第160話 いざ、王都へ?

 ――品評会。


 それは年に一度、王都【ラバントレル】で開催されるアイテムコンテスト。

 料理のレシピ、新しい魔法技術、ダンジョンドロップ、種類は問わず。

 とにかく〝このアイテムがすごい!〟と審査員を唸らせられればなんでもよし。

 品評会の注目度は大陸一。ここで高く評価された品々は【ラバントレル】からのバックアップを受け、瞬く間に世界中へと拡散される。


「今年の品評会にセッケンを出してみようと思うの」


 最近発足したばかりの、【ホールライン】振興委員会の主要メンバーを開店前の【オーパブ】に集め、スミレナさんが本日の議題を発表した。

 会議用に用意されたホワイトボードには〝品評会〟と主題が書かれ、その下には〝事前審査〟と書かれている。


「今年は見送って、来年の品評会でもいいかなって思っていたんだけど、予想よりずっと早くセッケンの生産ルートが整ったの。ザブチンさんが【ホールライン】のために頑張ってくれたおかげよ。ありがとう」


 スミレナさんに倣い、皆から惜しみない拍手がザブチンさんに送られる。

 恐縮の面持ちで会釈するザブチンさんだけど、中でもスミレナさんに仕事ぶりを認められたことが特に嬉しそうだ。


「バックアップと言っても、資金的な援助を受けるつもりはないわ。それをしたら生産と販売ルートにも口を出され、出資者権利やら仲介料やらを理由にして儲けをごっそり持っていかれることになりかねないから。あくまで品評会を通したことによる宣伝効果と、【ホールライン】がまだ小国であるのをいいことに、他国が介入してくる可能性を潰す後ろ盾としての役目を【ラバントレル】に求めましょう」


 立場上、議題に挙げられたことの最終決定権はオレに委ねられているんだけど、話のレベルが高すぎて口を出すに出せない。

 そんな中、誰かが「【ホールライン】が独自に市場展開していくのはいいとして、セッケンを大量生産する目処は立ったんですか?」と発言した。

 スミレナさんがこれに頷いた。


「【アーンイー湾】の周辺整備は概ね完了したし、クラーゲンを獲ってくれる漁師も十分に確保できているわ。問題は生産した後ね。ワイバーンとライダーがまだまだ足りないのよ。輸送手段は陸路と空路の両方から考えているけど、しばらく空路は見送りかしら」


 手元の資料に目を走らせながら、スミレナさんが案件を次々進めていく。


「各部署の責任者に登用できそうな候補だけど、まだ人間が多いわね」

「やはり意思疎通という面を重視するなら、そのようになってしまいますねぇ」

「【ホールライン】は多種民族国家をスローガンにしているわけだら、種族単位ではなくて、個人個人の能力に目を向けた采配をした方が、長期的に見れば差別意識をなくすことにつながると思うわ。最初は大変でしょうけれど」

「では、わたしの方で人事部を設けて再検討するとしましょうか」

「お願いするわ」


 オレ、いる意味無いな。

 スミレナさんとザブチンさんがいれば、ぶっちゃけ姫とかいらないよ、マジで。


「リーチちゃん、ここまでで何かないかしら?」

「あひぇ!?」


 急に話を振られ、声が裏返ってしまった。

 えーと、何か言わないと格好がつかないぞ。えーと。


「あ、質問なんですけど、事前審査ってなんですか?」

「これね。ちょうどいいわ。次の議題にしようと思っていたの」


 スミレナさんが、ホワイトボードに何やら数字を書き始めた。

 それは明日の日付けを示している。


「品評会は世界的な注目を集めるわ。他国のお偉いさんも大勢見に来るの。そんなところに、人前に出せないような物が紛れ込んでいたら大変でしょう? 変な物が並ばないよう、品評に値するかどうかをまず審査されるの」

「人前に出せないようなものって、危険物とかですか?」

「それもあるけど、大人のオモチャとかもそうね」


 ……なるほど、一緒に並べられたくないな。


「興味あるの? 町外れにそれ系専門のお店があるんだけど、今度一緒に行く?」

「そういう所へはメロリナさんとでも行ってください」


 あの人、そういうの絶対好きだろ。

 オレの代わりにメロリナさんの名前を出すと、どういうわけか、スミレナさんが打って変わって渋い顔を作った。


「あれあれ? なんですか? なんですか? オレのことを散々からかうクセに、本当はスミレナさんも、そういう店に入るのが恥ずかしかったりするんですか?」

「恥ずかしいわけではないわ」

「へー。そうなんですか、へー。オレはいいですよ? 今度一緒に行きましょう」


 鬼の首を取るが如く、オレはこれまでの仕返しとばかりにスミレナさん煽った。

 オレの予想では、スミレナさんはマリーさんと違って耳年増なだけで、実体験はほとんど無いと考えている。強気で攻めに回れば押し勝てるはず。


「そこ、メロさんのお店なのよね。一緒に行っても、ただの同伴になっちゃうからどうかと思ったの。でもよかったわ。リーチちゃんが一緒に行ってくれるのね」


 あ、そゆこと。

 調子に乗り、墓穴を掘ったオレの肩を、後ろからぽんと小さな手が叩いてきた。

【ホールライン】振興委員会名誉顧問――メロリナさんだ。


「待っておるぞい。カカ、楽しみじゃの」


 やばい、言質げんちとられた。


「メロさんのお店にリーチちゃんを強制連行するのは今後のイベントに取っておくとして、品評会に出してほしいと持ち寄られる品数は、百にも千にものぼると言われているわ。当然ガラクタも混じっているでしょうから、それらを除外するための事前審査というわけ。その審査締め切りが」


 バンッ! とスミレナさんがホワイトボードを叩いた。


「まさか、明日なんですか?」

「そうなのよ。さっき言ったように、今年は無理だと思ってたのよね……。今年の品評会に出すためには、明日の夕刻までに【ラバントレル】へ、セッケンの現物を持って行かなきゃならないの」

「誰が持って行くんですか?」


 今は少し状況が異なるかもだけど、ギリコさんがオレに言ったことがある。

 何があっても王都に行くべきではないって。

 他種族に対する差別がこことは比較にならないかららしい。

 特別保護指定をもらったとはいえ、種族全体で見れば、サキュバスは未だに魔物扱いだ。それを知られた時、人からどんな目を向けられるのか、想像するだけでも背筋が冷たくなる。

 世界を広げてみたい。そういう気持ちがないわけじゃないんだけど。

 ま、どうせオレ以外で、王都の地理に明るい人から選ぶだろう。


 そう思った。

 だけど。

 そんな予想を裏切るかのように、スミレナさんは真っ直ぐオレを見つめていた。

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