第109話 ここから始まるラブコメディ

「「「リーチ姫、バンザイ!!」」」「「「リーチ姫、バンザイ!!」」」

「「「リーチ姫、バンザイ!!」」」「「「リーチ姫、バンザイ!!」」」

「「「リーチ姫、バンザイ!!」」」「「「リーチ姫、バンザイ!!」」」


 建国宣言の反響は凄まじく、利一をたたえる唱和が留まることを知らない。

 天まで届けと腕を振り上げ、王都まで届きそうな発声は、騎士団を圧倒するのに十分な熱量を持っていた。

 俺も交ざっとくべきか。担ぎ上げられている利一は目を回し、今にも恥ずか死にしそうになっているけど。


 アーガス騎士長がスミレナさんに、この騒ぎをなんとかしろと言っている。

 が、周りがやかましすぎて口パクしているようにしか見えない。スミレナさんも掌を上に向け、お手上げのジェスチャーを取った。

 自然と熱が引いていくのを待つしかないなと思っていると、



 ――――ッッッ!?



 間近で隕石でも落ちたかのような衝撃と破壊音。

 一瞬足が宙に浮き、硬い石畳を隆起させる亀裂が四方八方へと走った。

 バランスを崩して尻もちをついている者が何人もいる。


 何が起こった?

 騒いでいた連中も思わず口をつぐみ、互いの顔を見合わせている。

 震源はすぐ傍にあった。


「モゥッフ」


 どうやら牛が前足で震脚したようだ。蹄が地面に埋まっている。


「えっと……『静粛に』だそうです」


 利一が牛の言葉を通訳した。

 しん……と、さっきまでの喧騒が噓のように静まり返った。

 冗談みたいな生き物だぜ。

 足を踏み鳴らした。ただそれだけのことで、何百人もの口を閉ざしてしまった。

 俺もなんとなく、ニュアンスで牛の言っていることはわかるけど、それを利一はよりはっきりと、完璧に意思の疎通ができるようだ。


「こんな強い生き物をマジで飼い慣らしてンのか。利一、スゲェな」

「え、そう?」


 俺が利一をからかい抜きで褒めるのは珍しい。普段は「しょうがねェなァ」とか「世話の焼ける奴だぜ」みたいに兄貴風を吹かしていた。

 だからなのか、利一はここぞとばかりにふんぞり返り、渾身のドヤ顔を作った。


「へへ、まあな。ミノコとオレは運命共同体っていうか、むしろ一心同体っての? オレが死ぬとミノコも生きていけないし、言ってみりゃ、オレあってのミノコ?」

「髪の毛食われてンぞ?」


 ミノコという名前らしい牛が、不満を訴えかけるようにして利一の金髪をむしゃむしゃと甘噛みしていた。

 ミノコのおかげで、再び交渉の空気が戻っていく。


「独立して建国などと、正気の沙汰とは思えん」


 まず口を開いたのはアーガス騎士長だった。

 対するスミレナさんは、事も無げに平然と返す。


「別に難しい政策を敷いたり、物流を変えてしまうつもりはないわ。独立について王都に求めるのは一つ。種族問題に関しては、こっちで全部対処するから干渉してくるな。これだけよ。簡単でしょ?」

「無暗に他種族を引き入れ、人間と同等の権利を与え続けていれば、いつか足下をすくわれることになるかもしれんのだぞ」

「質で劣る人間は、数で勝るしかないっていう考え? 好きじゃないわね」

「好き嫌いの問題ではない。実際、人間は数多あまたある種族の最底辺として支配されていた時代があったのだ。奴隷として、家畜として。時代が変わったとしても、その苦しみは魂にまで刻み込まれている」


 独立。建国。種族問題。

 難しい話だ。つい最近まで高校生をやっていた俺には荷が重い。

 解決のための具体案を出せるわけでもねェしな。

 この場はスミレナさんに任せて、俺は黙っているのが賢い在り方だ。

 そう思ったのに。


「アホらし」


 うっかり口を衝いて出ちまった。

 気分を害した様子はないが、アーガス騎士長とスミレナさんの意識が俺に向いてしまった。それに倣い、他の連中の視線も俺に集まっていく。


「タクト、アホらしいとは、何がだ?」


 アーガス騎士長から意見を求められた。意見……意見なァ。

 ただの感情論だから意見なんて大層なものじゃねェんだけど。


「あーと、俺がアホらしいと思ったのは、アーガス騎士長の台詞、支配されていた苦しみが魂にまで刻み込まれているとかいうとこなンだけど」

「それの何が悪いというのだ? 現に、我々の先祖は辛い時代を過ごしたのだ」

「先祖って誰だよ? アンタの親じゃねェだろ。ひい爺さんより、もっともっと、会ったこともない大昔の人間だよな? なんでそんな人らの苦しみやらを現代人が背負わにゃならねェんだ?」

「苦しみという言い方が気に入らないなら、教訓でも構わん」

「いや、言い方とか、そういうンじゃなくてさ。俺には、人間が偉そうにしたいがための大義名分を、無理やり歴史から引っ張ってきたようにしか見えねェんだよ」

「そうしなければ、人間は底辺へ逆戻りするかもしれんのだ」


 俺はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「だから差別すンのか?」

「差別ではない。自衛だ」

「差別だよ。今を生きてる人間が苦しんだわけじゃないのと同じで、今を生きてる他種族も人間を支配していたわけじゃねェだろ。先祖の責任を肩代わりさせられる身にもなれよ。そりゃ、中には長生きで、当時から生き続けてるようなのがいてもおかしくはねェけど」


 アーガス騎士長は渋面を作って黙った。

 俺の言葉も的外れじゃないと考えてくれているンだろうか。


「危機感は大事だと思うけどよ、足下をすくわれるかもしれない。支配されるかもしれない。かもしれないで全部排除してたら、最後にゃなんも残らねェぞ」


 間違っても発展なんてありえねェ。


「第三者として言わせてもらえば、人間はやられたからやり返してるだけに映る。厳密に言うと、やられてもいねェ。これなら種族の頂点に人間が立ちたいって言う方がまだ好感が持てるぜ。アーガス騎士長、アンタの意見は人間の一般論なンだろうけど、そこに正当性は無ェ。だからアホらしいと思った」


 ――以上だ。そう言ってしめた。

 いやホント、我ながら、なんの解決策も言ってねェな。

 それでもスミレナさんは、嬉しそうに微笑んでくれた。


「ありがとう、タクト君。とても貴重な意見だったわ」


 スミレナさんはすぐに表情を引き締め、アーガス騎士長を真っ直ぐに見据えた。


「私たちは変革を望む。独立はその一歩よ。王都議会にもそのまま伝えて」

「武力を見せつけてを通す。やっていることは支配者と変わらんな」

「間違った者を正す力、抑制する力は必要よ。騎士団がそうであるようにね」


 その騎士団を圧倒したのだから、相手にとっては皮肉にしか聞こえないだろう。


「国を建てるなど、私の一存で認められるはずもない。この件は王都に持ち帰らせてもらう。だが、議会にかけても可決されるかはわからんぞ」

「構わないわ。ただし、否決した後の展開も予想してもらってね。こちらの本気をわからない無能が統治している国なら、一度潰して私が再建してあげるから」

「貴様はサキュバスよりも危険だ」

「あら? 今頃気づいた?」


 一つ目の要求は、利一たちの特別保護指定。

 二つ目の要求は、【メイローク】の独立、名を改め【ホールライン】の建国。

 まだあと一つ。三つ目の要求が残っている。


「それじゃ、最後になるけど」


 そこかしこで、ごくりと息を呑む姿がある。

 俺もまた、呼吸を止めてスミレナさんの言葉を待った。

 三つ目の要求、それは――



「リーチちゃんに謝って」



 ――拍子抜けするようなことだった。

 二つ目にした要求のスケールがでかすぎたから、余計にそう感じてしまう。


「謝罪を要求するということか?」

「ええ。私個人としては、土下座してもらって頭を踏みつけたいくらい腹を立てているけど、この子はそんなこと望まないわ」


 利一がしきりにこくこくと頷いている。


「騎士団の体裁も考えて、そこまでは求めない。でも、ちゃんと謝って」

「魔物に……頭を下げろと言うのか?」

「この戦いが始まる前、彼女は町を出ようとしたわ。どうしてかわかる?」

「討伐されるかもしれんのだ。身を隠そうと考えるのは自然だと思うが」

「違うわ。全然違う。私たちに迷惑をかけてしまうと思ったからよ。アナタたちが手にかけようとした子はね、優しい子なの。魔物だけど、自分よりも他人のことを優先して考える優しい子なの。騎士にまで【オーパブ】の在り方を受け入れろとは言わないわ。ただ、彼女には謝りなさい。怖がらせて、せっかく手に入れた平穏を捨てる決意までさせたことを謝罪しなさい」


 この期に及んで、スミレナさんが操られていると考える者はいないだろう。

 彼女の言葉は本心で、騎士団と戦った者たち全員の総意だ。

 アーガス騎士長が謝罪の意を示せば、連なる騎士たちも倣うかもしれない。

 でも、肝心の騎士長が動かない。

 いや、迷っているのか。様々な感情が巡り、葛藤しているのが見て取れる。


 そんな中、四、五人の騎士たちが隊列から外れて前に出て来た。

 彼らはアーガス騎士長のすぐ傍で、顔を伏せるようにして片膝をついた。

 見ようによっては、率先して利一に頭を下げているように見えなくもない。


「畏れながら申し上げます!」


 一人が地面に視線を固定したまま声を張った。


「自分と、この者たちは、あわやホログレムリンの餌食になろうという、すんでのところで、ウシという生き物とサキュバスに命を救われました。我々が何かを言う前に走り去ってしまいましたが、その時に見せた彼女の表情は、我々が無事だったことを心の底から安堵しているように見えました」


 なんと、騎士の中から利一をフォローする奴らが現れた。


「少なくとも、スミレナ・オーパブの言葉の中にある、そのサキュバスが優しいということに関して、間違いはないかと思われます」


 それだけ言い、その騎士たちは、利一に向かって頭を下げたまま沈黙した。

 アーガス騎士長の眉間の皺が、さらに深くなる。

 もう一押しだ。あと一つ、騎士たちの心を揺さぶる何かがあれば。


 決め手となる一手を探していると、最後尾まで退がっていたロリサキュバスが、いつの間にやらまた前の方に戻って来ていた。かと言って、最前列に出るわけではなく、利一の後ろにぴったりとくっついている。

 何をするのかと思いきや、彼女は大きく息を吸い込んだ。


「全員注目!!」


 高らかに叫んだロリサキュバスが、あろうことか、フリルのついた利一のメイドスカートの両端を掴み、一切の遠慮なく捲り上げた。


「しかと見よ! この者の心を表す純白を!」


 それは陽も完全に沈んだ闇夜にあって、眩いほどに白く輝いていた。


「ちょおおおおお!? メロリナさん、何してくさってんですかああああ!?」


 利一が叩き割るようにしてスカートを押さえつけたが、時すでに遅し。

 この場にいる全員が、しっかりと目に焼きつけてしまった。もちろん俺も。


 そして異変は起こった。

 騎士と町民の多くが一斉に、利一に向かって頭を下げたのだ。

 頭を下げた? いや、違う。


「これは……前屈みか!?」


 EDペナルティーに入った俺に影響はないが、女性を除き、数百人の人間がこうべを垂れている光景は圧巻だった。


「カカ、いつまでも煮え切らんでな。ちぃと手を出させてもらいんした」

「だ、だからって、だからってえええ!!」


 ごちそうさま。じゃなくて、ナイスアシスト。

 手段はともかく、一気に畳み掛けるチャンスだ。

 今度は俺が肺に空気を溜めた。


「アーガス騎士長! 他の騎士たちもだけど、もうイイんじゃねェか!? 魔物だとか、サキュバスだとか、そういう枠だけで他人を見るのはやめようぜ! ちゃんと個人を見てくれよ! 討伐しなきゃいけねェほどこいつが危険だと、まだ思ってる奴はいるのか!?」


 俺の訴えに、カリーシャ隊長も続いてくれた。


「不安に思う者がいるなら、一度客として【オーパブ】に足を運ぶといい! 私が彼女と接したのはごくわずかな時間だ! だがそれで十分だった! 彼女は危険な存在ではないと感じた! 友になれると思った! 相手が魔物だからと、その者の性質まで決めつけてしまうのが愚かなことだと知った!」

「聞いたか!? 俺も何度でも言うぜ! 魔物だからどうした!? サキュバスだからなんだ!? 利一はイイ奴だ! 俺の友達ダチを悪者扱いするのは許さねェぞ!」

「人間は他者を広く愛することができる種族だ! 私はそう信じている! 他種族を迫害して壁を作るより、多くを愛して味方を作る方が幸せではないか!?」


 息を荒げ、俺とカリーシャ隊長は騎士団に向かって説いた。

 説くというか、文句をぶつけた感じではあるが。

 これを黙って聞いていたアーガス騎士長が、ふぅ、と息を吐いた。


「カリーシャ、人間は他者を広く愛することができる種族だというのは、どこから得た考えだ?」

「人間の愛は、時に性別の壁をも超えることができます」


 それはどうだろうか!?

 空を仰ぎ、カリーシャ隊長の言葉を吟味したアーガス騎士長が一言。


「……そうかもしれないな」


 そこ!? そこで頷いちゃう!? やめて、その流れで俺を見ないで!

 これまでを振り返っていたのか、アーガス騎士長はたっぷり時間をかけてから、利一の正面に歩み寄って来た。

 咄嗟に、俺とスミレナさんが、利一を庇うような動きを取ってしまう。

 けど、その必要は無かった。アーガス騎士長にあった敵意は完全に消えている。


「もう一度、名を聞いてもいいだろうか」


 一瞬、誰に言われているのかわからなかったのか、利一が視線をさまよわせた。


「あ、はい。えと、蓬莱ほうらい利一。今は、リーチ・ホールラインって名乗ってます」

「タクトを呼ぶように、リーチと呼び捨てさせてもらっても?」

「ど、どうぞどうぞ!」

「リーチ、騎士団は、もう君を討伐対象とは見なさない」


 それはつまり?


「…………すまなかった」


 ついに、ついについにアーガス騎士長が利一に頭を下げた。

 それに伴い、他の騎士たちも前屈みではなく、今度は謝罪の意味で腰を曲げた。


 終わった。

 この瞬間、ようやく騎士団との戦いに幕が下ろされたのだ。

 誰からともなく拍手と歓声が起こり、それは自然と鳴り止むまで長く続いた。


「利一、よかったな」

「あ、あの、あのな! さっきのは違うんだ!」

「さっきのって、何が?」


 利一は戦いの終結を喜ぶでもなく、ぎゅっとスカートの裾を押さえ、顔面発火秒読みってなくらい赤面している。見られたのがそんなに恥ずかしいンだろうか。


「下着、これ、仕方なく!」


 なんでカタコト?

 ああ、そういうことか。

 これは下着を見られたのが恥ずかしいンじゃなく、女物の下着をつけている姿を見られたのが恥ずかしいンだな。別に今は女なンだから、気にすることねェのに。

 とりあえず、うろたえる様が最高に可愛らしかったので、俺はぐりぐりと利一の頭を撫で回した。他方向から殺気が飛んできたので、俺はすぐに手を離した。


「タクト、お前はこれからどうするんだ?」


 まだ歓声が止まない中で、アーガス騎士長が尋ねてきた。


「今まで世話になった。こうして利一と再会できたし、王都を出ようと思う」

「そうか」

「またそっちに顔を出すよ。騎士(仮)として、一応籍を残しておいてもらえるとありがてェかな。何かあったら手伝うから」

「寂しくなるな」


 本当に寂しそうだな。嬉しいような、寒気がするような。


 この後の話をまとめると。

 カリーシャ隊長は、罰を覚悟で騎士団に戻るそうだ。そのあたりは心配しなくてイイと思うけどな。不当に罰せられるようなことがあれば、俺と利一と、あと牛が黙っていねェぞと、アーガス騎士長に軽く脅しかけておいた。


 アーガス騎士長の方は、くれぐれも魔王の手綱をよろしくと利一に頼んでいた。利一は物凄く嫌そうな顔をしていた。その気持ち、よくわかるぞ。


 ザインの特能で老化させられた騎士も、店の中で元に戻させた。魔王相手だから死ぬほどビビってたが、ザインの方は努めて事務的だった。いろいろ邪魔が入ってしまったため、利一との逢瀬は改めてということで、今日のところは帰るそうだ。

 ついでに損壊した道や建物も修理してほしかったけど、そちらは断られた。

 まあ、結果的に魔王様様なので、贅沢は言うまい。


 そして、俺はというと。


「スミレナさん、ちょっとイイっスか? お願いがあるんスけど」

「何かしら?」


 長かった。

 気持ち的には、何ヶ月もかかったような気さえする。


 けど、やっとだな。

 ここからやっと、俺と利一の異世界生活が始まる。

 退屈は、まあしそうにねェな。

 せっかく生まれ変わった第二の人生だ。

 いっちょ、楽しんでいこうぜ。


「俺も、【オーパブ】で居候させてもらえませんか」



                          第二部 完

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