第58話 格の違い
「メロさん、危ないところをありがとう。それにしても凄い格好ね」
「じゃろ? じゃろ? この装束は、由緒正しきサキュバスの勝負服でありんす。老いたとはいえ、わちきもまだまだイケてるしょや?」
ゴブリンたちをあっさり戦闘不能にしたメロリナさんが、S顔から友人に向ける柔和な表情に変わり、スミレナさんに褒められた(?)服を自慢げに見せつけた。
服というか、もはやそれは紐だった。
かろうじてプライベートゾーン――胸と股間部分に極少の布がついているけど、全体の面積比で言うと、肌98:布2って感じだ。尻なんて丸出しと変わらない。
セーフか、アウトか。
向こうの世界にだってマイクロビキニという際どい水着も存在するにはするし、本人が恥ずかしくないのなら個人の自由だと思わなくもない。でもメロリナさんの紐はデザインが亀甲縛りだった。アウトだ。
「りぃち、魔力を繰(く)り、空を飛ぶことを覚えたお前さんには、この服を着る資格が十分にありんす。今度わちきと揃いで着てみんかえ? まりぃの店で作りんす」
「遠慮しておきます」
オレがそんなのを着て動いたら……多分、いろいろと零れる。
18禁待ったなしで、魔物であることに関係なく、お尋ね者になってしまう。
「老い先短い老骨の頼みでもダメかや?」
「お断りします。オレにはまだ、羞恥心を捨てる度胸はありません」
「情に訴えたのに即断とは、お前さん、敬老精神に欠けておるのう」
敬老の日より、こどもの日が似合いそうな人に言われても。
「二人とも、和むのはそのくらいに」
スミレナさんの言葉で、ピリリとした緊張が戻ってくる。
屋敷の方角から、一人の男が歩いてくる。
「――おいおいおい、ゴブリンどもが全滅だと!? どうなってんだ、畜生が!」
口汚いその男はオレたちを警戒してか、一番遠くで倒れているゴブリンの手前で立ち止まった。
カストール領主と肩を並べるクソ野郎――グンジョー。
右腕は包帯で吊られており、他にもミノコにやられた怪我が痛々しく残っているけど、無事な左腕には【ひのきの棒】のような鈍器が握られている。
「お楽しみが減るから無傷で捕えるつもりだったが、ここまでやられたら、そんな甘いことも言っていられねえ。大人しくするなら気を失う程度で済むが、抵抗するなら骨の一本や二本。最悪死んでも恨むなよ」
恨むに決まってんだろ。フザケんなよ。
オレは相手に触れなきゃ特能を使えない。だけど、今の奴に近づくのは危険だ。
「メロリナさん、奴が近づいてきたら、またさっきの技をお願いできますか?」
「すまんが無理じゃ」
「無理って、どうして?」
「年甲斐もなく張りきるものではありんせんなあ。この屋敷まで久しぶりに飛んで来たのと、大量の魔力消費で、正直一歩も動けん」
言って、メロリナさんはぺたんとその場に座り込んでしまった。
「ちょ、こんな時に年寄りみたいなこと言わないでくださいよ!」
「さっきから年寄りじゃと何度も自己申告しておるでありんしょうが。それより、地面が冷たくて尻がひゃっこいのう。座布団が欲しいでありんす」
うわ、マジで年寄り臭い。
「オゥルァアア!! べらべら喋ってんじゃねえぞ! サキュバスの小娘、お前だけこっちへ来い! お前が魔物だっていう証拠を掴んでおけば、ここからどうとでも巻き返せる」
「オレのことよりも、カストール領主の心配をしたらどうなんだ? 雇い主だろ? あいつ今、ミノコと二人きりだぞ。助けに行かなくていいのか?」
「お、お前を捕まえて人質にした方が手っ取り早いんだよ!」
逆立ちしたって勝負にならない実力差が裏目に出てしまったか。
どうする。一か八かで突っ込むか。
突破口を探していると、すぐ後ろに立ったスミレナさんが、小声で言った。
「アタシがアイツの武器を止めるわ。幸い、あの男は右手が使えないみたいだし、成功率は高いと思う。その隙に、リーチちゃんが仕留めて」
「却下です。女性にそんな危ない真似はさせられません」
「……リーチちゃん、ようやく女の子であることに慣れ始めてくれたように思っていたのに、今日一日で、すっかり男の子らしくなっちゃったのね」
「本当に!? そう思います!?」
「あらやだ可愛い……。惚れ惚れするくらい素敵な笑顔だわ……」
「だーかーらー!! 勝手にくっちゃべってんじゃねえって言ってんだろうが!!」
蚊帳の外にされたのが相当お気に召さなかったらしく、作戦の決まらぬうちに、横たわっているゴブリンたちを跨いでグンジョーが特攻を仕掛けてきた。
オレはスミレナさんを後ろに押しやり、自分が前に出た。
グンジョーが鈍器を頭上高くに振り被った。
「あのデカブツの分まで、その体に礼をさせてもらうぜッ!!」
かつて味わったことのない強烈な痛みが来る。
トラックに轢かれた時は即死だったし、痛みを感じる暇なんてなかったから。
痛みと衝撃に耐えるべく、歯を食いしばった。
――腕一本で済むか!?
インパクトの瞬間、オレは俯いて目を瞑ってしまった。
ゴギィッ!!
と硬い物同士がぶつかる音が周囲に響き渡る。
これが、骨を砕く音か。
……………………。
………………。
……あれ?
痛みが来ない。激しい音はしたのに、いつまで経っても。
まさか頭を打ち据えられて、また即死でもしたんだろうか。
そろりと目を開けると、自分の爪先が確認できた。どうやら生きている。
「――三度目である」
それは低くて雄々しい声だった。
ゆっくり顔を上げていくと、太くて逞しい、濃緑の鱗に覆われた尻尾が見えた。
「気安く触れるなという
「テ、メエ……また!」
さらに視線を上げると、擦り傷だらけの鎧を纏った背中が見えた。
なんで。
巻き込むまいと思っていたのに。
だから何も言わず、隠れるようにして出て来たのに。
「それとも、よほどこの腕がいらぬのであるか?」
それなのにオレは、目の前が涙で滲むほど嬉しかった。
「ギリコ……さん。……ギリコさん。ギリコさん! ごめんなさい!」
自然と、オレは第一声でギリコさんの背中に謝っていた。
ギリコさんは鞘に収まった刀を掲げ、グンジョーの一撃を受け止めている。
「リーチ殿、つれないではないか。小生を置いていくなど」
「すみません……。迷惑を……かけたくなくて……」
「友にそのような気を遣われてしまう方が、小生にとっては心外である」
「す、すみません」
「謝罪はもう十分である。それよりも、こういう時は、もっと別の言葉を聞かせてほしいのであるよ」
「す、すみま――……あ、いえ、別の言葉、ええと、あ」
オレはぐしぐしと腕で目を
「助けに来てくれて、ありがとうございます!」
「なんの。友の窮地に刀を振るう。これは小生にとって
メロリナさんに続く、二人目の助っ人。
「こんの、トカゲ野郎ォォ!! 何度も邪魔してんじゃねえ!! 人間様とトカゲの格の違いを見せてやらあああああ!!」
「どうやら、腕はいらぬと見える」
オレが瞬きをする直前、白刃が走った。
――ような気がする。
ギリコさんが鞘から刀を抜いた瞬間は見えなかった。
だけど、オレが瞬きを終えた時には、グンジョーの武器は握っている部位以外が消えており、ギリコさんの刀はグンジョーの手首に添えられていた。
遅れて、遠くの方でコロン、コロン、と斬り飛ばされた木片が地面に落ちた。
「最期に慈悲で問う。この腕、本当にいらぬのであるな?」
「……いりまひゅ。……ごめんなしゃい」
真意はどうあれ、グンジョーの言葉に偽りはなかった。
格が違い過ぎた。
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