしたら喜ぶべきことなのだろう。ゾンビは腐り、体を支える肉が無くなって動けなくなる。結果、俺は自由に外を動け回れるようになる。
だが、それでも俺は哀しい気持ちでいっぱいになった。
りんなとはパンデミックが起きてからだが、短くはない付き合いだ。りんなは何ヶ月もの俺の生活を支えてくれた恩人だ。もしできるのなら、別れたくはない。これからも共にいて、いつか、人間に戻してやりたい。そう思ってしまう。
「なぁ……お前が終わったとき、俺は後を追っていいか?」
「アー!」
りんなはぎこちなく首を振った。
死んでほしくないのだろう。もうほとんど人間が死滅したこんな世界、俺一人が生き残っていたってどうしようもないのだから、それもいいかもしれないと思ってしまったから同意を求めたのだが、痛いのは嫌なのに、勇気出して共に死ぬ選択を出したのに、どうやらフラれてしまったようだ。
「そうかい、一緒の墓には入りたくないか、悲しいもんだ……あぁ分かったよ生きてやるよ、それがりんなの望みなら生きてやるさ、それが恩返しになると思って必死にな」
俺はそう遠くないうちにまた一人になるのかと溜息を一つ吐いて笑って見せた。りんなは嬉しそうに頷いた。
そして何十日がたったある日、腹が減ってもりんながしばらく来ないので玄関外を自分から開けると缶詰の入ったプラスチックの袋を両腕に引っ掛けたりんなが倒れていた。
「ア――――ア―――――」
慌てて近づいてみると、りんなは這いずろうとしている様だがそれすらできず。まるでそこいらのゾンビの様に不規則な動きをしていた。
「腐りきっても動いていた脳が完全に死んだか……りんな、お前がそうなったと言う事は」
立ち上がって外を久しぶりに食い入るようにして見る。すると目に映ったゾンビたちは一人残らず突っ伏していて、まともに動けていない状態だった。
それはそうだ。俺の指示で防腐剤を頭からかけたりんなが腐り切ったのだ。防腐剤のかかって居ないゾンビが腐り切って居ないと困ってしまう。
「俺は生存者探しの旅をするよ、それで、全部が終わったら。りんな、お前を埋めにここへ戻って来る。最後の約束だ」
何とも言えない気持ちだった。
年甲斐にもなく泣きそうだった。
それでも、俺は生き続けるとりんなと約束したから―――――――――。
「さよなら、りんな」
別れの言葉を贈り、いつかこうなると解ったその時点でりんなが調達してきたシャベルを、りんなの頭へ振り下ろした。
ゾンビとの約束 二職三名人 @ochiokania
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