第54話 丸出しの変態紳士
「よくぞ上がってきた。強く美しき乙女よ」
ドえらい美形がそこにいた。
下の階で私兵十数人を倒し、二階へと上がって来たオレを待ち構えていたのは、たった一人の男だった。
身長は185cmくらいか。決して痩身ではなく、モデルでも俳優でもこなせそうな均整の取れた体つき。男なら、誰もが憧れてしまうであろうプロポーションを見せつけられ、オレは思わず「死ねばいいのに」と真顔で呟いてしまった。
しかも、そのミラクルボディーに乗っかっている顔面が、これまたパーフェクトフェイスだというのだから、元男のオレは、胸中穏やかでなんていられない。
肩を少し越えるストレートの金髪に、凛とした目鼻立ち。まつ毛バシバシな切れ長の瞳は黒いけど、どこか人間離れした色気がそいつにはあった。
コスチュームは、なんかヴァンパイアみたいな感じ。白いシャツに、黒いマントがコントラストでよく映える。伯爵風っていうのか、もうね、カストール領主よりこいつの方が断然領主っぽい。
さぞかし女性におモテになることだろう。死ねばいいのに。
だけど、こういう一見完璧そうな人間ほど、案外見えないところに大きな欠点が隠れていたりするものだ。こいつも探せばきっと、見えてくるに違いない。
いや、やっぱり探さなくていい。探すまでもなく、欠点なら既に見えている。
「一つ訊きたいんだけど」
「質問を許可する」
さらさらと音のしそうな髪を掻き上げたイケメンが、偉そうな口振りで言った。
じゃあ、遠慮なく質問するけどさ。
「なんで下半身丸出しなわけ?」
イケメンは下に何も穿いていなかった。ズボンだけじゃなく、パンツもだ。
見たくもない物体がパオーンしている。
「我(われ)は、自分が紳士であることに誇りを持っている」
「いや待って。言動が全く噛み合ってないんだけど」
「我は女を乱暴に扱うことを良しとはしない。グンジョーという小物から、貴様は生娘(きむすめ)だと聞いた。故に男の全裸を前にすればはにかみ、戦意喪失は必定。いかに?」
「別に何も。見慣れてるし」
「見慣れている? 何故だ?」
「アンタに言う必要ないだろ」
「生娘ではなかったのか?」
「…………生娘だけど」
「ええい、ワケのわからんことを!」
「下半身露出で登場してきた野郎にワケわからないとか言われたくない!」
一片の羞恥心も無く、むしろ自慢げに見せつけてくるのが余計に腹が立つ。
「あくまで戦う意思は変わらないと言うのか?」
「アンタ個人に恨みがあるわけじゃない。そこをどいてくれるのが一番助かる」
つーか、これ以上視界に収めていたくない。
なんか……さっきより一回り大きくなっている気がしなくもないし。
「どくわけにはいかんな。我には我の目的があり、ここにいる」
「だったら戦うしかない」
「止むを得んか。しかし女を攻撃したくはない。そこで別の勝負方法を提案する」
「一応、聞くだけ聞こうか」
変態は満足げに頷き、そして答えた。
「イカせ合いだ」
「イカ……え、なんて?」
「イカせ合い。古(いにしえ)より伝わる男女間での決闘法だ。まず先攻後攻を決め、互いに一分間ずつ、体の好きなところを愛撫する。イカせた回数ではなく、先に快楽に溺れた方が負けとする。本番は無しだが、それ以外の一切は不問。舌と指、時に足や脇なども使い、己が技を披露し合うことで雌雄を――」
「フザッッッケんなああああああああああ!!」
変態の提案は、やはり変態でしかなかった。
「自信が無いか。男を知らぬ生娘であるからこその拙さは、我の性的興奮を著しく高めるゆえ、それなりに面白い勝負になると思ったのだが」
「そういう問題じゃなく! おま、それ、女の体を触りたいだけだろ!?」
「女体に触れたいという気持ちを偽るつもりはないが、誤解しないでもらいたい。この提案は、何より貴様の身を案じてのものだぞ?」
「嘘つけ! 本当は、オレと戦うのが怖いんじゃないのか!?」
「異なことを。下での貴様の戦いは見ていた。その若さで鎧通しまで身に着けた武には感心したが、それでも我の強さには及ばん」
その若さでって、そっちだって二十歳そこそこだろうが。
あとこいつも、【一触即発(クイック・ファイア)】を武術と勘違いしているようだ。見抜けない時点で、格闘家としては落第。どうせ大した実力じゃない。
「見てたんなら、どうして下の連中と一緒に戦わなかったんだ? 仲間がやられていくのを黙って見てたのか?」
「仲間ではない。我は孤高ゆえ、群れるのを好まん」
「好まないっていうか、変態すぎて仲間に入れてもらえないんだろ」
「いつの世も、凡人は才ある者を認めようとしない。愚かなことだ」
なるほど。どうやら自分のセカイをお持ちなタイプのようだ。
「いいから普通に戦えよ」
「やれやれ、人の忠告を聞かん娘だ。では、これを見るがいい」
変態は壁際に近づき、トン、と軽い所作で壁に裏拳をぶつけた。
メキョオッ!!
とエグい音を立て、壁に半径1mくらいのクレーターができた。
なん……それ……。
「これでわかったか?」
「先攻をいただきます」
「意外に積極的ではないか。我も指が鳴るぞ」
背景に薔薇でも背負っていそうなキャラなのに、何そのパワー。
そんなん、かすっただけでも余裕で死ぬわ。
こいつの言っていることは嘘じゃない。まともに戦っちゃダメだ。
一撃必殺なのは、オレも相手も同じ。
だったらあとは身体能力が物を言うが、肉弾戦ではオレに勝ち目なんてない。
「一分間、好きにしていいんだよな?」
「そのとおり。一つ良いことを教えてやろう。我は存外乳首が弱い」
「シャツめくんな!」
これ以上露出面積を増やすんじゃねえ!
「ふふ、ねんねか。よいよい」
「……失神させても勝ちってことでいいよな?」
「ほう。我を失神させるほどの技を持っていると? たぎるではないか」
悪いけど、お前のターン無いから。
「勝負の前に、一つ頼みがあるんだけど」
「言ってみよ」
「パンツ穿いてくれ」
「我の覇王が気になって仕方ないと見えるな。やはり生娘、初々しいではないか」
そうじゃなく、何も穿いていない状態で【
まあ、男だった頃のオレのよりは、ずっとでかいと思うけど。死ねばいいのに。
「よかろう。我も露出状態の局部を刺激するより、下着の中に手を入れて愛撫する方が燃えるタチだ。よって、貴様もパンツは穿いたままでよい」
「最初から脱ぐつもりねーし!!」
内側にポケットでもついているのか、マントに手を差し入れた変態が、黒い何かを取り出した。それをピンと広げ、足を通していく。
股ぐり部分に角度があり、見事な逆三角形を形成するビキニパンツだ。
またの名をブーメランパンツ。最低限の放送禁止映像はなくなったが、もっこりとしたおいなりさんの、強すぎる自己主張は衰えていない。
こいつ、マジでなんなの?
「さあ、準備は整った。我を快楽の
パンツは穿いてくれたけど、ズボンを穿くつもりはないわけだな。
うっかりすると、カッコ良く聞こえてしまいそうな台詞を言った変態が、両手でハート型を作り、それを自分の左乳首にセットした。
まるで、ここを重点的に攻めてくださいと言わんばかりに。
「合図は?」
「貴様が我に触れた瞬間から勝負開始だ」
相手のペースに翻弄されている気がしなくもないが、先手をオレに譲った時点で変態の敗北は決定している。オレに、この特能がある限り。
「行くぞ!」
「ふふ、貴様がイクのは一分後だぞ」
できる限り変態の体に触れたくないので、オレは右手の人差し指を立てた。
乳首が弱点だっていうなら、望みどおり、指先一つでダウンさせてやる。
「【
「うっ」
ボタンを押すようにして、指先の一点に集中させた魔力を、シャツの上から変態の乳首に流し込んだ。もちろん〈乙〉の出力だ。
変態はビクンッ! と体を跳ねさせ、天井を仰いだ。
だが、しかし。
「……これは驚いた。まさか、一手でイカされてしまうとはな」
「なっ!? 気絶……しない?」
視線を戻してオレを見下ろした変態が、ニィ、と不敵に笑ってみせた。
「どうした? 手が止まっているぞ。我はまだ、このとおり勃っているが?」
そういえば、エリムもだ。
あいつも【
「残り五十秒。遠慮はいらんぞ。存分に
「くっ、【
「うっ」
二発目の魔力注入。
間違いなく絶頂している。なのに、変態は倒れない。
「ふははは! またイカされた! 素晴らしいぞ、サキュバスの娘! 貴様は我がこれまでに出会ってきた女の中でも、三本の指を挿れたいほどの逸材だ!」
「う、うるさい、【
「うっ。……ふふ、不思議な技だ。だが、我を果てさせるには足りんなあ!!」
「ヒ、ヒィィイイイ!!」
「
「【
「うっ、そう強く乳首をいじめるな。うっ、もっとデリケートに、うっ、扱え」
フギャアアアアアアアア!! キモいキモいキモいキモい!!
【
【
オレは半狂乱になりながら、変態の乳首を高速連打した。
魔力がみるみる消費されていく。
「なんと、うっ、なんとなんとなんと、うっ。まさか、ここまで連続して、うっ。先の快感が、うっ、引かぬうちに、うっ、新しい快感が、うっ、さしもの我も」
倒れろ倒れろ倒れろ!!
溢れてる! パンツから溢れて滴(したた)ってるからああああ!!
「【
「うっ、残り十五秒、うっ、我の番まで、うっ、堪え抜いて、うっ、みせ」
ヒギャアアアアアアアアアッ!!
お願いします、お願いします、お願いします、倒れてください!!
残り十秒きったあああああああ!!
「【
「うっ、い、かん、うっ、果てそ、うっ、だ」
倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ倒れろおおおおおお!!
「【
「うっ、ぐ、く、うっ、これ、まで、か、うっ」
ラスト三秒。
ついに、変態の体がぐらりと傾いた。
「――【
大量にあった魔力も底を尽き、最後の一滴をしぼり出すかのような一発。
心臓を突き刺すつもりで強く押すと、変態は「うっ!!」と呻き、一際大きく仰け反った。そのまま後ろへ倒れてイク。
両手足を投げ出し、ぱたりと大の字になった変態は、まるでフルマラソンを走り抜いた陸上選手のように清々しい顔をしていた。
「見事だ。よもや、一分間に三十回もイカされるとは思わなかったぞ」
「ゼハァ、ハァ、ハァ」
こ、怖かった。怖かったよぉぉぉ。
一階で十数人の男と戦った時より、何倍も怖かった。
あと五秒倒すのが遅かったら。途中で魔力が切れていたら。
想像するだけで身の毛がよだつ。
「イクイク・ケフィアか。貴様が使っていたのは、武術ではなかったのだな」
「クイック・ファイアだよ! 勝手に改名すんな!」
この変態、もう嫌だ。下半分が凄いことになってるし。
匂いが鼻に届く前に先へ進もうとすると、変態に「待て」と呼び止められた。
「名を、まだ聞いていなかった」
変態に些細な個人情報も教えたくなかったが、この変態が自分に有利な力勝負を捨ててくれたおかげで、こうして勝てたのだということを思い出した。
「リーチ・ホールライン」
「その名、魂に刻んだ。我の名はザイン・エレツィオーネだ。覚えておくがいい。近いうちに、必ずまた貴様の前に現れると約束する」
「来ないで」
「その時は、リーチに似合う花束でも持参するとしよう」
「いやだから、二度と来んなって! あともう呼び捨てかよ!」
「行くがいい。だが、我以外の男でイクことはまかりならんぞ」
変態とは会話にならない。
オレは言葉の代わりに、「いっ」と歯を見せて文句をぶつけ、変態を放置して三階へと続く階段を上がって行った。
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