第114話 新しい目標

 脱衣所で制服に着替え、バッチリ決まったメイド姿に「よし」と頷く。

 転生した自分の容姿を初めて鏡で見た時、頭が真っ白になるくらい驚いた反面、もしかしてオレってば、人生の勝ち組になっちゃった? なんて思ったりもした。自画自賛に聞こえるかもしれないけど、この姿はかなり可愛い部類に入ると思う。


 だけど、女を数日やってみてわかった。

 男だった頃より、圧倒的にデメリットが多い。

 見た目の良さ程度じゃ、全ッ然ワリに合わないってことが。

 具体的に挙げてみよう。



《オレ的ワースト5》

◇第5位……筋力落ちすぎ。これまで持てた物が持てない。

◇第4位……乳がでかくて重くて邪魔すぎ。揺れると激痛。



 こないだエリムが「これは重いので僕が運びますね」と言って、空き瓶ケースをオレから取り上げた。実際重かったし、助かったのも事実だ。紳士だなと思った。でもそれ以上にイラッとした。エリムより力の無い体……泣ける。


 乳に関しては、まあ慣れもあるだろう。逆に女から男になったら、股間の異物を邪魔に思うようになるのかもしれない。今まで無かった物が付いて、付いていた物がなくなる。バランスが狂うったらない。



◇第3位……町の男たちのオカズにされる。エロい意味で。

◇第2位……油断すると襲われそうになる。エロい意味で。



 レベル8(30/128)

 昨日の朝に視たステータスだ。

 この数字になるまでに得たトータル経験値だけど、信じられないことに150を超えるんだぜ。未だにじわじわ増えているしな。男って、こんなにも頭と下半身が直結した生き物だっけ? オレが男だった頃はもっと……。


 そして、確認するのが怖い。

 昨晩、騎士団の前でメロリナさんにスカートをめくられてしまった。

 たかがパンツ。されどパンツ。

 町にやって来ていた騎士たちは二百人からおり、その大半が男だった。とはいえ敵対していたし、オレが魔物だと知っているわけだし、大丈夫だとは思うけど。

 深呼吸を一回してから、オレは目に力を込めてステータス画面を開いた。


「……お。(32/256)か」


 30→32

 経験値提供者は二人。

 まあまあまあまあ。微増ではあるけど、さすがは誇り高き騎士と言えるだろう。

 パンツを見た程度じゃ動じないってことだな。この二人も、きっと町の誰かだ。


「……あれ?」


 見間違いかと思って目を擦り、思わず二度見した。

 あれれ? なんか、レベル9とか書いてあるように見えるぞ?

 んん、なんで? なんでレベルが上がってるんだ?


 ハッ!

 よくよく見ると、(30/128)と(32/256)――分母の数が違う。

 ちょ、ちょっと待って。ちょぉぉっと待って。

 つまり?


「一晩で……ええと……経験値が130増えた……」


 ということに、なっちゃうんですけど。

 マジ?


 何度見直しても、間違いなくレベルが上がっている。マジだ。

 はは。なるほどなるほど。こりゃまいったね。

 うん、決めた。


「騎士団潰そう」

「何物騒なこと言ってンだ?」


 平屋から店に出たところで、オレの呟きを拓斗に拾われてしまった。

 頭を振り、危ない考えを消してから溜息をつく。

 やれやれだ。騎士と言っても、所詮は俗にまみれた人間だな。

 男って奴ァ! 男って奴ァァ!!


 今挙げているのは、男から女になったことへのデメリットに限定しているけど、他にもサキュバスに転生したことで食生活が変わったり、討伐対象にされたりと、いくらでも不満はある。そんな中でもオレ的ワースト1はと言うと、



◇第1位……男だったオレを知っている奴に今の姿を見られる。



 ――これだ。


「その格好、やっぱスゲェ似合うな」


 メイド姿のオレを見た拓斗が、しきりにうんうんと頷きながら言った。

 今の台詞、拓斗以外の人に言われたのなら素直に受け取ってもいい。

 似合ってるのは事実だと思うし。

 でも、それは真っ当な女の子である場合。中身が男じゃ台無しだ。


 そう思うようになったきっかけは、女装したエリムを見たからだろう。

 あれも似合っていたし、オレも最初は見事なものだと感心した。

 だけど、時間が経って頭が冷えてくると、男のエリムを重ねて見るようになる。そしたらなんだか可哀想な子に思えてきてしまったのだ。軽く引くくらい。

 だから本当は、拓斗もオレに対してこんなことを思っているはず。


 ――こいつ、男だったくせにこんな格好しやがって、恥ずかしくねェのかな。


 と。

 正直なところ、オレはこの格好に抵抗がなくなってきている。下着もそうだ。

 その代わり、この格好に慣れてしまっているところを、以前のオレを知っている拓斗に見られることに抵抗を覚えるようになった。


「あ、あんまし見んなよ」

「別にイイじゃん。減るもンじゃねェんだし」


 いいや減るともよ。オレの心のHPは確実にすり減っている。

 それに、拓斗も無理をしているのがわかる。オレを気遣うようなことを言ってはいるが、その目は忙しなく泳いでいる。直視に耐え難いという証拠だ。


「……拓斗の制服はカッコイイな」

「だろ? へへ、自分でも悪くねェって思ってンだ」


 拓斗が着ている制服もまた、オレのメイド服と同じく白黒が基調になっている。黒いズボンに腰掛けエプロン。白いシャツの上に、袖の無い黒のベスト。おまけに黒い蝶ネクタイをつけている。

 オシャレなカフェのギャルソンみたいだというのが、オレの第一印象だ。

 すらっと背が高いから、男目線で見ても嫌味なほど完璧に着こなしていやがる。

 妬ましいったらありゃしない。


「それ、後でちょっと交換してくれないか?」

「百歩譲って制服を貸すのはイイとしよう。だが交換は断る」

「サイズが合わないからか?」

「そういう問題じゃねェから。メイド服とか着ても気色悪いだけだろ」

「気色悪い……か。そうだよな……」

「あ、いや、俺が着た場合はってだけで、お前は全然そんなことねェからな?」

「気持ちだけもらっとく」


 慌ててフォローを入れてくれたけど、何気なく出た「気色悪い」という言葉は、オレの心を抉り、ズゥン……と重く圧し掛かった。


 一緒に空気まで重くなりかけていると、オレの後に着替えをしていたパストさんが店に出て来た。

 堅物なイメージの軍服姿から一転、萌えを体現したメイド服への衣装チェンジ。

 ギャップ万歳。

 重苦しい空気は瞬時に晴れ、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 基本的なデザインはオレの制服と同じだけど、パストさんはロングスカートだ。ただし、大きなスリットが縦に入っており、歩く度に、チラリチラリとパンストがこんにちはをする。


「お待たせいたしました」


 そう言って、見惚れてしまうほど優雅な一礼をした。白いヘッドドレスと一体化した、雪のように純白のポニーテールがさらりと揺れる。


「綺麗だなぁ……」


 自然と口から感想が漏れ出た。

 拓斗とパストさんの制服は、オレの時と同様、マリーさんの店で採寸して作ったオーダーメイドだ。マリーさんが半日でやってくれました。

 採寸していた時にうっかり聞いちゃったんだけど、パストさんはオレより二段階小さなエリミネーター級なんだそうだ。それでも落ち着いた大人の雰囲気があり、全体的なセクシーさで見れば彼女の圧勝だろう。


「て、別に色気で張り合ってなんかないからな!?」

「なんの話だ?」


 首を傾げる拓斗に、オレはあたふたと失言を取り繕う。


「え、えと、パストさんって、スタイルいいよなって話!」

「ああ、身長175cmってとこか。背も高いしモデルみてェだな」


 ここで拓斗は腰を曲げ、ひそひそとオレに耳打ちをしてきた。


「胸も十分っちゃ十分だけど、欲を言えば、もう少し大きい方がオレの好みかな。逆に、背はもっと低い方がイイ。加えて金髪だと最強。どっかにいないかね」

「そんな都合よくいるわけないだろ。夢見すぎだっての」

「いやまあ、冗談のつもりで言ったからイイんだけど。いじり甲斐が無ェな」


 オレのなんちゃってメイドとは違い、パストさんは礼儀作法が文句無しなので、いかにも本物らしく見える。仕事にプライドを持ち始めているせいか、そこだけはちょっと悔しくもある。


「パストさん、凄く綺麗です。やっぱ、オレみたいな紛い物とは違いますね」

「お戯れを。私などより、リーチ様の方が十倍魅力的です。さすがは魔王様の心を射止めた女性だと、改めて感服いたしております」

「心を射止めたとかやめてくださいよ……。本当の本当に、パストさんの方が百倍魅力的ですって」

「いいえ、譲れません。そして訂正いたします。リーチ様は千倍魅力的です」

「ありえませんね。だったらパストさんは一万倍魅力的です」

「リーチ様は十万倍です」

「百万倍」

「一千万倍」

「――どちらも魅力的よ」


 埒が明かない遣り取りをしていると、スミレナさんが仲裁に割って入って来た。

 その後ろにはエリムもいる。二人はいつもどおりの格好だ。


「皆似合っているわ。タクト君はカッコイイし、パストちゃんは綺麗で可愛いわ」

「店長さん、からかうのはやめてください」


 パストさんが、つまらなさそうに言い返した。

 が、その憮然とした面持ちにはしっかり朱が差している。ホント可愛い人だな。


 現在、十七時四十五分。十八時の開店まで、もう間もなくだ。

 スタッフ全員がフロアに集まり、残った時間でミーティングが進められた。


「仕事内容は一通り教えたけど、タクト君とパストちゃんは初日だし、慣れるまで勝手がわからなくたって仕方ないわ。そこで提案なんだけど、先輩スタッフであるリーチちゃんにフロアリーダーを任せたいと思うの」

「へ?」


 一瞬、言葉の意味がわからなかった。

 リーチちゃんにフロアリーダーを任せたいと思うの。

 リーチちゃんにフロアリーダーを任せたいと思うの。

 頭の中で繰り返し反芻することで、ようやく自分に言われているのだと気づく。


「オ、オレがフロアリーダー!?」

「やってくれるわね?」


 リーダー。なんと誉れ高く、甘美な響きなんだろうか。


「光栄……ではあるんですけど、オレなんかに、そんな大役が務まるでしょうか」

「リーチちゃんならできるわ。まだ日が浅いとはいえ、リーチちゃんの働きぶりはこの目でしっかりと見てきたんだから。アタシが保証する」


 そこまでオレを評価してもらえるなんて……。

 応えたい。いや、応えなきゃいけない。


 これまでは、この世界で地に足をつけた暮らしを手に入れることが目標だった。

 拓斗とも合流できたし、それは概ね達成できたと言えるだろう。

 なら、次の目標をどうするか。

 決まっている。

 お世話になった人たちに恩返しがしたい。

 この店を、この町を、もっともっと豊かにしたい。

 それがオレの新しい目標だ。


「やります! やらせてください!」

「うふふ、ちょろ――頼もしいわ」


 ちょろ? いや、超頼もしいと言われたんだろう。


「利一、しっかりリードしてくれよ」

「リーチ様、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

「おう、任せろ!」


 ドンッぽよん! と胸を叩いて頼り甲斐をアピールする。先輩風を吹かすつもりはないけど、人に認められ、頼られるのって、こんなにも嬉しいんだな。


「僕は今までどおり、リーチさんをサポートしますね。主に力仕事とか」

「イラッ」

「どうして!?」

「エリム、お前は厨房に専念してくれ。フロアはオレたちに任せろ」

「は、はい……。でも、今なんで睨まれたんでしょう……」


 悪いな。フロアリーダーたる者、後輩の前で弱音を吐くことはもちろん、弱みを見せることも許されないのだ。先輩としても示しがつかないからな。


「今日は昨日の打ち上げも兼ねているから、無礼講でいつもより騒がしくなるかもしれないわ。頑張りましょうね」


 皆が元気よく返事をし、オレは店の表札を返して【開店】にした。

 さて、いっちょフロアリーダーとして、後輩スタッフたちに頼りになるところを見せてやりますか!

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