第31話 怪しい者じゃありません
「スミレナさん、まだかな」
番犬として、あっさり果ててしまったことを自己嫌悪しているのか、ペペが長耳をぐったり地面に落としている。今度はそんなペペに、「気にしなさんな。若い証拠じゃないか」と、生後二日目のミノコがフォローを入れた。
その様子を横目に見やりながら、手持無沙汰になったオレは、またなんとなくステータスを開いてみた。昨日は疲れて寝てしまったから検証する暇が無かったけど、
特能:一触即発
これ。特能が発現していること自体、非常にレアだとエリムは言っていた。
爆破系の能力ではないかとも予想していたな。
漫画やアニメを繙いてみれば、爆破系スキルというのは数ある能力の中でも相当強力な部類に入ると言えるだろう。異能バトルだと、爆破系能力者は必ずと言っていいほど出てくるし。
オレの能力は、名称から察するに、触れることで発動するものと思われる。
触れた物を爆破。もしくは爆弾に変えるとか?
なんて超攻撃的な特能だ。想像すると、試したくてうずうずしてしまう。
こんな大通りで試すわけにはいかないけど、まあ、素振りくらいなら。
念のため、人のいない方へ向けてオレは掌をかざした。
「ハッ!」
続けて、空からの敵襲来を想定して頭上へ。
「ていッ!」
さらに、背後に迫り来る敵へ反転してカウンター。
「そこだッ!」
うおお、いい感じじゃん。黒煙を立ち昇らせる爆破エフェクトをイメージし、オレは自分の立ち振る舞いに満足した。気が早いけど、キメ台詞とか考えておくべき?
「オレに触れると爆発するぜ」
なんてな!
よし、キメポーズも考えよう。
キラー●イーンとか参考にしちゃう? しちゃいます?
オレのテンションは、天井知らずで上がっていった。
そう、浮かれすぎていたのだ。周りが目に入らないほどに。
いつからそこにいたのか、じーっと、スミレナさんがオレを見つめていた。
「あ、気にせず続けて?」
「…………いえ。……もう、十分堪能しました」
「今のって、必殺技の練習? やっぱり中身は男の子なのねえ」
「どうか忘れていただけると!」
恥ずかしさで死ねる。穴を掘ってでも隠れたい。
赤熱しているであろう顔を背けながら、オレはさっさと話題を変えるつもりで、「お店の人と話はついたんですか?」と尋ねた。
「んー、まあ、とにかく中に入りましょう」
スミレナさんにしては、歯切れの悪い返事だった。
さすがにミノコは大きすぎて入れないので、ここでペペと世間話でもして待っていてもらうことにした。
分厚いガラスでできた扉を引いたスミレナさんが、先に入店した。その後ろを、おっかなビックリついて行く。ただの買い物だとは思えない緊張感がある。
開け放たれた扉を引き継いだオレは、暗い洞窟の中にいる猛獣に気づかれまいとするように、息を潜め、音が立たないよう静かに閉じた。
その瞬間だった。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ。
目覚ましのアラームみたいな音が、けたたましく店内に鳴り響いた。
「へ? え?」
「リーチちゃん、まさかアナタ……入国許可証を持っていないの!?」
「入国許可証? なんですか、それ」
「なんですかって、嘘……嘘でしょ」
状況は全く飲み込めないけど、スミレナさんの剣幕からして、ただごとではない事態が起きているということだけはわかる。
「許可証は、人間以外の種族が町や王都で活動するために、絶対必要なものなの! これを持たずに町に入ったら、たとえ魔物でなくても処罰を受けてしまうわ!」
「え、えええ、聞いてないんですけど!?」
エリムだって、そんなことは一言も。
「お店によっては、ちゃんと許可証を所持しているかどうか、感知する結界が張られていたりするの! なんてこと。てっきり、転生して来た時、一緒に持たされていたものだとばかり……」
「これ、どうなるんですか!? どうなっちゃうんですか!?」
「すぐにでも警備兵が駆けつけて来て拘束されるわ! ああ、どうしましょう! リーチちゃんが、サキュバスだってバレてしまう! もし、そのまま王都に連れて行かれでもしたら……あああっ」
わっ、と泣き出すように、スミレナさんが自分の顔を両手で覆った。
入国許可証を持っておらず、しかも、それが魔物であるとなれば、いったいどれほど重い罰を受けることになるんだ?
最悪、殺されたり……なんて。
少し想像しただけで、目に涙が浮かんできた。
「逃げられないんですか!?」
「もう無理よ! 間に合わない!」
「そ、そんな……。なんでもいいです! 何か手はありませんか!?」
藁にもすがる思いでスミレナさんに泣きついていると、カタ、と音がし、物陰に何者かの気配を感じた。オレの焦りはピークに達する。
「リーチちゃん、こうなったら、一か八か、リーチちゃんに危険は無いってことを伝えるしかないわ!」
「どうやってです!? 話しただけでわかってもらえるんですか!?」
背後から足音が近づいてくる。恐ろしくて、オレは振り返ることさえできない。
「よく思い出して! アタシがリーチちゃんを信用した時のことを!」
スミレナさんが、オレを信用してくれた時のこと!?
――て、あれか? もしかしなくても、あれのことか!?
いや……でも……くそッ、迷っている暇は無い。
ええい、今はスミレナさんを信じろ!!
オレは羞恥心をかなぐり捨て、ワンピースの裾を両手で握り締めた。
いいぜ、やってやるよ。
オレの生き様、そして覚悟をとくと見さらせ!!
「オレは……怪しい者じゃありませえええええん!!」
振り向きざま、オレは大声で叫びながら盛大にスカートを自分で捲り上げた。
もちろん、ノーパン状態で。
ここまで矛盾した台詞と行動を、オレは他に知らない。
怪しい者じゃないと自分で言っておきながら、この行為に怪しさ以外の何があるというのだろうか。今のオレは、紛れもなく変質者だと断言できる。
「やー、たまげたわー」
平坦な声でそう言ったのは、赤茶色の髪をショートにした若い女性だった。
ほとんど人間と変わらない姿をしているけど、よく見れば、犬っぽい形の耳と、お尻にもそれらしい尻尾がついている。
そんな彼女が、得心がいったように頷た。
「うん、信じた信じた。サキュバスや言うから疑ってかかりはしたけど、スミレナの言うとおり、どう見てもこの子はシロやわ。下は金色やけどな」
異世界でありながら、彼女の口調は関西弁に酷似していた。
それより、あれ? なんかこの空気、おかしくない? おかしいよね?
「騙すようなことしてごめんなあ。でもほんま、もう全然疑ってへんから。せやけもうええで。はよスカート下ろし。風邪引くよってな」
オレは言われるままに、持ち上げていたワンピースの裾から手を放した。
次いで、ギ、ギギ、と錆びついた機械人形のように首を動かし、これはいったいどういうことだという目を後ろに向けた。そこでは――、
「リーチちゃん……アナタという子は……。なんて……なんてアホ可愛いの……。完璧よ……。完璧だったわ」
感動に打ち震えるスミレナさんが、不名誉極まりない賞賛を拍手で送っていた。
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