第2話 転生の決め手は〇ーメンでした

 その日の夕方、オレは友人の新垣あらがき拓斗たくとと二人で、早めの夕飯を食べに天下逸品へ来ていた。言わずと知れた、ラーメン業界を代表するチェーン店だ。



「ストップ! 記憶映像一時停止!」

「いきなりですか。自分のモノローグにケチをつけてどうするんです?」

「拓斗! 拓斗!」

「ああ、ご友人ですか。実在したとは驚きです。エア友達ではなかったのですね」

「それはもういいですから! ああぁあぁぁ、そうだよ、一緒に飯食ってたんだ。オレが死んだ時、あいつもいたんですけど、事故に巻き込まれなかったんですか!? 無事なんですか!?」

「ご友人の安否ですか。少々お待ちを」


 拓斗……頼む、無事でいてくれ。

 その祈りが届いたのか、ややあって。


「ああ、存命されていますね」

「ほ、本当ですか!?」

「いくら私でも、ここで悪趣味な冗談は言いませんよ」

「よ、か……たぁ……」


 安心しすぎて涙が出てきた。泣き虫は、死んでも治らないんだな。


「拓斗は、小学校から付き合いのある、オレの唯一と言っていい友達なんです」


 強く、雄々しく、頼もしく。

 オレにとって拓斗は、日曜朝にやっている女児向けアニメからもじってきたようなキャッチコピーが、ピタリと当てはまる存在だった。

 とりわけ正義感に溢れているといったことはない。ただ、頼られたら誰にだって手を差し伸べるし、自分の目の届く範囲で筋の通らないことは許さない。ラノベの主人公にしたいタイプとでもいうのか、とにかくそんな奴だ。


 対してオレは、弱く、女々しく、情けなく。

 例えるなら、未来から猫型ロボットがやって来ることもなく、特に目立った成長を遂げないまま高校生になった某少年を想像してみてほしい。チビで、泣き虫で、引っ込み思案な冴えない奴。それがオレ。


 拓斗と友達になったのは、家が近所だったとか、好きな漫画が同じだったとか、そんな些細なきっかけからだった。性格は全然違うのに、何故か馬が合った。

 あいつがいてくれなかったら、オレは小中学校で間違いなくイジメに遭っていただろう。そうならないよう、いつも庇ってくれていた。


「そこまでご友人のことを気にかけられるなんて、優しいんですね」

「や、そんな」


 女性に優しいなんて言われると、たとえ相手が変態であっても照れてしまう。


「拓斗はオレのヒーローというか、憧れなんです。昔から何をするにもトロくさいオレをいつも助けてくれて。恥ずかしくて本人には言えないですけど、すごく感謝してるんです。だから、あいつだけでも無事でいてくれて、本当によかったです。もう会えないのは……さびしいですけどね」

「そうなんですか。ただまあ、存命されているとは言っても、ご友人も事故に巻き込まれていますよ。全身強打で意識不明の重体だそうです。手の施しようがなく、助かる見込みもないそうなので、そう遠くないうちに亡くなられる予定と書かれていますね。ぶっちゃけ、遅いか早いかの違いしかありませんよ」

「アンタはもうちょっと言葉を選ぼうか!」

「運が良ければウチの課に送られてくるかもしれないですね。とりあえず、時間がもったいないので、さっさと記憶映像の続きを再生しましょう」

「拓斗……ふおぉぉ。拓斗ぉぉぉ……」



 拓斗と二人で店の扉をくぐると、中華独特の、むわっとした熱気と共に、食欲をそそる鶏がらの香りが出迎えてくれた。


利一りいちが外に出てくれるのは嬉しいけど、その度に同じ店ってのはどうなンだ?」

「だって美味いじゃん」

「いくら美味くても、さすがに週一で来ようとは思わねェよ」

「申し訳ないとは思ってる」

「なら誠意を示してくれ。ここの払いは任せた」


 なけなしの小遣いで奢りは無理なので、せめてもの詫びとして水を注いでやる。

 慣れたもので、オレはメニューを見るまでもなく注文を済ませた。

 こってりスープのラーメン並に、味付け煮卵載せ。あと焼き餃子。

 拓斗もこってりスープだが、こちらはラーメン大に、豚バラチャーシュー載せ。加えて、餃子とチャーハンと唐揚げも頼む。


「つーか、なんで毎週のように、男と二人で飯食ってンだかな」

「不満なら彼女でも作れば?」


 オレがそう返すと、拓斗は大げさに肩を竦めた。


「作れるもンなら作りてェよ。なァ、俺ってイケてるよな?」

「自分で言うなよ。まあ、中の上くらいはあるんじゃない?」

「控えめに見ても上の下くらいあるって。ハ~ァ、なんで彼女ができねェのかね」

「ガツガツしすぎとか? そういうの、女子は引くんだろ」

「俺は普通。オマエが枯れてンだよ」


 誰がジジイだ。人並みには興味あるっての。


「利一は性欲より、食欲って感じだよなァ」

「オレの倍は食う奴に言われてもな。拓斗って間食もスゲーしてるじゃん? 食う量も回数も多いくせに、なんでそれでデブらないんだ?」

「誰かさんと違って、俺は育ち盛りだからな。全部身長と筋肉になってンだよ」

「人の成長を勝手に止めんなし。オレだって、まだまだ大きくなる予定だっての。そのうち拓斗も抜いてやるから覚悟してろよ。……15センチ差はでかいけど」


 そんな遣り取りをしているうちに、注文したものが運ばれてきた。

 箸をつける前に、まずは鼻でいっぱいに湯気を吸い込み、香りを楽しむ。


「ん~、いい匂い。やっぱここに来たら、あっさりより、こってりスープだよな」

「とんこつじゃなくて、鶏がらを使ってるンだっけか?」

「そうそう。見ろよ、このスープ。濃くてとろっとろ。うは~~~~。これがまたよく麺に絡み合うんだよな。知ってるか? このとろとろ感って、脂じゃなくて、鶏の出汁と野菜のポタージュで作ってるらしいぞ」

「はいはい。ウンチクはイイから、冷めないうちに食おうぜ」


 割り箸を指に挟んで手を合わせ、二人していただきますと声を揃えた。


「んま~~~~。んま~~~~。拓斗も、早く食えっへ」

「食ってるって。口に入れたまま喋ンなよ。行儀悪いぞ」


 染み染みになった煮卵を箸で半分に割り、ぱくりと口に放り込む。とろりとした黄身とスープが混ざり合って広がる味は、もう最強と呼ぶしかない。


「それにしても濃いな。カルボナーラでも食ってるみてェだ。でも利一みたいに、この濃さが病みつきになる奴も出てくるわけか」

「麺だってスープに負けてないぞ。やわらかめの方がスープを絡めやすいとかって言う人もいるけど、オレはこれくらい太くて硬めの方が、つるつるしこしこの食感が味わえて好みだな」

「好きなのは見てりゃわかるよ。ホント美味そうに食うよな」

「だって実際美味いんだもんよ。オレ、天下逸品の濃厚ラーメンなら、三度の飯にしてもいいかも!」



 我ながら、そのまま遺影にできそうな顔をアップにして、記憶映像は終了した。


「え、ここで終わりですか?」

「なるほど。これは言い逃れできませんね」

「どこが!? 普通のグルメリポートでしたよ!?」

「何を言っているんです? 卑猥なワードのオンパレードだったじゃありませんか。量も回数も多いとか、感触が凄いとか、性徴して大きくなるとか、抜いてやるから覚悟しろとか、15センチはでかいとか、濃くてとろとろとか、絡み合うとか、太くて硬いつるつるしこしこの触感が好みだとか、あまつさえ、最高の笑顔で三度の飯にしたいくらい濃厚ザー●ン好きを宣言してしまったんですから。ここまでくるとサキュバス以外の何者でもありませんよ」

「ラアァァメンだよ!!」


 どう聞いたら、ラーメンとザー……を間違えるんだ!?


「どうやら、多少の食い違いがあったようですね。食べ物の話だけに」

「片方は明らかに食べ物じゃないですけどね!?」

「当方の職員たちは全員アナタの暮らしていた世界とは別世界の住人なのですから知識に偏りが出てくるのも、ある程度仕方のないことです。なので、このラーメンという食べ物について把握していなかったのは無理からぬこと。私を含め、アナタの世界事情にそこまで精通しているわけではないです。ところで、精通していないのにザー●ンの話をするというのも面白いですね」

「そのシワ寄せが、全部丸ごとオレ一人に来てるんですけど!?」

「残念ですが、既に新しい肉体が用意されているので変更は不可能です。再度発注かけて作り直すとか、そんな無駄な予算はありません。あとはアナタの了承を得て手続き完了です」


 発狂しそう。


「でもご安心を。ただ異世界へ飛ばされるだけじゃありません。実は転生者には、もれなく特別な力が授けられるんです」

「特別な力?」

「はい。異世界転生といったら、チートで無双。これは常識ですよ」


 どこの常識? 少なくとも、オレの地元にはありませんでしたけど。

 転生の目的は悔いの残らない人生をやり直させることなので、ある程度の待遇は期待してくれていいと女性職員は続けた。


「そうなん……ですか。でもチートって、具体的には?」

「基本的には、転生した種族が本来持っている能力を、最大まで高めて再スタートすることになりますね。人間に転生された方の中には、勇者になって魔王と戦い、英雄と崇められた人も過去にいらっしゃいましたよ」

「お、おお。それはカッコイイですね」

「ですが、これも賛否両論なんです」

「どうしてです? 素敵な特典だと思いましたけど」

「ほら、チート能力なんて持っちゃうと、大抵調子に乗るじゃないですか。自分は選ばれし者だーとか勘違いして、ドラゴンの巣穴に飛び込んで行ったりする馬鹿な自殺志願者が出てきたりするんですよ。ここだけの話なんですけど、転生した人が一年後まで生き残っている確率って、一割切ってるんですよね」

「九割方死んでるってことですか!?」

「そういった事例が多く、アナタがこれから転生する異世界には、今のところ他に転生者はいらっしゃいません。皆死んじゃったので。アナタも、くれぐれも調子に乗りすぎないよう気をつけてくださいね」


 上がりかけたテンションが、一気に氷点下まで下がった。


「そう考えると、サキュバスは戦闘に長けた種族でもないので、そんな事態に陥る心配はないかもしれませんね。やはりサキュバスはオススメです」

「……参考までに、サキュバスをチートにすると、どんな感じになるんですか?」

「但し書きには、あらゆる種族の男性を魅了できるようになるとあります。世界中の男性を性奴隷にし、逆ハーレム王国を築くことも可能かもしれませんよ。なんて羨ましい能力でしょう。代わってほしいくらいです」

「代わってくれるなら喜んで代わったるわああああああああ!!」


 職員への不満とか、転生の待遇とか、全部一つにまとめてオレは絶叫した。

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