第118話 なんでこんなに可愛くなっちまったンだよ
やっとの思いで再会した親友が、165km/hの超剛速球で俺の
俺の親友――蓬莱利一の前世は男だった。
貧弱な体にコンプレックスはあったようだけど、女っぽいとか、そういうことは全くなかった。むしろ、人よりも男らしさに憧れを抱いている奴だった。
そんな利一が女になっちまった。
聞けばやはりというか、あいつも転生支援課の被害者らしい。
俺も大概な目に遭ったけど、利一も筆舌に尽くし難い苦労を強いられたはずだ。俺たちは、この世界で唯一共通の悩みを分かち合える仲間だろう。俺たちの未来に幸あれ。アラサービッチに不幸あれ。
「にしても……危なかったな」
あそこで利一が俺に気づいていなかったら、俺が利一に気づいていなかったら、騎士団から助け出した後、俺……あいつに告ってたかもしれん。
最低でも、「お友達からお願いします」みたいなことを口走っていたと思う。
そうなる前に気づけて本当によかった。
でも、これはあれだろうか。もしかして、俺は失恋したってことになるのか?
いやいや、そう断定するのは早計だ。
確かに見た目は理想そのものだし、今だって激カワだと思っているけど、相手が利一だと判明したことで、胸の高鳴りは消えている。こんなあっさり鎮まるような気持ちが恋心だったかどうかは怪しいもンだ。
多分違う。きっと違う。違うと思っておかないと、今後の関係に支障をきたす。
利一は親友だ。それは女になったからと言って変わるもンじゃねェ。
あいつもそう思っているし、以前と同じ男友達の関係を望んでいる。
なら、俺もそのように振る舞おうと思う。
付き合い方の方針は決まった。転生のやり直しなんて無理だろうし、考えたって仕方がない。今は利一との再会を祝うとしよう。
【オーパブ】での初仕事を終えた俺は、夜中の一時という遅い時間でありながらも利一の部屋に招かれることになった。昨夜は町の男たちとの大乱闘で、それどころじゃなかったからな。これでやっと利一とゆっくり話ができる。
店の後片付けを済ませ、俺は初めて平屋に入った。
利一の部屋は廊下の一番奥だって言ってたっけか。
「そういや、女子の部屋に入るのって初めて」
じゃない。そうじゃない。
相手は利一なんだぞ。女子は女子だけど女子じゃない。
頭ではわかっているつもりなのに、なかなか切り替えられない。ドアの前で頬をぺしぺしと叩き、「夜遅くに女子の部屋に入る」という甘美な言葉を消し去った。
ドアをノックすると、中から「どうぞー」と可愛らしい声が聞こえた。
思わずにへら、と顔が緩みそうになったので、今度は拳で頬を殴りつけた。
ぐぅ、痛ェ……。口の中に鉄錆の味が広がっていく。
いい加減にしろよ、新垣拓斗。
自分を厳しく戒めてから、俺はドアを部屋の内側に開いた。
そうさ。利一を女だと考えるのは、今後の友人関係において邪魔なだけ――
「お疲れ。先に風呂入らせてもらったぞ」
「パ……ジャマ?」
しっとり濡れた利一の髪は下ろされ、サキュバスの角が顔を覗かせていた。
そして、この部屋のカーテンの色と同じ薄桃色の寝間着姿だった。
水滴が光を反射して、金髪が宝石を散りばめたようにキラキラと輝いている。
湯上りだからか、桜色に上気した肌が凶悪なまでに色っぽい。
そして部屋の空気までもが、ほのかに甘い香りを漂わせている。
直前に言い聞かせたばかりなのに、この一瞬で、相手が女子であるという情報が洪水のように流れ込んでくる。
「うわっ。お前それ、どうしたんだ? 口から血が出てるじゃないか」
「え? ああ、えっと、ちょっとぶつけちまって」
シャツの袖で拭おうとすると、駆け寄って来た利一が、髪を拭いていたタオルを俺の口に押し当ててきた。壮絶に、超絶にイイ匂いがした。
「だ、大丈夫だって」
「いいからじっとしてろ」
この距離。このアングル。これは俺に課された試練だろうか。
パジャマの一番上のボタンが外されているせいで、これでもかと胸の谷間が目に飛び込んでくる。やっぱりでかい。ギガンテス級って、Gカップ? それ以上? 利一め、俺を大の巨乳派と知っての狼藉か。恐ろしい奴だ。
加えて、視界の端に映るシングルベッド。これもまたヤバい。考えてはいけない思いつつも、利一を上手投げでベッドに押し倒し、ルパンダイブをする自分を想像してしまう。
「も、もう血は止まってっから」
「あっ」
妄想と一緒にタオルを振り払うと、利一の手から零れて胸に引っ掛かった。
引っ掛かったというか……完璧に乗ってる。落ちる気配が全くない。
「たわ、悪い」
「いや、いいけど。怪我には気をつけろよ」
タオルをチェストの上に置いた利一が、「座れよ」と言ってベッドを指した。
ベッドに座れと? この部屋、イスとか無いのかよ。
地べたでいいと言うのも、逆に意識しているような気がしたので、俺は言われたとおりベッドに腰を下ろした。
「そういや、拓斗はまだ、ミノコの牛乳飲んだことないよな?」
「ないな」
「飲んでみろよ。今朝のしぼりたて。うんまいぞー」
自分用に注いできたのか、利一が牛乳の入ったグラスを胸の高さに持ち上げた。
利一君、その位置でその台詞はイカンよ。実にイカン。
受け取ったグラスの中身は既に半分ほど減っている。
「これ、どこに口つけた?」
「んー、忘れた。あれ? お前って、回し飲みとか気にする奴だっけ?」
「いや、そんなことはねェけど」
「全部飲んでいいぞ」
感想を期待する瞳。また今度いただくよ、とは言い出せそうにない。
新たに妄想が浮かんでくる前に、俺はグラスを傾けて一気に飲み干した。
「……お世辞抜きで、めちゃくちゃ美味いな」
「だろー」
利一は自分が褒められたみたいに嬉しそうな顔をした。
俺は腕の肉を力いっぱいつねり、抱き締めたくなる衝動を堪えた。
「いやー、やっと人心地ついた感じだな」
そう言って、利一はなんの躊躇もなく、自然に俺の隣に座った。
死んでも顔には出さないが、心拍数が跳ね上がっていくのがわかる。
「お、お互い大変だったな」
「それなんだけど……ごめんな」
「何がごめん?」
「オレに付き合ってくれたせいで、拓斗まで事故に巻き込まれただろ」
「それがなんでお前のせいになるんだよ。二人とも運が悪かったってだけだ」
「そか。へへ、拓斗ならそう言ってくれると思ってた」
「当たり前だ。俺がそんなことで逆恨みするわけねェだろ」
しし、と悪戯っぽい笑い方には、どことなく利一の面影が残っていなくもない。
同じ笑い方でも、美少女がやると破壊力が桁違いではあるが。
「拓斗はそれ、人間に転生してるんだよな?」
「厳密にはラブド――天界人だ」
「ラブドってなんだ?」
「気のせいだ。そんなこと言ってない」
「拓斗の適正種族は天界人だったのか。天界人って、天使みたいなもん?」
「どうなンだろうな。基本的には人間と変わらねェと思うけど」
「ふぅん。でもなんか納得。拓斗の心が天使みたいに広いとことか、人間が出来てるとことか、そういうのを判断材料にされたのかもな」
え、俺ってば、そんな風に思われてたの? 評価高ェな。
「あーでも、天界人の心が広いだか、人間が出来てるだかは一概に言えねェぞ」
「なんで?」
「転生支援課のクソ職員も天界人だ」
「ああ、ないな」
「ないだろ」
利一も当時の遣り取りを思い出しているンだろう。げんなりしている。
だけど、すぐにおかしくなって、俺たちは吹き出すようにして笑った。こうして愚痴を言い合える相手がいると思うと、嫌なことでも笑い話にできる。
「俺のことより、利一だよ」
「オレ?」
「種族も性別も変わっちまったわけだけど、具体的には何がどうなったンだ?」
この質問、別にセクハラじゃねェよな?
「角と翼と乳が生えたのは見てわかると思うけど、あとは、そうだなー」
乳が生えたって、斬新な表現だな。
「体が柔らかくなった」
「ああ、どこもかしこもぷにぷにしてそうだよな」
「関節の話な」
「失礼した」
利一が俺に隠れて筋トレをしていたのは知っている。ほとんど効果が無かったということも。そんな利一がいよいよ筋肉とは無縁の体になった。心中お察しする。
「それと、ナニが無くなった……」
「……そうか」
すまない。辛いことを言わせてしまったようだ。
「で、でもほら、女の裸が見放題なわけだし、悪いことばっかでもねェだろ?」
「裸って、これ?」
「おう。自分でも可愛いって言ってたじゃねェか」
フォローを入れたつもりなのに、利一は哀愁たっぷりの表情で、ふっと笑った。
「オレもさ、最初は着替え一つにドキドキしたよ。裸もまともに見れなかったさ。でもな、それも三日までだ」
「み、三日?」
「どうしたって慣れるって言うか、飽きるって言うか、それが自分の体なんだって自覚すると、見たり触ったりしても、なーんにも感じなくなるんだ。そうなると、後に残るのは、ひたすら面倒臭いっていう思いだけなんだよ」
「そういうもンなのか」
「まあでも、他の女の人の裸とかは別。普通に今もドキドキする」
「ん? その言い方だと、他の女の人の裸を見たことがあるように聞こえるぞ?」
質問すると、利一は失言だったとばかりに口を「あ」と開いた。
俺も思春期真っ盛りの男子。この手の話題を流せるほど大人にはなりきれない。
「いつ? どこで? 誰の?」
詰め寄って尋ねると、利一は風呂上がりとは別の理由で顔を赤くし、ぽそぽそと喋り出した。そんな表情も可愛いと思ってしまう俺はゲスだろうか。
「……転生した初日に、風呂でスミレナさんの。それからも何回か……」
「オイオイオイ、利一君、ヤることヤってるンじゃねェの」
「いや、だってあの人、オレが元男だって知ってるのに普通に入ってくるんだぞ!? 朝起きたら隣で寝てたこともあるし! 着替えも二回に一回は乱入してくるし!」
災難だな、と言っていいものか難しいとこだな。ちょっと羨ましいぞ。
ただ、本気で困っているのは伝わってくるので、この話は終わりにしておく。
「ひたすら面倒臭いってのは、例えば?」
「主に乳関連だな。中でもブラジャーが特にダルい。でも着けずに動くと超痛い」
「ほ、ほほう」
無意識に、ごくりと喉を鳴らしてしまった。
「スミレナさんは、形がどうのと、寝る時も着けろって言うんだけど、無理だ」
「無理って、え? てことは、今は?」
「着けてるわけないだろ。あとは寝るだけなんだから」
ノーブラだと!?
「寝る時くらい女物の下着から解放されたいじゃん。パンツだって穿いてねーし」
「ちょ、おまッ!!」
思わず入れそうになったツッコミの手を、咄嗟の判断で抑え込んだ。
男であれば問題無く行っていたボディータッチを、今もやってイイものなのか。
考えるまでもない。
相手は男扱いされることを望んでいる。俺も、その意を汲もうと決めた。
でも、男友達って、どこまでがセーフだっけ?
いやセーフってなんだよ。男相手にセーフもアウトも無ェだろ。
ほら、今だ。迷うことはない。ツッコめ。
「な、なんでやねん」
ぎこちなくではあったが、俺は利一の背中をぽんっと叩いた。
極めてソフトタッチだった。それなのに。それなのに。
ゆさり。
揺れた……だと!?
「知ってるか? でか乳って、マジでお湯に浮くんだぞ」
「へ、へえ。そりゃ、一度見てみてェな」
「今日はもう風呂入っちゃったし、今度な」
今度!?
……こいつ、マジだ。
本当の本当に、俺が自分には一切欲情しないと思っていやがる。
ここで俺が、「そのおっぱいって、片方どれくらいの重さなんだ?」と尋ねたら、「持ってみるか?」と差し出しかねない。いや、差し出してくるだろう。
または「後学のために、ブラジャーの外し方を練習したいンだけど」と頼めば、面倒臭がりながらも練習に付き合ってくれるだろう。
さらには「肩凝ってないか? よかったら全身マッサージしてやるよ」と親切を装えば、感謝の言葉を添えて俺に身を任せてしまうだろう。
俺だから。
「ぬ、ぐぐ、ぐぅぅ」
俺の中で天使と悪魔が戦っている。
夢にまで見た理想。金髪巨乳美少女の体がそこにある。
俺だけが持つ特権。今なら親友の純粋さに付け込んで、エロいことをし放題だ。
だがそれをしてしまうと、俺はこの先、利一の顔をまともに見れないだろう。
事実上、友情の崩壊だ。
「ど、どうした? 何唸ってるんだ?」
「……なんでもねェ」
俺は一瞬でも悩ンでしまった自分を恥じた。
一時の欲望と一生の
どっちが大事かなんて、天秤にかけるまでもねェだろうがよ。
それを強く意識した瞬間、天使が悪魔に打ち勝った。
「女になっちまったことについては、俺よりも女性に相談するのがイイだろうな。ただまあ、女性だからこそ言いにくい愚痴ってのもあるだろうし、そういうのならいくらでも聞いてやるよ」
「うん、ありがとな」
「それはそうと、サキュバスになったことについて詳しく知っておきてェな」
こっちは女の体以上に知識が無い。
人間だった頃には無かった性質の一つや二つ、あるはずだ。
「サキュバスについてか。乳製品でしか栄養が摂れないっていうのは?」
「それは聞いた」
本来であれば、男の精気が主食だということも。
「レベルとか経験値がちょっと特殊なんだけど……これはおいおい説明する」
ふむ。言い淀むってことは、なるほど、エロいことが関係しているわけだな。
淫魔という種族であるからには、避けられないエロもあるだろう。
安心しろ。いくらでも相談に乗ってやるからな。
「他には、そうだなあ。ちょっとベッドに仰向けになってくれるか?」
「ベ、ベッドに?」
腰かけているだけでも緊張しているのに、仰向けになれとは……。
息が荒くなるのを隠すために、極力口で呼吸しないようにしているが、代わりにぷっくりと鼻の穴が広がっているような気がしてならない。
言われるままにベッドに横たわる。
すると、何を血迷ったのか、おもむろに利一が跨ってきたではないか。
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(イラスト:雪月佳様)
「な、何してるンだ!?」
「は~~、やっぱ落ち着く……」
俺の下腹部のあたりにストンと腰を下ろした利一が、熱々の風呂に浸かった時の第一声みたいに緩み切った声を出した。
男に跨ると落ち着く。これがサキュバスの性質の一つなのか。興味深い。
興味深いけど、今は頭の中で「尻。柔。ノーパン」の三つが走り回っている。
気が緩んだことで一日の疲れが表に出てきたのか、目をとろんとさせた利一が、前のめりになって俺の胸にもたれかかってきた。
「り、りりりり利一!? 利一さん!?」
問いかけるが、返事が無い。
聞こえてくるのは心臓の音と、静かな呼吸。
「……すー……」
寝やがった!!
尻の柔らかさもさることながら、腰を挟んでくる太ももの感触も素晴らしい。
だが、なんと言っても最強なのは、俺の胸板でむにょりんこと押し潰されている二つのおっぱい。しかもノーブラ。
心から思うことが一つ。
ED中で、ホンッッッットよかった!!
こんなン、普通なら即エレクチオンやで。
目の前には、安心しきった猫のように愛らしい寝顔がある。
「……あーもう、なんでこんなに可愛くなっちまったンだよ」
いつまでも感触を堪能し、寝顔を観賞していたいところではあるが、万が一にもこんな場面を誰かに見られでもしたら。
「――リーチちゃん、お待たせ! 今日はアタシもこっちの部屋で寝……」
ドアを開け放って現れたのは、満面の笑顔をたたえたスミレナさんだった。
パジャマ姿で枕を脇に抱え、寝る準備は万端といった出で立ちだ。
そんな彼女の表情は、俺たちの体勢を見た瞬間から凍りついている。
俺も見られたことに動転し、同じように固まってしまった。
静寂。
すー、すー、と一定のリズムで利一の寝息だけが繰り返される。
しばしの沈黙が流れた後、スミレナさんが笑顔のまま言った。
「タクト君、何か言いたいことは?」
「……ノックは必要だと思います」
「そうね。とりあえず、リーチちゃんを起こさないように外に出ましょうか」
「……はい」
そっと利一の下から這い出し、風邪を引かないように布団をかけてやった。
「うふふ。またお風呂に入り直さなくちゃいけなくなるわね」
ポキ、パキ、と拳の関節を鳴らすスミレナさんの後をついて、俺も退室する。
この後、俺がどうなったのかは、想像にお任せしたいと思う。
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