第30話 ちんちん見たいな
……場違いだ。
目的地である女性衣類専門店に到着したオレは、目に痛いほど色鮮やかな外観を遠い目で見つめながら、自分の置かれている状況を客観的に分析した。
何あれ、キラキラしすぎて目が潰れそうなんですけど。
店頭に飾られたカラフルな下着類が、オレには対男用の迎撃固定砲台に見える。
男は見るな、寄るな、撃ち殺すぞ。
ディスプレイの一つ一つから、そんな警告が聞こえてくるかのようだ。
さらには、ガーディアンまで配置されている。
売り物の女性用下着を装備した半裸のマネキンだ。
店を訪れる淑女たちには「ようこそ、いらっしゃい」とでも言っているように、優しく手招きをしているが、男視点になって見てみると、「それ以上近づくのなら、命は無いと思え」と、そう言われている気がしてならない。
「いいお店でしょう?」
スミレナさんが、呆けたように口を半開きにしているオレに感想を求めてきた。
「……ここは異世界ですか?」
「リーチちゃんから見たら、どこも異世界よ」
二人してミノコの背中から降り、オレは改めて店構えを見上げた。
横長の看板には、人間の公式文字だっけ? これまたミミズがのたくったような字で、えーと、モ……モッコ…………は?
目を擦って思わず二度見したが、間違いない。
この店、【モッコリ】という名前らしい。どういうセンスだ。
「リーチちゃん、直前の確認になってしまって悪いんだけど、ここの店主さんに、リーチちゃんがサキュバスだってことを話してしまってもいいかしら? アタシの友達だし、話のわかる人であることは保証するわ」
「話しちゃうんですか? なんでです?」
「それはね、リーチちゃんのナイスバディーに合う服がなかなか無いからよ」
「や、そんな理由なら別に」
「胸の大きな人用はね、どうしても可愛くない物が多いの。胸に合わせる太って見えるしね。リーチちゃんにそんな服を着せるなんて、世界が許してもアタシが許さないわ」
この人にとってのオレって、いったいどういうポジションなんだろうか。
「オレはむしろ、可愛さとは無縁の服がいいんですけど。男物とか」
「それは却下するとして」
議論の余地すら与えてもらえないだと?
「リーチちゃんは胸の他にも、小さいけど翼が生えているじゃない? そのことも考慮しなくちゃいけないから、どうしてもオーダーメイドになるのよね。となると採寸もしないといけないから、隠しておくにも限界があるのよ」
「あー、なるほど……。すみません、面倒をかけてしまって……」
「いいのよ。その代わり、可愛くない服なんて認めないから。ズボンなんて、絶対ありえないから。そう、絶対に」
有無を言わせぬ迫力に、イエス以外の選択肢は許されなかった。
「日常生活に関わることなら、なおさら味方は多いに越したことはないしね。先にサキュバスのことを軽く説明してくるから、リーチちゃんは少しの間、ここでペペと遊んでいてくれる?」
「ペペ?」
「このお店の用心棒さんよ」
スミレナさんが指差した方に目をやると、マネキンの足下で毛むくじゃらの何かがもそりと動いた。それは茶、白、黒の入り混じった毛並をしており、胴長短足のコーギーに似た犬だった。
「番犬ですか」
「男子禁制のお店だからね。男が近づけば噛みつくの。ペペは雄だけど」
「え、オレ、店に入って大丈夫なんですか?」
「どうして?」
「動物の本能的な何かで、オレの中身が男だって察知されたりとか。他にも内面から滲み出る男らしさっていうのか、そういうのを感じて吠えられたり」
「あははははは(爆笑)。なんの心配もいらないわ。リーチちゃんの可愛さなら、どんな動物であろうとも雄なら腰を振るから。自信を持って」
こんなに嬉しくない賛辞は初めてだ。あと、振るのは尻尾ですよね?
オレは不満に口を尖らせながら、ペペに向かって手を伸ばし、掌を上に向けた。
「ちっちっ」
舌を鳴らして呼んでみると、ピクッ、とペペが身じろぎした。
「ラップイヤーという種族で、とても賢いの。人の言葉を喋ることはできないけど、こっちの言葉をある程度理解していると言われているわ」
マネキンの陰から出てきたペペは、それはそれは愛らしい顔立ちだった。
だけど、何より特徴的なのは耳だろう。
ウサギよりも長い。垂れた耳は地面に届きそうで、まるで六本足の生き物のようだ。
「ヨーン。ヨーン」
変わった鳴き声だな。ペペが傍に寄って来たので手を差し出すと、ぺろりと舐めてくれた。
「あは、カワイイですね。癒されるなー」
「そうね、最高だわ。美少女と動物が戯れる様って、どうしてこんなにも芸術的なのかしら。道行く人たちも足を止めて見入っているわよ。リーチちゃん、目線をこっちにお願いできる? そうそう、もう少し屈んで、谷間を見せつける感じで」
癒されるどころか、HPが減り始めたんですけど。
「お手」「ヨン」
試しにと思って命令してみたけど、上手な〝お手〟が返ってきた。
「おかわり」「ヨー」
おお、これもできるのか。
「伏せ」「ヨゥ」
短い足を畳み、地面に胸と顎をぴったりとつけてみせた。
本当に賢いなあ。それに面白い。芸の種類と名称は、向こうとこっちの世界で共通なのか。
それなら、あの芸もできるかな。
「ペペ、ちんちん」「ヨッ!?」
命令を出した瞬間、ペペが硬直した。難易度が高かったかな。
「ちんちん、ぺぺのちんちん見たいなー。んー、これは無理そう? ちんちーん」
その場にしゃがみ込み、根気よく命令を出し続けてみるが、ペペはチワワみたいにぷるぷる小刻みにぷるぷる震えるだけで、後ろ足立ちをする気配は無い。
「リ、リーチちゃん? こんな人通りの多い所で何を言っているの?」
「え? ああ、もしかして〝ちんちん〟って無いんですか?」
「ちんちんは付いているわ。ペペは雄だもの」
「そうじゃなく! 芸としての〝ちんちん〟は存在しないのかって意味です!」
「ちんちん芸? それって、公衆の面前で披露していいものなの?」
「前足を上げて後ろ足だけで立つ芸のことですから!」
「ちんちんを見せる芸なの? じゃあ、雌だと〝まんまん〟になるの?」
「……言おう言おうと思っていたんですけど、スミレナさんは下品すぎます」
ホントお願いしますから、これ以上、理想のお姉さん像から離れて行かないでください。
「ごめんなさい。言われてみれば、そうよね」
「まあ、わかっていただければ……」
「女の子の場合は、〝おちんちん〟ではなくて、〝おまんまん〟になりますの?」
「口調の問題ではなく、もっと根本的なところをですね!」
「それよりも、スカートでそんな風に足を開いてしゃがみ込んだら見えちゃうわよ?」
「見えるって何が――……あ、パンツか」
「まだ穿いてないでしょ」
「うあっとおおおおおおおおおおおおおお!?」
オレは跳ね起き、内股になってスカートを握り締めた。
「ふふ、色気の無い悲鳴ねえ。そこは、キャアって言うところよ? ペペ目線だと、さぞかし凄いものが見えていたでしょうねえ」
「うぐぐぐ……」
これだからスカートってやつぁ……。迂闊だった自分に腹を立てていると、ペペが痙攣したように、ビクッ、ビクンッ、とおかしな震え方をしていることに気がついた。
「ヨ……ヨ……ウッ」
「ペ、ペペ、どうしたんだ!?」
訳のわからない芸を強要しすぎたせいで、気分が悪くなったんだろうか。
「病院に! 近くに動物病院はあるんですか!?」
「待って、リーチちゃん! 落ち着いて、先にステータスを確認するのよ!」
「ステータス!? どうしてこんな時に!?」
一刻を争う事態かもしれないのに、スミレナさんは「いいから」と言ってくる。
焦燥に駆られながら、オレは言われたとおり、視界にステータスを表示させた。
「……あれ?」
レベルの項目が、なんか変だ。バグってる。
レベル2(1/2)
さっき酒場で見た時は(0/2)だったのに。
なんで? なんで(1/2)に経験値が増えてるの?
「驚いたわ。対象に触れることなく、視覚と言葉責めだけで。リーチちゃん、恐ろしい子」
スミレナさんが、オレを称えるように言って、ごくりと息を呑んだ。
え、何?
つまり、ええと? ペペのこれって…………そういう状態なの?
「それじゃ、行ってくるから、少し待っていてね」
「…………行って……らっしゃい」
スミレナさんが店に入って行くのを見送った後、オレはペペに視線を戻した。
ペペは、この数秒で急速に波が引いたように落ち着きを取り戻しており、気まずそうに後ろを向いていた。本当に賢い犬だ。別の意味でも賢者だ。
その背にオレは声をかけることなく、脱力してミノコの腹にしなだれかかった。
「ンモォ」
ドンマイ、と珍しく、ミノコが優しく慰めてくれたのが胸に染み渡った。
それでも店に入る前から、早くもオレのHPはレッドゾーンに突入していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます