第116話 信用ハンパない
二十二時を回った。
表通りでは半裸の男たちによる二次会が催され、「リーチ姫おぅぱい!」と、頭の痛くなる掛け声が絶え間なく聞こえてくるけど、店内の混み具合は夕食時を過ぎたことで落ち着きを見せ始めている。
ロドリコさんを筆頭にした変態たちのおかげで一時は悩みを忘れることができたものの、拓斗とパストさんの有能っぷりを見ていると、どうしたって卑屈な自分が戻って来る。極力表に出さないようには努めた。
それでも店長であるスミレナさんの目は誤魔化せなかった。
「リーチちゃん、具合が悪そうだけど、どうかしたの? 生理来ちゃった?」
鼻水噴きそうになった。言葉のパンチ力がエグいよ。
この人、オレが元男だって忘れてない?
「来てませんけど……来るんですかね?」
「そりゃ、サキュバスだって女の子なんだし、来るんじゃない?」
「……今度、メロリナさんに訊いておきます」
「それがいいわね。心構えだけはしておいた方がいいかもしれないけど、その時が来ても怖がらないで。アタシが全部教えてあげるから」
スミレナさんは優しそうに――ではなく、楽しそうに微笑みながら言った。
滅入るわ。
「で、今はどうしたの?」
オレは不甲斐なさと一緒にトレイを腹に抱え、胸の内を正直に話した。
「やだ、リーチちゃんたら、そんなこと気にしてたの?」
「そんなこと……ですか」
馬鹿にされた感じはしないけど、スミレナさんのリアクションは、まるでオレの悩みなんて、取るに足らない些細なことだと言っているかのようだ。
「その気持ちはわからないでもないけどね。確かにあの二人は、ちょっと出来過ぎなくらい飲みこみが早いわ。間違いなく掘り出し物ね」
スミレナさんにここまで言わせるなんて、さすがは拓斗。自慢の親友だ。
それなのに……。
親友を褒められて嬉しいはずなのに、オレって器が小さいな。
嫉妬する気持ちの方が勝ってる。
頼ってばかりだった前世から生まれ変わり、今世では拓斗に頼ってもらえる男に――もう男じゃないけど、なるんだと意気込んでいたのにな。
「オレなんて、結局はこんなもんです」
「どうもリーチちゃんは、根本的な勘違いをしているようね」
「わかってます。オレじゃ勝てるわけがないから気にするだけ、張り合うだけ無駄だってことですよね?」
身の丈に合わないことは考えない。それが賢いのかもしれない。
すぐには割り切れそうにないけど。
「違う違う。そうじゃないわ」
「じゃあ、接客に勝ち負けを持ち込むなってことですか?」
「んー、それも違うわね」
何が言いたいのかわからず眉をひそめていると、スミレナさんがにこにこ笑顔でオレの鼻先を、ぷに、と人差し指で突いた。
「もし、リーチちゃんとタクト君のうち、どちらか一人だけ雇うとすれば、アタシならリーチちゃんを採るわ」
「へ? そんなわけ」
「あるの。タクト君だけじゃないわ。エリムとリーチちゃんでも、アタシは迷わずリーチちゃんを選ぶわよ?」
「エリムがいなくなると、さすがに店自体が成り立ちませんよ」
「ここは酒場よ? お酒さえ出せれば店はやっていけるわ。凝った料理も出せるに越したことはないというだけの話よ」
そんな、エリムを付け合せのポテトサラダみたいに。
や、それよりですね、すぐそこに本人がいるわけで、全部筒抜けなんですけど。
いいんですか? アナタの弟、かなりショック受けてますよ?
「リーチちゃんは、このお店になくてはならない存在なの」
「オレにそこまでの価値なんて……」
「いいえ。リーチちゃんには、確実に3エリム以上の価値があるわ」
エリムが何かの単位みたいになってる。
ホントもうやめたげてください。泣きそうになってますから。
「姉さん、僕はいらない子なの!?」
「時と場合によるわ。言っとく?」
「怖すぎて聞けないよ!」
エリムはオレたちの会話を振り払うように、料理に没頭していった。
「アタシは本気で言ってるのよ?」
「同情じゃないんですか?」
「純粋に店のメリットを考えてのことよ」
店のメリット? ……集客力だろうか。
外の男たちだけじゃなく、魔王みたいな大物まで引きつけてしまう。
認めたくないけど、自分が変態ホイホイである自覚が少なからずある。
「うふ、また勘違いしていそうな顔ね。仕事ぶりを見た上での判断なのよ?」
「仕事ぶりでの判断だって言うなら、なおさら信じられないですよ」
「強情ね。アタシの口から説明するより、お客さんから聞いた方がいいわね」
困ったように自分の頬を撫でるスミレナさんが、店の入り口に目をやった。
新しく客が来たようだ。
思わず「あ」と声が漏れる。
スイングドアを押して店に入って来たのは、昨日の戦いで瀕死の重傷を負った、リザードマンのギリコさんだった。今日は防具の類ではなく、布の服を着ている。
オレはスミレナさんに断りを入れるのも忘れ、一も二もなく駆け寄った。
「ギリコさん、もう歩いて大丈夫なんですか!?」
そのまま飛びつきたいのを、寸でのところで踏み止まった。
「心配をかけてしまったようであるな。このとおり、傷は完全に塞がっているので問題無いのであるよ」
斬られた胸を、ドンッ、と拳で強く叩き、無事をアピールしてくれた。
「席は空いているであるか?」
「カウンター席でもいいですか?」
「どこでも構わないのである」
席に案内する足取りが、自然とスキップになりそうだ。ギリコさんの元気な姿を見ることができて、さっきまでの鬱々とした気分が嘘みたいに晴れた。
「いらっしゃい」
スミレナさんが、用意していたおしぼりを直接ギリコさんに手渡した。
「今日も【コング芋の火酒】ですか? あ、でも、病み上がりにお酒は」
「であるな。念のため、今日は控えておくのである」
「それがいいと思います。それじゃ、ごゆっくりどうぞ」
「リーチちゃんも、ここで少しゆっくりしていきなさいな」
まだ営業時間中であるにもかかわらず、スミレナさんがそんな提案をした。
「いいんですか?」
「ギリコさんとお話したいんじゃないかと思って」
「したいです! ぜひ!」
「ふふ、いい返事ね。ギリコさん、お客さんにこんなお願いをするのは変だけど、少し相手をしてあげてもらえないかしら」
「もちろん構わぬのであるが、面白い話題など持ち合わせていないのであるよ?」
「そんなのいいんです! ギリコさんに面白い話とか求めてませんから!」
「で、であるか」
ギリコさんは、そういうキャラじゃない。
大きな木というか、そこにいてくれるだけで心が安らぐんです。
許可をもらい、オレは嬉々としてギリコさんの隣の席に並んで座った。
何品かエリムにオーダーを通し、先に水と、お通しに定番の【栗豆の塩茹で】がテーブルに置かれた。栗豆を一つ口に摘まんだギリコさんが、「ところで」と会話を切り出した。
「外の騒ぎ、あれは何事であるか?」
「ああ、昨日の打ち上げらしいです」
でもギリコさんは関わらない方がいいですよ。変態がうつったら大変なので。
「いやはや、昨日は大変だったであるな。小生は役に立てなかったが、万事上手くいったようで何よりである」
「何言ってんですか!? オレのために、あそこまで体を張ってくれたギリコさんが役に立ってないとか、そんなこと絶対にありません!」
「そ、そうであるか?」
「そうですよ! ギリコさんはオレの中で、いつだってMVPなんです!」
「えむぶいぴぃ?」
ギリコさんが、きょとんとした顔になった。
「最多功労者のことよね? 一番活躍した人に、リーチちゃんのおっぱい枕を堪能する権利が与えられるようなことをメロさんが言ってたらしいけど、ギリコさんに決まったのかしら?」
「あれはメロリナさんが勝手に言ってるだけですから」
「まあ、そうでしょうね。本気にしなくていいと思うわ」
「あ、でも、ギリコさんなら別にやってもいいです」
そう言うと、ギリコさんだけでなく、スミレナさんまできょとんとした。
「え、どうして? おっぱいよ? おっぱいを枕にするのよ!?」
「もちろん、ギリコさんだからです!」
「ごめんなさい。説明して」
愚問だが、お答えしよう。
「男の中の男、紳士の中の紳士であるギリコさんが、こんな乳袋如きに興味を示すはずがありません。もし試したいって言うなら、それは普通の枕と比べて寝心地がいいかどうか。そういう純粋な知的好奇心に決まっています」
「ギリコさんの信用ハンパないわね」
もうね、ギリコさんが王様でいいんじゃないかって、わりと本気で思ってます。
「リーチちゃんはああ言ってるけど、ギリコさんはどうなのかしら?」
「きょ、興味…………無い、のである」
「ほら、言ったでしょう。ギリコさんは、そんじょそこらの男とは違うんですよ」
「それにしては、ちょっと溜めがあった気がしたけど」
「ふ、二人とも、そろそろ勘弁してほしいのである。小生、この手のからかいには慣れていない故。前置きはこれくらいにして、本題を聞かせてもらえるであるか」
「うふふ、ごめんなさいね」
オレはからかったつもりなんて全く無いんですけど。
「それはそうと、本題ってなんのことです?」
「今からリーチちゃんに、このお店で一番大切な仕事が何か、教えてあげる」
そう言ってオレの頭を撫でたスミレナさんのは、今度こそ優しい笑顔だった。
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