第53話 それは香り漂う栗の花のように

「まるでシンデレラ城だな」


 屋敷の正面口に立ったオレは、建物を見上げてそう呟いた。

 トゲトゲした尖塔がいくつも目立ち、壁面には蛍光塗料でも塗られているのか、城全体が青白く発光している。これでバックに花火を打ち上げ、ナイトパレードをやったら、さぞかし絵になることだろう。


 とはいえ、美しいお姫様ならまだしも、このメルヘンチックな城で暮らしているのがあのクソ領主だと思うと、ひたすら苛立ちしか湧いてこない。

 ひょっこり顔でも出そうものなら、思わず石でも投げてやりたくなるだろう。


「――おやおやぁ? そんな所で何をしているんですかぁ?」


 室外に張り出したバルコニーから、今まさに思い浮かべていたカストール領主が下を覗き込むようにして顔を見せてきた。

 そしてちょうど良く、ピンポン玉サイズの手頃な石が足下に。


「えいやっ」

「うわっ、あ、危ないですねぇ! いきなり何をするんですかぁ!?」


 地面から10mくらいの高さにある的に向かって投げつけた小石は、残念ながら、バルコニーの手すりによって阻まれてしまった。


「チッ、脳天カチ割れればよかったのに」

「や、やはり魔物は野蛮ですねぇ。はて、門番はどうしたんですかぁ?」

「そんなのいなかったぞ」

「ふぅむ、どこかでサボっているんでしょうか。減俸、いや、クビですねぇ」


 正直に話して余計な警戒を与える必要はない。好きなだけ油断してろ。


「スミレナさんは無事なんだろうな?」

「その質問の仕方だと、わたしが悪者みたいじゃないですかぁ。んふふ」


 クソ野郎。自覚のある笑い方しやがって。


「もう尋問を始めたのか? という質問でしたら、お答えしましょう。んっふふ。これからですよぉ。今日はまだ夕食をとれていませんでしたのでねぇ。いろいろと忙しいんですよ、わたしぃ。あの忌々しい女には、『暇なのかしら?』ぬぁぁんて言われてしまいましたけどねぇ!」


 引くわー。根に持つ男って本当キモいな。こりゃモテそうにない。


「領主さん、アンタって独身だよな? 何歳?」

「わたしですかぁ? 三十四ですが、それがぁ?」

「スミレナさんは二十二歳だぞ。一回りも年下の女の子に言われたことにいちいち腹を立てて、嫉妬して、逆恨みして、弱みを握って、脅して、自宅に連れ込んで、何しようってんだ? 恥を知れよ」

「んふふ、言ってくれますねぇ。ですが、今のわたしはすこぶる機嫌がいいので、アナタの暴言を聞き流してあげましょう」

「流すな!」

「怒りどころか、これからのアナタを思うと、憐れみすら感じますよぉ」


 べぇ、と舌を出してくる。見下してコケにするのが楽しくて仕方ないって顔だ。


「すぐに行くからな」

「来れますかぁ? 翼を持つサキュバスのくせに、そこから飛んで来ることもできないアナタに、十数人もの男を一度に相手にできるとは思えませんけどねぇ」

「胸糞悪いつらしやがって。絶対に悔い改めさせてやる」

「悔い改める? んふふ、おかしなことを言いますねぇ。魔物が人間に罪を問うのですかぁ? それはいったい何罪が適用されるんでしょうねぇ」

「とりあえず、ウザい。これだけは確定だ」

「んふっはっは。お上手ですねぇ。そこの扉は開いていますから、ご自由に入って来てください。それではお待ちしていますよぉ。んふふふふ」


 最高に癇に障る笑みを残し、カストール領主は建物の中に消えて行った。

 スミレナさんは無事。それがわかってホッとするのも一呼吸の間に止(とど)める。

 ここからが本番だ。


「すぐに助けます」


 派手な建物だけあって、目の前の扉も立派だが、やたらと重そうだ。

 気合いを入れ直したオレは、足を前後にして踏ん張り、両開きの扉を左右に押し開いていく。かろうじて30cmほど開いた隙間に体を滑り込ませるようにして中に入ると、扉は勝手に閉じていった。


 屋内もまた、建物の外観に負けないくらい豪奢な造りになっていた。

 吹き抜けになった天井にはシャンデリアが吊られ、奥の階段へと続く廊下には赤い絨毯が敷かれている。壺や絵画などの調度品もふんだんに飾られ、高級ホテルのロビーみたいな華やかさがある。

 そして、予想どおりの熱烈歓迎。


「来た来た」「思ってた百倍イイ!」「これ食っていいのかよ」「普通に勃つわ」

「領主様、いい仕事してるぜ」「順番は守れよ」「乳でか!」「ギガンテス級か」

「若いな」「生娘だって話だぜ」「一番は俺だからな」「後ろの一番は俺だぞ!」

「童貞を捨てる時が来た」「挟めるじゃん」「見てるだけで、うっ」「便所行け」


 十一、十二、十三…………十六人か。

 揃いも揃って人相が悪い。ここは世紀末のコスプレ会場か?


 そんな連中と対峙している自分に、ふと小さな笑いが込み上げた。

 一年前だと考えられないな。

 たかだか学校の上級生数人に、怯えて何もできなかったオレが。

 屈強な野郎ども十数人を相手に、一人で殴り込みをかける日が来るなんて。


 幸いというか、侵入者が小娘一人と知ってか、ほとんどが私服に近い軽装だ。

 目的は考えたくもないが、どうやらオレを傷つけずに捕獲するつもりのようで、武器の類も携帯していない。


「オラオラ、お前ら、手ぇ出すなよ! 俺が一番だからな!」


 ずし、ずし、と重量級をアピールする歩みで一人の男が前に出てきた。

 太っているけど2m近い巨漢。綺麗に剃られた頭が悪党面に拍車をかけている。

 殴ったら、「いてえよ~!!」と言ってキレそうな感じと言えば伝わるだろうか。


「嬢ちゃん、抵抗してもいいが、大人しくした方が身のためだぜ」

「オッサン、この中で一番腕力がありそうだな」

「ぬふ。まあな、見てのとおりだ」

「こう見えて、オレも腕力には自信があるんだ」

「その細腕で? まさかとは思うが、俺と力勝負でもしようってのか?」

「ぶっちゃけ、アンタより強いと思う」

「わっはは、小娘がほざくじゃないか」


 もちろん、口から出まかせだ。

 200kg前後ってところか。四、五倍はありそうな体重差。実際のところ、オレの貧弱すぎる腕力では、この男の片腕だって持ち上がらないだろう。


「嘘だと思うなら、試してみるか?」

「いいだろう。余興に付き合ってやる。さあ、手を出せ!」


 男は乗り気になり、開いた両手をオレに差し出してきた。短絡的でありがたい。

 他の男たちは、野卑なエールを男に送って高みの見物を決め込んでいる。

 オレも男と同じように両手を開き、指を絡めて男の手を握った。


「うおっほほー!! こりゃあまた、小さくて柔らかくて可愛いお手てでちゅねえ。このまま押し倒して、ヒィヒィ鳴かしてやるよ、お・じょ・う・ちゃ~ん!」


 イラッ。


「いくぜえ! ヨーイ、ドッヒィィイィイイイ!? ――うっ」


 ムカついたので一発ではトドメを刺さず、まず【一触即発(クイック・ファイア)】〈丙〉で快感を与え、逆にみっともなく鳴かせてから〈乙〉で仕留めてやった。

 ずしぃぃん! と地響きを立てて、巨体が床に倒れ伏した。


 ギャラリーと化していた男たちは、常識で考えられない結果を目の当たりにし、一様に呆けている。このチャンスを逃しはしない。

 オレは駆けた。


「え? あれ? ――うっ」


 気絶している劣化ハ●ト様に気を取られていた野郎の側面に回り、脇腹目掛けて【一触即発クイック・ファイア】〈乙〉を叩き込んだ。

 一見すると、打撃によって気絶させたようにも見えただろう。

 意識を戦闘に切り替えられる前に、もう二、三人といきたかったが、敵も戦いを生業なりわいとしているような連中だ。対応は早かった。


「気をつけろ! こいつ、よくわからん体術を使うぞ!」


 男の一人が叫び、サッカーでもバスケでもいいけど、ゴール前のディフェンダーのように腰を落とし、飛び掛かる隙を窺ってくる。

 敵一人一人の運動スペックが、オレとは比較にならないほど高い。

 というか、オレが低すぎ。

 だからこそ、今言われたように、体術――いかにそれらしく戦うかが鍵になる。

 触れるだけで倒せるという【一触即発クイック・ファイア】の秘密は隠し通さなきゃならない。

 両手を封じられたら、オレは一巻の終わりだ。


「オラアアッ!!」


 蹴り技を警戒してくれたのか、男がオレの腰にしがみつくようにしてタックルを敢行してきた。――速い。勢い任せで飛び掛かられたら、オレでは避けられない。


……ッ」


 背中を床に打ち、左肩を押さえつけられた。


「はっはぁ! マウントを取ってやったぜ! これで俺が繰り上げ一番――うっ」

「重い。どけろ」


 舌を出して近づけてきた男の左頬を、張り倒すようにして【一触即発クイック・ファイアあ】を発動。

 今のは頭を揺すり、脳震盪を起こさせたように見えたんじゃないだろうか。


 男の股間から変な汁が染み出してくる前にマウントから這い出ると、今度はオレから獲物に向かって飛び掛かって行った。

 思ったとおり、無傷で拘束すると決めているのか、どいつもこいつも腕を広げた構えを取ってくる。オレにしてみれば、好きなところを触ってイカせてくださいと言っているようにしか見えない。


「ちょこまかと! 大人しくしやがれ! おっしゃ捕まえ――うっ」

「ま、また一撃だと!? こいつ、実はめちゃくちゃ手練てだれ――うっ」

「怯むな! こっちは十人以上いるんだ! 数で攻めれば――うっ」

「落ち着け、動きは見るからにド素人だ! 何か仕掛けが――うっ」

「ど、どうなってんだ!? 魔法でも使っているとしか思え――うっ」


 これで半分イった。

 動きっぱなしで息は上がってきたけど、貯め込みすぎた魔力が原因だった頭痛や発熱は、だいぶ治まってきたように思える。


「きょ、距離を取れ! 一度離れて陣形を整えるんだ!」


 誰かが言った。

 しかし、その言葉に従う者はいなかった。言った本人でさえもだ。


「わかっている! わかってはいるんだが、この乳揺れが――うっ」

「くそおお! どうしてもおっぱいに引き寄せられてしま――うっ」

「揺れすぎなんだよおっ! もっと近くで見たくなるじゃ――うっ」

「乳揺れのリズムで敵を翻弄する。これがサキュバス神拳――うっ」


 勝手にネーミングするんじゃねえよ。

 これで十二。残り四人。


「もう無傷で捕まえるとか言ってる場合じゃねえ!」

「挟み打ちにするぞ! 捕まえたらすぐに締め落とせ!」


 タイミングを合わせて左右から突進してくる。

 仮に一人がやられても、その間にもう一人が、という考えだろう。


 この手は使いたくなかったけど、手段は選んでいられない。

 オレはその場で右足を軸にし、くるりと一回転した。


「ムホッ!?」「純……白!?」


 ふわりとスカートがひるがえり、男たちの意識と視線を誘導した。

 ……見ちゃうんだよな。

 男なら、たとえ八十過ぎのお婆ちゃんのパンチラでも一瞬は見てしまうだろう。

 これはもう、男の本能と言える。


 そして、まだ出力の微調整はできないけど、こんなことだってできそうだ。

 オレは両腕を胸の前で交差させ、右手で左の男に、左手で右の男に。

 一触即発クイック・ファイア】を叩き込んだ。


「――うっ」「――うっ」


 やべえ。

 今の、ゼロ距離からのダブル寸勁みたいで超カッコ良かった。

 オレに寄りかかり、体をなぞっていくようにして、さらに男二人が沈黙した。


「お、おのれ、奇怪な技を!」


 そいつは集団の中でただ一人、全身フル装備だった。

 対ギリコさんに用心深く備えていたのかもしれないけど、腰が引けまくっているその態度からは、臆病だからという理由の方がしっくりくる。


「掛かって来ないのか?」

「こ、こういう場合、先に動いた方が負けなのだ!」

「あっそ。じゃあ、オレから行くな」

「ま、待ちたまえ! こちらが甲冑を装備している以上、下手に攻撃しても――」

「関係ないね」


 甲冑の胴に右手で触れ、構わず【一触即発クイック・ファイア】を発動させる。


「――うっ。……馬、鹿な……甲冑の、上から……だと……あはん」


 ガチャン、と床に甲冑のぶつかる硬い音を立て、重装兵は気を失った。

 後で掃除するのが大変そうだな、なんてことを思いながら、オレは残った最後の一人に目をやった。


「ヒ、ヒィ!!」


 戦意喪失したらしく、目が合っただけで腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。そんなに怯えられると、なんだかオレの方が悪者になった気分だ。

 つかつかと近づいていき、オレは男の額に手をかざした。


「上にもまだ兵隊はいるのか? 教えなきゃ(社会的に)死ぬほど拷問するけど」

「い、います! 二階に一人と、領主の傍に一人!」

「強いの?」

「りょ、領主の傍にいる奴は、俺らの仲間なので、ア、アナタ様が倒された連中と同じくらいですが、二階にいる奴は……」


 そこで男は口をどもらせてしまった。


「いる奴は?」

「よくわからない……です。最近入ったばかりの奴で。でも、なんかやけに強気というか、普通じゃない貫録があって……」


 中ボスかな。チ●カス領主をラスボス扱いなのは、なんかしょっぱすぎるけど。


「でも男なんだろ?」

「それは、そうですけど?」

「なら問題無いや。ありがと」

「ど、どういたしまし――うっ」


 一階制圧完了。

 もうすぐです。スミレナさん、待っていてください。

 オレは間を置かず、二階へと繋がる階段を駆け上がって行った。あ

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