第153話 フラグがビンビン。アソコもビンビン
魔王だ……。
魔王があらわれた!
ぶちまけたマザークラーゲンの溶解液で、羽織っていた外套はぼろぼろ。着衣のほとんどが溶け落ちている。そんな悲惨な状態でも、魔王の威風堂々とした態度は微塵も損なわれていない――どころか、むしろ自慢げに裸体を見せつけてくる。
「でかいクッションを見つけたので着地したはいいが、潰れてしまったか。おかげでびちょびちょになってしまった。特に下半身がびちょびちょだ」
「ま、魔王様、どうしてここに!?」
パストさんは、魔王と連絡がつかないと言っていた。
彼女の驚きを見るに、なんの前触れもなくやって来たらしい。
「サプライズというものだ。突然の来訪を驚かせてやりたくてな。先に酒場へ足を運んだのだが、【アーンイー湾】に出かけたと聞き、こちらへ急行した次第だ」
「また丸出しでですか!?」
「勘違いしては困る。これは今しがた、不思議な液体で溶かされてしまったのだ。今日はいつも以上に畏まった装いを心掛けていた。当然であろう。何せ意中の女に会いに来たのだから。普段は束縛を嫌う覇王ですら、リボンを結んでめかしこんでおったわ」
それ、結局は丸出しってこと?
「そう怖い顔をするな。わかっている。我にズボンを穿けと言いたいのであろう? だが、これにはよんどころない理由があるのだ」
「理由? そんなものがあったのですか?」
「そう。時速80キロの風を掌で受けると、まるで乳房を手に収めているかの如し感触を得られるという。しかし、そんなもので満足しているようでは下の下。我は発見した。時速150キロの風を、いきり勃った股間で突くようにして受けると、それはあたかも処女のまぐはっ!?」
魔王の横っ面に、パストさんがノーモーションでビンタを喰らわせた。
「何故殴られたか、いちいち申し上げる必要はありませんね?」
「心配せずとも政務は滞りなく終わらせてきた。周知のとおり、我はやればできる魔王だぞ。褒めさせてつかわす。それはそうと、我のことは魔王ではなく、ザインと呼べと言っているだろう」
「そんなことより、緊急事態なのです!」
魔王襲来。これだけを聞けば、天災にも等しい不運に思えるけれど、この状況に限って言えば、奇跡とも言える神がかったタイミングだ。
魔王の特能――【
その真価は時間の巻き戻しと早送り。重傷のギリコさんを治してもらったのは、まだ記憶に新しい。この力があれば、エリムの傷を癒せる。エリムが助かる!!
「緊急事態だと? ――なッ!?」
瀕死のエリムに気づいたようだ。状況を把握した魔王が、一生の不覚とばかりに自分の額に拳を当てた。
「すまぬ……。我としたことが、このような見落としをするとは」
「反省はいいですから、早くしてください!」
「そう
「何を仰っているんですか? 頭が沸きましたか?」
「リーチの水着姿を見られれば良しと考えていたが、よもや、布一枚を雑に巻いただけの格好で出迎えられるとはな。しかもパストまで。なるほど、そうか。我への長きに渡る厳しい態度は好意の裏返しであったか。『早くシて』などと、憂い奴よ。気づいてやれなんだ我も未熟であったな。よかろう。野外で三人プレイというのも乙なもの。我が666の性技で、二人には最高の初体験を味わぶるぁッ!?」
魔王に二発目のビンタが炸裂した。
「……パストよ。照れ隠しにしても、もう少し手加減せよ」
「確固たる苛立ちでしたが」
どうにも、魔王にはエリムのことが目に入っていない様子だ。
焦ったオレは、ここで初めて魔王に喋りかけた。
「魔王、お願いだ!」
「リーチのおねだりか。是非も無い。まずは愛を誓うキスからか? 童貞ならば、脇目も振らずリーチのたわわな果実に貪りつくところだろうが、経験豊富な我は、ちゃんと手順を踏んでいく余裕を十二分に備えている。安心して我に身を委ねよ」
「こいつを助けてやってくれ!」
いちいちツッコんでいる暇は無い。言われてやっと気づいたのか、魔王がオレの腕の中にいるエリムに視線を下げた。
「ふむ、人間が死にかけているな」
「頼む、治してやってくれ!」
魔王は慌てた素振りも見せず、にんまりと口の端を持ち上げた。
「そういうことであれば、見返りをもらおうか。リーチが我のものになるというのなら、その人間を治してやってもよいぞ」
「魔、ザイン様!」
パストさんが窘めるも、魔王は意に介さずオレの返答を待った。
意味を理解しなかったわけでも、深く考えなかったわけでもない。
だけど、オレはこれに即答した。
「それでも構わない! お前のものにでもなんでもなるから! だから早く治してあげてくれ! 死なせたくないんだ!」
他の何を置いても、今はエリムの命を優先する。こんなところでエリムが死んでしまったら、オレはスミレナさんに、どう顔向けしていいかわからない。
交換条件に了承を得たからか、魔王は表情から笑みを消した。
そうしてオレの傍で膝をつき、エリムの傷に向けて右手をかざした。
「裂傷か。欠損した部位の時は戻しようがないが、これならば問題は無い」
ギリコさんの時と同じだ。エリムの傷が独りでに塞がっていく。
でも、とんでもない約束をしてしまった。
このまま魔王城に連れて行かれたりするんだろうか。魔王の嫁とか最悪だけど、エリムの命には代えられない。それに、パストさんも一緒にいてくれるなら。
「……一度、町に戻る時間くらいはくれよ」
「先の言葉は忘れよ。再会に浮かれるあまり、少々
「え?」
「このような形で連れ帰ったところで意味など無い。我が欲しているのはリーチの全てだ。心が伴わぬ女を抱いても虚しいだけよ。我が貴様の見てくれだけに惚れて求愛しているとでも思っていたか?」
流し目で言われ、ドキンッ! と心臓が大きく跳ねた。
「そ……れは…………………………どうも……」
俯きながら、オレはかろうじて、もごもごと口の中で言葉を転がした。
心臓は、鎮まることなくドキドキと高鳴っている。
うわ、なんだこれ。男に求愛されてるんだぞ。気持ち悪がるところだろ。
それなのに。
オレ、今こいつのこと、カッコイイって。
こんなこと言われて、嬉しいかもって。
……思っちまった。
ああもう、鎮まれ! ドキドキ鎮まれよ!
「どうした? 顔が赤いぞ? さては、手を伸ばせば届くところに我の覇王があるせいで、さしものリーチも女を刺激されてしまったか? ふふふ、さもありなん。だが、我が手に入れたいのは一時の蜜月ではない。リーチよ、貴様が股を開く時、それは同時に心も開いた時だ。その時がくれば心行くまでよがり狂わせてやろう。楽しみにしておくがいい」
あ、鎮まった。
どうやら、さっきのは気の迷いだったみたいだな。
うん、ないない。あー、ビックリした。
「よく見ると、この人間、以前、我の唇を求めて飛び込んで来た娘ではないか?」
魔王の中ではそういうことになってるのか。なんて都合のいい頭だ。
でも、そういうことにしておいた方がいい。男にキスしていたなんて知れたら、この場で魔王がどういう行動に出るかわからない。
「何故トップレスなのだ? 我と同じように着衣を溶かされてしまったのか?」
「そう! そうなんだよ! だからあんま見ないでやってくれ!」
「いやしかし、この娘は本当に乳が無いな。まるで男の胸板――否、女の乳に貴賎無し。批評などするまい。とは言え、ここまで差があると、揉み比べてみたくなるのも男の心情。リーチよ、片乳を貸してはくれまいか」
「誰が貸すか! こっちも見んな!」
「では、パストはどうだ?」
「刻みますよ」
「二人ともつれぬな」
フザケた遣り取りをしているうちに、エリムの傷は完全に塞がった。
「む? 息をしておらん。心臓も止まっている」
「え、間に合わなかったのか!?」
「心配はいらぬ。やれやれ、我がこの場に居合わせたことを幸運に思うのだな」
嘆息しつつも、魔王はどこか嬉しそうにエリムを仰向けに寝かせ、顎を軽く持ち上げて気道を確保した。人工呼吸をするつもりのようだ。
すまん、エリム。なんか慣れてそうだから、魔王に任せる。
手を合わせて拝み、エリムの顔に魔王の顔が覆い被さるのを見守った。
「ぷふぅぅぅ、レロレロレロレロ、ペロペロペロペロ、ルレロルレロ、ヌリュン、ぷふぅぅぅ、ペロペロペロペロ、ルロロロロロ、ヌレロレロレロ、んーふ」
あの、息を吹き込んだ後、変な音がしてるんですけど……。
糸を引きながら口を離し、次に心臓マッサージへと移っていった。
「ふん! ふん!(くりくり) ふん! ふん!(つねつね)」
……気のせいかな。胸骨圧迫と同時に、器用にエリムの乳首を指の間に挟んではいじくり回しているように見える。
「これぞ淫魔式蘇生術! 従来の人工呼吸に加え、舌と乳首に適度な快感を与えることにより、蘇生の確率を飛躍的に向上させることができるのだ!」
だそうな……。
途中でやめさせるわけにもいかず、カリィさんが見ていたら、狂喜乱舞しそうな光景はしばらく続いた。
「……あふっ! けほっ!」
魔王の適切(?)な蘇生処置の甲斐あって、エリムが息を吹き返した。
「エリム、よかった! ああ……よかった……」
「いや、このままではまずいな」
ホッとするオレをよそに、魔王が神妙な声で言った。
だけど言われてみれば、エリムの顔色は白いまま。体も冷え切っている。
「血を流しすぎたな。我の【
「ど、どうすりゃ……。なんとかならないのか!?」
「この娘が男であれば、まだ手はあったものを」
鎮痛な空気が流れる中、魔王がぽつりと言った。
「……どういうことだ?」
「我がリーチとの初夜に備えて持ってきた、この【ビンビン魔羅】だが」
もう全く機能していない外套の切れ端から、魔王が黒いビー玉のような物を取り出した。でかい正露丸みたいだ。
「この薬には男根をビンビンにする効果がある――というのも、男根を基点とした増血作用があるからなのだが、並の人間には強すぎて、三日三晩鼻血が止まらなくなるのだ」
「それ、くれ!」
「いや、残念ながら、女には効果が」
有無を言わさず、オレは魔王から丸薬を奪い取り、エリムの口にねじ込んだ。
効果はすぐに現われた。
「う、ぐ、あ……体が……熱い」
エリムが喋ったことに、オレはパッと顔を綻ばせた。
みるみる肌に赤みが戻っていき、近くにいるだけで温かい体温が伝わってくる。
「あ、あ、がぐ、あああああああああ!!」
ビーン。
と、エリムが元気に立ち上がった。
体の一部が、海パンをこんもりと盛り上げるようにして。
「ハッ、僕はいったい……!?」
今度こそエリムは完全に復活した。
感極まったオレは、かける言葉も見つからないままエリムに抱きついた。
「リ、リーチさん!? あれ、なんだか股間が……え、や、違うんです、これは!」
「わかってる。わかってるから」
ちゃんと温かい。力強い心臓の音も伝わってくる。
本当によかった。
……でも、
「待て。どういうことだ? その娘……娘ではないのか?」
新たに生まれてしまったこの問題……どうしよう。
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