第59話 絆

「なああああんてね、嘘でええええっす!!」


 殊勝な態度は演技。一瞬の隙を突き、ギリコさんから弾けるようにして後方へとグンジョーが跳びすさった。いよいよ、なりふり構わなくなってきやがった。


「観念するのである。貴君きくんに勝機は無い」

「そうだそうだ! 悪足掻きはみっともないぞ!」


 ギリコさんとオレが降伏を訴えかけるも、グンジョーの目はギラついたままだ。


「観念するのはお前らだ。あれが見えねえのか!?」


 そう言って、屋敷の正面玄関を指差した。

 屋敷から、わらわらと人が外に出て来ている。オレが倒した連中だ。

 戦闘の気配を察したからか、もしくはゴブリンを放つ前にグンジョーが指示していたのか、今度は誰もが手に手に武器を持っている。

 まずいぞ。オレの攻撃はダメージを与えているわけじゃないから、縛るなりして拘束しておかない限り、目が覚めればすぐに戦線復帰されてしまう。


「わははは! どうだ、ザマーミロ! 形勢逆転だぜ!」


 一転して、こちらがピンチになったのは間違いない。

 だけど、どいつもこいつも、ズボンの股間部分を前に引っ張ったりと、下半身を気にした妙な歩き方をしている。どうやら、パンツは替えていないらしい。どうせなら武装するよりも、そっちをちゃんとしてほしかった。


 そして今のところ、あの変態紳士の姿は見当たらない。

 頼むから出て来ないでくれよ。戦力的な意味でも、ヴィジュアル的な意味でも。


「トカゲ野郎、お前の腕がどれだけ立とうが、あの人数をいっぺんには相手にできねえだろ。後ろの女たちも、まとめて蹂躙してやる」

「貴君には、男の矜持きょうじというものが無いらしい」

「矜持ぃ? そんなもんで腹は膨れねえんだよ」

「剣を取るなら相手になるが、もう一対一で戦うつもりはないのであるか?」

「ありまっすぇーん。このまま数で押し切らせてもらいむぁーす。わははは」


 言葉で、態度で、ここぞとばかりにグンジョーは調子づいた。


「数に頼るやり方は、小生しょうせいの趣味ではないのであるが……」

「はいぃ? お前の趣味なんざ知ったことですかよ。男の矜持だかにこだわって、使える戦力を使わずに負けるなんてのは、それこそ馬鹿のやることだろうが」

「一理ある。貴君がそう言うならば、こちらも気に病む必要はないであるな」

「おうコラ、ワケのわからねえことを――」


 不意に言葉を止めたグンジョーが顎を上げ、遠くを見るように目を細めた。

 何かに気づいたのか、オレも釣られてその視線を辿る。

 屋敷の正門。そのさらに向こうで、ぽつぽつとした火が灯っていた。


「な、なんだあ、ありゃ?」


 グンジョーの疑問はすぐに晴れる。

 ランプとは異なる、風を受けた炎の揺らめき。あれは松明たいまつの火だ。

 十や二十ではきかない。どんどん数を増し、こっちへ向かって動いている。


 同時に聞こえてくるのは、地面を揺るがすほどの足音と雄叫びだ。

 まるで津波が迫ってくるかのよう。深夜だというのに、祭りのクライマックスを思わせる轟音は空気を伝わり、腹の奥にまで響いてくる。

 無数の火は、やがて一個の大炎に見えるまで屋敷に近づいて来た。


「ギリコさん、あれって……まさか」

「察しのとおり、小生と同じく、この場に駆けつけた者たちである」


 駆けつけたって。見た感じ、百人近くいそうなんですけど。

 しかも、まだまだ増えていきそうな気配がある。

 オレはごくりと息を飲んだ。


「スミレナさんの人望、凄すぎ……」

「本当にそう思う?」


 オレの呟きに、スミレナさんが質問を重ねた。


「そりゃ。だって、スミレナさんを助けるために集まってるんですから」

「本当に、アタシの人望だけで、アタシを助けるためだけに、あの人数が集まったと思う? 彼らの声をもっとよく聞いてみて」


 言われてオレは、音ではなく、声を拾おうと耳を澄ませた。

 遠くに見えていた時は喧騒にしか聞こえなかった大音声おんじょうの中に、何度も出てくる名前が二つあることに気がついた。一つはスミレナさんの。もう一つは……。



 ……オレの名前だった。



「ギリコさんが呼び掛けたんですか?」

「否。エリム少年である。小生は一足先にここへ来たが、少年は今も死に物狂いで町の中を駆け、スミレナ殿とリーチ殿の救援を求めて回っているのである」

「エリムが……」


 オレが黙って家を出た後、間を置かずに王都から帰ってきたのか。

 事情をギリコさんから聞き、すぐにオレが家にいないと気づいたんだろう。

 姉のスミレナさんを敬い、友情にもあついあいつのことだ。本当ならギリコさんと一緒に、何を置いてでも真っ直ぐここへ来たかったに違いない。

 エリム……エリム……ありがとう、エリム。

 もう会えない。会わないつもりでいたのに。

 今ここにあいつがいたら、力いっぱい抱擁ハグしていたところだ。


 形勢逆転したかと思えば、あっという間に逆転し返されたグンジョーが右往左往している。外へ出てきた他の連中も同様に、手に持った武器を構えたり、屋敷への侵入を阻みに走り出したりする者はおらず、下半身の気持ち悪さも忘れ、ただただ困惑している。そこにはもう応戦するという選択はなく、逃げるか、降伏するかで迷っているように見えた。


「あ、やばい、翼が。あ、角も、隠さないと」


 彼らがスミレナさんだけでなく、本当にオレの身を案じて駆けつけてくれたのだとしても、それはオレが魔物だと知らないからだ。

 この一件が終われば、どのみち町を出るつもりではいたけど、自分からこっそり出ていくのと、石を投げられ、追い出されるのとでは意味が違い過ぎる。

 翼の縮め方がわからず、慌てふためいていると、


「必要無いわ」「必要無いのである」


 スミレナさんとギリコさんが声を揃えて言った。

 二人して、あら? おや? と顔を見合わせている。


「必要無いって、どうしてですか?」

「アタシは、ちゃんと説明すれば、わかってもらえるからだと思ったんだけど」


 スミレナさんが、続きの応答を目でギリコさんにパスした。


「エリム少年は、スミレナ殿が領主に連れて行かれた理由。そしてスミレナ殿を、リーチ殿が一人で助けに行ったこと。それらを公言しているのである。隠す必要は無いと――否、今こそ明かすべきだと思ったからであろう。故に、彼らはリーチ殿が魔物であることを知っていてなお、救援に駆けつけているのである」

「や、だからそれは、スミレナさんのために……」

「スミレナ殿の言葉を借りて、小生も尋ねよう。本当に、それだけであの者たちが集まっていると思うのであるか?」


 そんなことを言われても……。

 だって、たった一週間ですよ。

 オレが店に立つようになって、まだそれだけしか経っていないのに。

 そんな短い時間で、どれだけの絆を町の人たちと深められたというのか。


 だけどオレの名前を呼ぶ声は、どれも正体をあざむいていたことへの怒りではなく、大きな焦りを感じさせる。オレを心配し、助けようとする優しさが伝わってくる。

 オレを魔物だと知りながら。

 それでも――。


 スミレナさんとギリコさんに何か答えようと思ったけど、できない。

 胸に押し寄せる気持ちが大きすぎて、溢れて、言葉になんてならなかった。


「では、小生もやるべきことを果たすのである」


 ギリコさんが、冷や汗を流して目を泳がせるグンジョーに再び戦意を向けた。

 グンジョーはビクリと体を竦ませたが、そこで何を思ったのか、取り繕うようにしてニヒルに笑ってみせた。


「まあそうくなよ。提案がある」

「提案であるか? 遺言ではなく?」

「ゆ、な、なわけねえし! その、あれだ。考え直してみたんだが、やっぱり数の暴力に頼るなんてのは、男のすることじゃねえよな。うん。だから、この場は痛み分けということにして、俺の怪我が完治したら改めて再戦するってのはどうだ? その時は、もちろん一対一で」

「貴君のそれは、もはや一種の芸風であるな」

「あ、ちょ、待って、いや、お待ちくださ――」


 呆れ果てたギリコさんがグンジョーの鳩尾に刀の鞘を突き入れ、それ以上の寝言を吐く前に意識を刈り取った。

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