第161話 腕相撲大会

「オレが行くんですか?」


 というか、行ってもいいんですか?

 質問に対する返事はなく、スミレナさんはオレをじっと見つめてくる。


「リーチちゃんは、外の世界を見てみたい?」

「そりゃ――」


 即答しかけて、続く言葉をオレは飲み込んだ。

 スミレナさんの眼差しは、真剣なのに、どこか不安そうに見えた。

 初めて見る表情かもしれない。

 それだけで、ただのお遣い以上の意味があることは容易に察せられた。


「正直に言うと、アタシはリーチちゃんに、どんな些細なことだろうと危ない目に遭わせたくないわ。リーチちゃんが自由を少しだけ諦めてくれるなら、たとえ狭い世界の中でも不幸だなんて思わせない。アタシが必ず幸せにする」

「し、あ」


 目を逸らさず、表情も変えず。スミレナさんは本気一〇〇パーセントで言った。

 なんですか、この人。おっとこまえすぎるだろ。

 一瞬、スミレナさんが男の人みたいに見え――て、違う違う!

 ああでも……マジで……プロポーズされたのかと思った。

 うわ、心臓バクバクだ。


「きっとアタシだけじゃない。ここにいる皆も思っていることよ」


 周囲に視線を一巡させるスミレナさんにつられ、オレも店に集まった仲間たちを向いた。スミレナさんと気持ちを同じにする、頼もしい顔ぶればかりだった。


「俺たちがリーチ姫の身も心も貞操も守ってみせる!」

「リーチ姫、結婚してくれ! なんなら遊びでもいい!」

「僕がリーチ姫を幸せにする! 朝も昼も! 特に夜も!」

「「「おぅぱい!!」」」


 中でも聖神せいかん隊の人たちの熱は凄まじく、席を立ち上がってオレのために声を大にしてくれている。改めて思う。オレって、こんなにも愛されているんだな。


「リーチちゃん、聞こえる? アナタの幸せを願う人たちの声が」

「はい、皆の気持ちが痛いほど伝わってきました」

「そう。わかってくれたのね」

「で、王都には明日の朝一で行けばいいんですかね?」

「結局行くの?」

「そういう流れじゃありませんでした?」


 あの人たちは、あえて気持ち悪いことを言って背中を押してくれたんですよね?


「まあ、うん、そうね」

「ですよね。本気だったら引きこもるところです」


 スミレナさんが、どことなく睨むような目つきで、聖神隊の人たちに「座れ」とジェスチャーを飛ばした。店の中に静けさが戻る。


「リーチちゃんの意思は固いようね。なら、それを踏まえて重要な話をするわ」


 いつもなら、重要な話を匂わせておいてもフザケたりするスミレナさんだけど、今回はどうも、そんな雰囲気は欠片も見当たらない。

 オレは無意識に、ごくりと唾を飲み込んだ。


「事前審査に出しさえすれば、セッケンは確実に品評会に並ぶわ。そこでアタシはセッケンだけじゃなく、リーチちゃんもお披露目したいと考えているの」

「て、展示されるんですか?」

「じゃなくて。【ホールライン】のトップとして、各国の代表者に挨拶回りみたいなものよ。リーチちゃんは、セッケンの考案者でもあるしね」

「なるほど。そういうことですか」


 そんな超重要な局面、少し前のオレだったら、引きこもり上がりの自分には荷が重すぎると言って逃げ出していただろう。その様子がありありと想像できる。

 王都来訪には興味あるけど、本当は今だって断ってしまいたい。

 だけど、誰にも代わりはできない。

 オレだから。人間じゃないオレだからこそ【ホールライン】がどんな国なのかを伝えられるんだと思う。そうすることが、不当な種族間差別をなくすための大きな一歩になるに違いない。


「明日が事前審査の締め切り。本番の品評会はその一週間後よ。明日は予行演習のつもりで、王都の空気に慣れておいた方がいいかと思ったの」

「了解です。任せてください」


 そう言って、ドン! と強く胸を叩いた――つもりなのに、ぽよよん、と完璧に衝撃を吸収してしまった。肝心なところでしまらねー……。


「あ、気合い十分なところに水を差しちゃうかもしれないけど、リーチちゃん一人では行かせないからね? 何人かお供をつけるから」

「スミレナさんは心配性ですね。子供じゃないんだから大丈夫ですよ。本番だけは誰か一緒にいてほしいと思いますけど」


 確かに、初めて一人で電車に乗るみたいな緊張感はあるけど。

 そう? じゃあ気をつけて行くのよ。とか言ってくれるかと思いきや、スミレナさんはオレの両肩をがしりと掴み、今日一番の真剣マジ顔を近づけてきた。


「それはないの。リーチちゃんが一人で外を出歩くというのはね、絶対にないの。ありえないの。朝一で行けば暗くなる前に帰って来られるとか、そういう問題じゃないの。わかる? 意見とか求めてないから頷きなさい」


 オレは壊れた人形のように何度も頷いた。

 外の世界よりも、スミレナさんの剣幕が怖すぎた。

 オレを説き伏せたスミレナさんが、店にいる人たちに向けて声を張った。


「というわけで、リーチちゃんの付き添いで【ラバントレル】へ行ってくれる人を募集するわ。そうね、あまり大人数で行っても変に目立っちゃうし、三人くらいにしておこうかしら。希望する人は挙手してくれる?」


 百本くらい手が上がった。


「こうなると思ったけど。リーチちゃんは、誰かついてきてほしい人はいる?」

「ギリコさんを指名したいです」

「しょ、小生しょうせいであるか?」

「リーチちゃん、ホントにギリコさんが好きね。軽く嫉妬しちゃうわ」


 一人で行かせないと言われた瞬間から、ギリコさんに頼もうと決めていた。

 でも、当のギリコさんが、さっき手を上げていなかったような。


「光栄ではあるが、小生は適任とは言えないのである。むしろ、小生がついて行くことで、いらぬ揉め事を呼び込む危険もあるのであるよ」


 申し訳なさそうに、ギリコさんが鋭い爪で額のイボを掻いた。


「リーチちゃん、理由は言わなくてもわかるでしょう?」

「……ごめんなさい。オレが考え足らずでした。ギリコさんと出かけられると思うと舞い上がっちゃって」

「で、であるか。せっかくの申し出であるが、またの機会ということで。それと、あまり小生を持ち上げすぎないでほしいのである。夜道が怖いのであるよ」


 ギリコさんでも暗い道は怖かったりするのか。なんかギャップがカワイイな。


「ギリコさんは除外するとして、えっと、エリム、アナタもダメよ」

「どうしてさ!?」

「料理人がいないと、お店が成り立たないじゃない」

「休みにしようよ!」

「そもそもの話、エリムじゃ護衛にならないの。命懸けで守るとか言わないでね。捨て身で一回リーチちゃんの身代わりになれたとしても意味なんて無いんだから。どうしてもって言うなら、アタシと腕相撲して勝てたら候補として認めてあげる。だけど本気でいくから。姉とはいえ、女に無様に負ける醜態を好きな子に晒してもいいと言うのなら、かかってくるがいいわ」

「くっ……」


 エリム――リタイア。戦意喪失のさせ方がえげつねー。


「適当に腕相撲と言ったけど、腕っぷしを測るなら悪くない案かもしれないわね。腕力に自信が無い人は、悪いけど辞退してもらえるかしら」


 あれよあれよと言う間に腕相撲大会の開催が決定してしまった。

 隣近所でガヤガヤと、相談なり、フライングで腕力勝負をする人たちなど、店内が喧騒に包まれる。そんな中で、


「――我を差し置いてなんの相談かと思えば、リーチの護衛ナイト役を決める腕相撲勝負だと? ならば我が指を咥えているわけにはいくまい」

「ま、魔王!?」

「リーチ、何度も言うが、魔王などと他人行儀ではなく、ザインと呼べ」


 例によって下半身丸出しだが、もう誰もツッコミを入れない。慣れって怖いな。

 魔王ザインの登場で、かなりの人数が委縮している。リタイアする人も続出し、腕相撲大会は本当に腕に自信のある者だけで行われることになりそうだ。




(十分後)




「残った候補者は六名ね。まだ多いから、この六人がクジで対戦者を決めて、その勝者をめでたくリーチちゃんの護衛役としましょうか」


 スミレナさんが、ちゃちゃっと①、②、③と番号の書かれた棒を六本用意した。それぞれの番号が二つずつあり、スミレナさんの手で隠されている。

 六人が一本ずつ引き、同じ番号を引いた者同士が番号の順に戦うことになる。


「全員引いたわね。それじゃ、対戦の組み合わせを発表するわ!」


 ウオォオォォ!! と店の外まで歓声が響き渡る。

 基本的に、この町の人たちってノリがいいというか、お祭り好きだよな……。

 イスの上に立つスミレナさんが、大仰なマイクパフォーマンスを交えて場を盛り上げていく。

 そして最初の組み合わせが発表される。



「リーチ姫のためならナニがもげても立ち上がる耐久力タフネス! 週七で【オーパブ】に通うそうだが一日は定休日だぞ、どういうことだ!? ロドリコ・ガブストン!!」

「いつも君を近くで見守っている」


 ゾゾ、と鳥肌が立ちました。

 対するは、



「最強生物! いろんな意味でお世話になってます! 人型の実力は未知数だが、そのバストはリーチ姫をも超える驚異のインビンシブル級、ミノコちゃん!!」

「ごはんまだ?」


 ごめん。これが終わったらで。

 続いて二組目。



「存在が既に犯罪的! 風営法を巧みにかわす、アダルトショップ【ロリナメ】のちびっこ店長! 見た目は幼女、しかしその正体は!? メロリナ・メルオーレ!!」

「この震えかや? 股に――ではなく武者震いでありんす」


 なんとなんと、メロリナさんの参戦だ。

 メロリナさんに近づくと、ヴィィィイン、て音が聞こえるんだけど、なんだろ。

 実力未知数という点ではメロリナさんも同じ。その対戦者が、



「こんな所にいていいのか!? あまりパストちゃんに迷惑かけるんじゃないぞ! 局部露出は紳士の嗜み! 魔を統べる今代の魔王! ザイン・エレツィオーネ!!」

「自慰? する必要が無いからしたことがないな」


 ある意味、これ以上のドリームマッチもないだろう。

 サキュバスVSインキュバス。

 いったいどんな戦いになるのか想像もつかない。

 そして最後の組み合わせ。



「鋼の肉体に詰まっているのは愛する人への純粋ピュアな想い! 王都騎士団ナンバー2との呼び声も高い頼れる兄貴もとい姐御! フレア・ユニセックス!!」

「愛はパワーだよ♪」


 バチン、と見事なウインクが対戦相手に飛ばされる。

 見た目に限るなら、フレアさんは六人の中で一番のパワーファイターだ。

 この人に勝てるのか――拓斗。


「脱げば脱ぐほど強くなる! 勃てば勃つほど強くなる! 意味がわからないが、最強を脅かすのは彼しかいない! 異世界からの転生者、アラガキ・タクト!!」

「準備はできてるぜ」


 不敵に言う拓斗が、カリィさんからげしげしと背中に蹴りを入れられている。

 まだ服は着てるけど、あいつ、既に揉んでやがる。



 早くも互いの対戦者に火花を散らす猛者たち。

 ――かつてない腕相撲バトルが、今始まる。

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