第110話 持つべきものは親友だな

 サキュバスとして、この世界に転生して十二日目。

 魔物だから、サキュバスだから、貞操やら命やらを狙われる。

 そんなクソったれな状況を力技で引っくり返し、ついに生存権を手に入れられるところまでやってきた。早いような、やっとなような。

 息つく暇もなかった慌ただしい日々も、今度こそ落ち着きを見せてくれるはず。

 独立とか、姫とか、いろいろ問題は残ったけど。

 だとしても、あいつがいれば、あいつといれば、この先何があっても大丈夫だ。


 とうとう再会できた。

 新垣あらがき拓斗たくと。前世での唯一の友達にして、最高の親友と。


 聞けば、拓斗は転生してきて十日目らしい。二日のズレがあったようだ。

 その拓斗が【オーパブ】での居候を希望している。

 オレはもちろん大歓迎なんだけど、決めるのは家主のスミレナさんだ。


「リーチちゃんと同い年よね? 今さらだけど、タクト君と呼ばせてもらうわね」

「俺もこの酒場で働かせてください。接客でも雑用でも、好きなようにコキ使ってもらって構わねェっス」


 お酒担当のスミレナさんに、料理担当のエリム。そして接客担当のオレ。

【オーパブ】は連日大繁盛。ぶっちゃけ、人手が足りているとは言えない。

 合間合間に、スミレナさんたちもフロアに出たり、食器洗いをしたりしている。

 もう二、三人、従業員がいてもいいくらいだ。


「ちょっと待っていてね。後始末にもう少しかかるから、それまでリーチちゃんとおしゃべりでもしていて。積もる話もあるでしょう」


 騎士団とのごたごたはともかく、SFホラーに出てくるエイリアンみたいな魔物が建物などに残した爪痕は小さくない。

 けどまあ、人命が第一。それを考えると、被害は最少で抑えられたと言える。


 スミレナさんが店から出て行き、拓斗と二人きりで話す機会を得た。

 店内にあるイスを二つ引っ張り出し、並んで座る。

 途端に、気恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。


「え、と、久しぶり。と言っても、こないだ会ってたんだな」

「みてェだな。あの時も利一りいちを探しに来てたんだけど、まさかこんな、な」

「う……。それを言うなら拓斗だって、騎士やってるなんて思わなかったぞ」

「なんつーか、成り行きで。身分がはっきりしてる方が動きやすかったし」


 そういう拓斗の視線は定まらず、うろうろとさまよわせている。


「今までどこで暮らしてたんだ?」

「王都にあるアーガス騎士長んちだよ。あとは、牢屋とか」

「ろ、牢屋!?」

「いろいろあったんだよ」

「……お前も苦労したんだな」

「それなりにな」


 全裸で登場したのも何か深い訳があったんだろう。オレからは触れてやるまい。

 そういや、拓斗と一緒にいた、あのお姉さんも騎士だったんだな。

 騎士なのに、オレを助けるために駆けつけ、騎士団を必死に説得してくれた。

 今度会ったら、ちゃんとお礼を言わないと。


「あー、ところでさ」


 言いよどむ拓斗が、さらに視線を忙しなくさせた。

 オレを盗み見るようにはしても、決して目を合わせてはくれない。


「どした?」

「ドッキリだってオチが待ってたりはしねェ?」

「ドッキリ? 何が?」

「んと、つまりだな、男の利一は他にいて、俺の隣にいるアンタは、利一の振りをしてる、れっきとした女の子……とか」

「なんだそれ。やっと再会できたのに、そんな悪趣味なことするわけないだろ」

「だよなァ」


 どうしてそんな残念そうに……。

 いや、想像はつく。

 それを考えると、ドキドキと心臓が騒ぎ出し、ごくりと唾を飲み込んでしまう。

 口に出して確かめるのが怖い。それでもオレは、訊かずにはいられなかった。


「……オレのこと……気持ち悪いのか?」


 こんな姿になったオレを見た拓斗がどう思うのか、不安はあった。

 スミレナさんやマリーさん、メロリナさんは、オレが元男だと知ってもあっさり受け入れてくれた。でもそれは、男だったオレを直接は知らないからだ。

 長年、男友達として接してきた拓斗であれば、また感じ方が違うはず。

 最悪、拒絶されたり、友達関係が壊れるなんてことも。


「いや、気持ち悪いとかは全然ねェよ」


 ぱたぱたと顔の前で手を振り、拓斗はしれっと否定した。


「……全然なのか?」

「全然だ」

「でもオレ、こんなメイドみたいな格好してるんだぞ? しかも、それだって大して気にならなくなってて……」

「イイんじゃねェの? 似合ってるし」

「似合ってるとか、そういう問題なのか?」

「利一、可愛いは正義だ」


 それがただ一つの真理だと言わんばかりに拓斗は言った。


「か、可愛い?」

「可愛いだろ。鏡見たことないのか?」

「いや、あるけど」

「自分でも可愛いと思わねェ?」

「思……わなく……ないけど」


 親友が男から女になったんだぞ? そんな単純な話なのか?


「だったら、なんでオレと目を合わせようとしないんだ?」

「あーと……それは、あれだ、可愛すぎるから? 俺の好みにストライクすぎて、軽くビビるくらい? 危うく告っちまうところだったぜ」

「適当なこと言うし」

「マジで言ってンだけど」


 こいつ……。

 本当は抵抗があるだろうに、オレを気遣って、そんな思ってもいないことを。

 拓斗だって、姿や環境が変わって戸惑いがあるはずなのに。


「……拓斗」

「なんだ?」


 誓ったはずだ。前世で散々世話になった恩を、この世界では返すって。

 なのに、また迷惑をかけるのか?

 冗談じゃない。


「オレのことは、以前と変わらず男だと思ってくれ」

「いきなり無茶言うな」

「それが自然だと思えるよう、拓斗の前では男らしく振る舞うから」

「や、なんでそンなことする必要が」

「だって、そうでもしないと」


 オレは拓斗の顔を両手で挟むようにして掴み、ぐいっと引き寄せた。

 鼻と鼻が触れ合いそうになるくらい顔が近づき、拓斗が驚いて目を剥いている。


「こんな風に、お前と目を合わせられないのは嫌なんだ」

「お、おぅふ」


 目が合ったのも一瞬。すぐにオレの視線から逃げ、目を逸らされてしまう。


「男らしくって、それ、本当に無理してねェのか?」

「正直、男扱いされた方がオレも気は楽だな。まだ前の体に未練があるから」


 だってこの体、泣けるくらい力が無いんだ。

 男だった頃もひょろっちくはあったけど、今と比べたら十倍マシだ。


「気が楽だってのなら、まあ……協力するけど」

「そんな感じで、ひとつよろしく!」

「つーか、男に未練があるって言うと、別の意味に聞こえるよな」

「笑えないんだけど……」


 こうやって、冗談を交えて和ませようとまでしてくれる。凄い男だぜ、拓斗は。


「改めて、これからもオレと友達でいてくれ。そう、男友達として」

「男友達か」

「……嫌か?」

「ちょ、そんな悲しそうな顔で……。や、嫌なんてことはこれっぽっちもねェよ!? 男友達だな!? OKOK、俺たちズッ友だぜ!」

「お前こそ無理してないか?」

「し、してねェしてねェ! 友達ダチの外見が変わったくらいで態度を変えるかよ! 俺のモットーはラブ&ピースだぜ!?」


 そう言って、拓斗は人差し指と中指を立ててピースを作ってみせた。

 このサインは、こっちの世界では存在しないらしい。エリムが言ってた。

 なのに、どこかで見たような気がしていた。

 今にして思えば、やっていたのは酒場に来た若い騎士だった。


「もっと早く気づけてたらな」

「なんの話だ?」

「へへ、なんでもない。拓斗なら受け入れてくれるって信じてた」

「俺が友達ダチを拒絶するなんて、あるわけねェだろ」

「そか。だけどほんのちょっとだけ、避けられるんじゃないかって怖かったんだ。いきなり異世界で暮らすことになっちゃって、気持ちに余裕なんて無いだろうし」

「確かにいっぱいいっぱいではあったかな」

「それなのに、拓斗はオレのことをずっと気にかけてくれて、オレが女になっても変わらず友達でいてくれる。生まれ変わっても拓斗は拓斗だった。オレが憧れてた拓斗だった。そのことが堪らなく嬉しいんだ。本当に、ありがとう」


 持つべきものは親友だな。そこにいてくれるだけで、こんなにも心強い。


「て、あれ? なんでそっち向いてるんだ?」

「おま……その容姿ナリで……そんな顔と台詞……」

「ご、ごめん」


 拓斗の優しさに甘えて、つい調子に乗ってしまった。

 受け入れてくれるとはいえ、生理的な不快感が消えたわけじゃない。

 それなのに、安易に笑いかけてしまうなんて。申し訳ない。

 少しだけ辛抱してくれ。

 早く慣れてもらえるよう頑張るから。精一杯男らしく努めるから。


「い、いやしかし、あれだな」


 拓斗が咳払いをし、やや強引に話題を立て直しにかかった。

 チラチラと、オレのスカートに視線を落としながら。


「スカートがどうかしたか?」

「いや、スカートがっていうか、やっぱ女物の下着つけてンだなって」

「わかった。今すぐ脱ごう」

「待て、早まるな!」


 スカートの中に手を入れ、パンツに指をかけたところで止められた。


「拓斗、よく考えろ。女物の下着をつけてる男がいるか? いないだろ? 必要とあらば、オレはスカートも脱ぐぞ」

「脱ぐな! お前こそよく考えろ! 俺たちのスタンスがどうであれ、お前が今は女であることに変わりはない! そこは覆らない! だから女物の下着をつけたりスカートを穿いたりするのはおかしなことじゃない!」

「……そうかな。でも」

「でもじゃない! 男は言い訳しない! 男らしさに外見は関係ない! 大事なのは中身だ! 違うか!?」

「そのとおりだ」


 深く感銘を受けてスカートの中から手を抜くと、拓斗が額を拭って息をついた。

 オレのためを思い、汗をかくほどの熱弁を振るってくれる。ありがたいぜ。


「女物の下着なんて、本当は嫌だったんだ」

「その胸でノーブラはまずいだろ」

「知ってるって。ぽっちが浮くんだろ」

「なんで聞き飽きた風?」

「これな、無駄にでかすぎるんだよ。寝る時は苦しいし、走ると死ぬほど痛いし。どうせならスミレナさんくらいのがよかった……。そしたら絶対ブラジャーなんてつけなかったのに」


「――あらあら、ずいぶんと話が弾んでいるみたいね」


 心臓が口から飛び出そうになった。

 いつの間にか、スミレナさんが真後ろに立っていた。背中に冷や汗が浮かぶ。

 今の、聞かれた?


「お、お疲れ様です。も、もう後片付けは、いいんですか?」

「リーチちゃん、起立してバンザイ」


 震える声でした質問には答えてもらえなかった。

 恐怖に身を竦ませながら言うとおりにすると、


「うふふ、そんなことを言うおっぱいは、このおっぱい?」

「おっぱいは何も言ってませ――ひぎゃあああああああああ!!」


 後ろから乳をめったくそに揉まれた。


「タクト君、お待たせしたわね」

「と、とりあえず、離してやってくれませんか?」


 拓斗の忠告の後も、さらに十秒ほど揉みしだかれた。


「色気の無い悲鳴だったけど、今回はこのくらいで許してあげるわ。ああ、許すと言っても、私は胸の大きさなんて全く気にしてないから」

「………………」


 腰が抜けて声も出ない。

 全く気にしていない人が、ここまでムキになるだろうか。

 なんにせよ、口は災いの元だということを身に染みて覚えました。


「さて、タクト君の居候の件だけど」


 そこでスミレナさんが、たっぷり溜めを作った。

 何故か彼女の後ろでは、メロリナさんとマリーさんがニヤけ顔で控えている。

 壮絶に嫌な予感が込み上げてくる中、ぽんっとスミレナさんが手を打った。


「今から入居テストをしたいと思います」

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