第63話 どえらいのに狙われていますよ
【ミシストリマ】――騎士団を有する【ラバン】をはじめとし、十数の国を抱える大地の名にして、世界の舞台と言っても過言ではない、ただ一つの大陸だ。
他には海を隔てて小島が点在する程度だが、そんな島の一つにそれはあった。
――魔王城。
海流や磁場、濃霧や瘴気、陸海空に巣食う魔物。
いくつもの要因から、真っ当な手段では絶対に辿り着けない。
許可無き者は立ち入ること叶わず、見つけ出すことすら不可能。
結界が張られている。そう言い換えてもいい。
実際、数百年にも渡る人間と魔王の戦いでも、この居城は未だ人間に見つかっていない。今後も発見は難しいだろう。
「おかえりなさいませ、魔王様」
白髪に褐色の肌、尖った耳に紺碧の瞳を持つ女性が玉座の傍らで
「パストか。
「丸投げされるのはいつものことですので」
パストと呼ばれた女性はダークエルフだった。
エルフを森の民と呼ぶのに対し、ダークエルフは砂漠の民と呼ばれた。
どちらも人間から保護指定されている種族だ。
しかし、このダークエルフは魔王の右腕にして、勢力の副官という立場にある。
裏切り者。魔王勢力に敵対する者であれば、そう言って彼女を非難するだろう。
「何か報告はあるか?」
長旅の疲れを預けるようにして玉座に腰掛けた魔王が近況を尋ねた。
「これといったものは。各国が魔王勢力に対抗する動きを独自に進めてはいるようですが、同盟といった話は今のところ挙がっておりません」
「変わらんな。人間とはおかしな種族だ。魔王の存在を脅威に思っておきながら、何故国同士で手を取り合い、一つにまとまるという考えに至らないのか」
「かかる火の粉を払うばかりで、魔王様の方から人間を根絶やしにしようとなさらないからでしょう。要は分を弁えず、調子に乗っているのです。魔王様の首級を挙げた国が世界の覇権を握るなどという暗黙の了解ができるくらいですから」
今代の魔王は世界征服に興味を示さない。
これは人間側の解釈であったが、事実は少し異なる。
「捨て置け。人間は
征服するまでもない。魔王はそのように考えていた。
「壊せばよろしいではありませんか。数が多いだけで己が種族の頂点などと。傲慢甚だしい勘違いは、是正させるべきだと私は思います」
「
「……善処はいたします。それはそうと、魔王様の方はどうでしたか?」
パストの問いに、魔王はこくりと一つ頷いた。
「転生者が現れた」
「やはり。周期的に見て、そろそろだという予想は当たりましたね」
「伝聞
ホログレムリンとは、魔物の中でも第一級の危険指定を受けるほどの悪魔だ。
一匹で熟練冒険者の一個小隊を容易に壊滅させる力を持つと言われている。
「ホログレムリンを……。その転生者は人間ではないのですか?」
「そこまではわからん。ホログレムリンが
「フルチン……つまり、男の転生者ということですね」
絶大な力を誇り、人間を矮小と断ずる魔王が唯一懸念を抱く存在。
それが転生者だった。
転生者は特異な力を持っていることがあり、往々にして魔王に牙を剥く。
争いに関し自ら討って出ることが極めて稀な魔王であったが、この転生者だけは腰を上げて見つけ出し、本格的に力をつける前に始末することにしていた。
転生者が一年と経たずに命を落とす。
その真相はここにあった。
事前にそういった知識を持たされているのか、この世界に降り立った転生者は、最初に冒険者ギルドを目指すという傾向があった。
魔王は逸早く転生者の動向を掴もうと、その正体を隠して冒険者になりすまし、人間から情報を集めていたのだ。並の魔物では歯が立たないため、転生者を見つけ次第、自らの手で始末するために。
「報告を受けた場所から考えると、【ラバントレル】の冒険者ギルドに立ち寄るはずなんだが。見つけられないとなると、人間たちに先を越されたか」
「厄介ですね」
「案ずるな。転生者の存在など余興のようなものだ。恐るるに足らん」
部下を安心させるための虚勢などではない。
現に、魔王は幾人もの転生者を
「しばらくしたら、また情報を集めに戻るつもりだ」
「かしこまりました。ところで魔王様、冒険者として潜伏している一ヶ月もの間はどのようにして食い繋いでいたのですか? 生活力皆無の魔王様のこと、てっきり二、三日でお帰りになると思っていたのですが」
「とある富豪のもとで傭兵をしていた。目に余る蛮行に及んでいたゴブリン一党を隷属してみせてやると、以降は賓客扱いであったわ」
「それはさぞかし居心地が良かったでしょうね。私に仕事を押しつけて、まさかの慰安旅行を楽しまれていたのですか?」
「な、何を言う。こうして転生者の情報を掴んできたではないか」
「どこにいるかもわからない。姿も種族もわからないのでは、対処のしようがありません。他に有益な情報は無いのですか?」
言われて思い出したように、ぽんと魔王は手を打った。
「そうそう、不思議な娘を見つけたのだ」
「不思議な娘?」
「正直に言うと、男の転生者などよりも、
愉快そうに笑いながら、魔王は自身に施していた幻惑魔法を解除した。
左右のこめかみからは、二本の角が金色の髪を掻き分けてそそり立つ。
人間と同じく黒かった瞳は、燃えるような真紅へと変わった。
「中身はともかく、外見だけは超一級の魔王様の魅了を受けつけない女が? 私のように極めて高い魔法耐性があるというわけではなくですか?」
「あれはどうも、男という生き物それ自体に性的魅力を感じていない様子だった。にもかかわらず、備わった特能と豊満な体は男を果てさせることに特化している。心技体、全てがあべこべだ。実に興味深い」
「もしや、魔王様と同じ淫魔……サキュバスですか?」
「うむ、野良のな。正体を隠して人間と暮らしているようだが、無理がたたるのも時間の問題だろう。そうなれば、我の愛でもって迎えてやるしかあるまい」
「相変わらずの好色ですね。呆れるほどにさすがです」
ともすれば悪口にも聞こえるパストの言葉を、魔王は満足げに受け取った。
「それはそうと、パストよ」
「なんでしょうか、魔王様」
「我を魔王などと他人行儀で呼ぶなと、いつも言っているだろう」
「他人行儀も何も、他人ですし」
「お前は副官として良くやってくれている。名で呼ぶことを許しているはずだ」
「ありがたいお言葉ですが、魔王様はもう少しちゃんと魔王らしくしてください。具体的に申し上げますと、パンツを穿いてください。所構わずぶらぶらされると、他の者に示しがつきません」
転生者を指してフルチンと言っていた魔王もまた、フルチンであった。
「我を名で呼ばぬのなら、その願いは聞けぬな」
そっぽを向くだけでなく、魔王は見せつけるようにして足を大きく開いた。
百度や二百度ではない露出のせいで、いつの間にやら見慣れてしまい、もう何も感じなくなっている自分にパストは嘆き、深い溜息をついた。
「……わかりましたから、パンツを穿いてください。……ザイン様」
「くく。我をぞんざいに扱う女は、お前と、あの娘くらいだぞ」
魔王ザイン・エレツィオーネは、マントの内側から取り出した鋭角なパンツに足を通しながら、【メイローク】で出会ったサキュバスの少女に想いを馳せた。
「リーチよ、必ず我の物にしてやるぞ」
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