サキュバスに転生したのでミルクをしぼります
木野裕喜
第1話 適性種族はサキュバスです
「アナタの適性種族は【サキュバス】です」
「……意味わかんないんですけど」
他に答えようがなかった。サキュバス? 動物占い的な何かか?
それより、ここどこだ?
気づいた時には、市役所の窓口みたいな場所に座らされていた。
カウンターを挟んだ先に、オレと向かい合って座る事務職員風の女性が一人。
二十代後半といったところか。理知的な雰囲気のある眼鏡美人さんだ。
「混乱されていますね。ご自分の氏名、年齢、職業は言えますか?」
状況が飲み込めないオレは、とりあえず相手に従い、様子を窺うことにした。
「……
「一応とは?」
「今はその、自主的に休学中といいますか」
「ああ、引きこもりですか。見るからにイジメられっ子オーラ出てますよね」
「ひ、引きこもってたわけじゃ! 週一くらいで友人と外出もしてましたし!」
「友人? バーチャル世界の話ですか?」
「リアルのだし!」
「意識混濁の有無を確認しているだけですので、そんな悲しい嘘をついていただかなくても結構ですよ?」
「噓じゃないしッッ!!」
「それはどうでもいいとして、受け答えはしっかりとできていらっしゃいますね。亡くなられたことにも、そろそろ気づいていただきたいのですが」
「どうでもいいって、自分から訊いたくせ――」
…………なんて?
「報告書を拝見いたしましたところ、アナタは一週間ぶりに外出。飲食店で食事をされていた際、店内に突っ込んで来た暴走車に巻き込まれて即死、とありますね。お悔やみ申し上げます」
オレの顔写真が貼られた履歴書みたいな物に目を落として言う彼女の口振りは、どこまでも事務的だった。この手のことに慣れている感じだ。
「オレが、暴走車に……」
死因を告げられて、なんとなく思い出してきた。
今もかすかに、鼓膜が痺れたみたいに耳鳴りが残っている。
何かが爆発したような轟音を聞いた。
そしたら店の壁を、白いトラックが突き破ってきた。
相席を許可した覚えもないのに、トラックは真っ直ぐオレの席へ――――……
ああ、死んだ。
あれは、間違いなく死んでいる。
「……オレ……死んだのか」
受け入れがたい現実に納得するため、あえて言葉にした。
「……順を追って質問させてもらっていいですか?」
「構いませんが、あと五分で閉庁ですので、できるだけ手短にお願いします」
カウンターの上にデジタルの時計が置かれている。【16:55】とあった。
「まず、ここはどこですか?」
「見てわかりませんか? 死役所転生支援課です」
そう言って、女性は頭上を指差した。
【転生支援課窓口】と書かれたプラカードが吊られている。
重ねて「何をするところですか?」と尋ねると、面倒臭そうに舌打ちをされた。
オレが言うのもなんだけど、社会人がその態度はダメだろ。
「アナタは現在、魂だけの状態にあります。ここでは肉体を失った魂に新しい肉体を与えて人生の続きをやり直していただくサポートをしています」
それを転生と呼ぶらしい。
女性職員が言うには、転生とは、主に第三者による殺害といった不条理で、不幸にも生涯を終えてしまった者への救済措置なのだという。具体的には人生の続きを別の場所で満喫させ、心置きなく成仏させることを目的にしているのだとか。
とはいえ、この条件でも該当する人は大勢いるから、転生させる魂はランダムで選んでいるそうだ。オレはまだ運が良かったってことだろうか。
「人生の続きというと?」
「言葉どおり続きです。新生児からではなく、アナタの場合ですと、十七歳相当の別個体に、生前の記憶をそのまま引き継いだ状態で生まれ変わり、その上で余生を過ごしていただきます」
「別の場所というのは?」
「異世界です。アナタの世界には戸籍というものがありますから、存在しなかった人間が突然現れたらいろいろとややこしいことになりますので」
異世界。漫画や小説では聞き慣れた単語だけど、本当にあるんだ……。
「他に質問はありますか?」
「あ、あります! 適性 がサキュバスって、まさかサキュバスに転生させられるんですか!?」
「ええ。適性はこちらが判断し、故人に種族選択の自由は与えられていません」
いや、いやいや、待って待って。そうだとしてもだ。
「サキュバスって確か、淫魔ってやつですよね?」
「夢魔とも呼ばれます」
「でもって、オレの記憶違いじゃなければ…………女、じゃなかったです?」
「女性体ですね。男性体の淫魔はインキュバスといいます」
「多少ひょろっちいかもですけど、見てのとおり、オレ、男なんですよ?」
「多少(笑)。そこを取り違えてはいません。これは非常に珍しいケースですね。一般的には転生後の生活に支障が出ないよう、男性は男性として転生させます」
だったら、どうしてオレの適性がサキュバスなんてことに……。
「潜在的に、男色の気があったのでしょうか」
「ノーマルですよ! ちゃんと女の子が好きです!」
「二次元のですか?」
この人、さっきからちょいちょい、オレに何か恨みでもあるのか?
「適性として選ばれた以上、よほどの理由があるはずなのですが」
「思い浮かばないですよ。男に転生するのが普通だっていうなら、インキュバスにしてください。インキュバスなら文句をつけたりしませんから」
「インキュバス推しですか? まあ、気持ちはわかりますよ。自宅警備に忙しくて出会いが無く、童貞のまま死んでしまった無念を、インキュバスに転生して女性とヤりまくることで晴らしたいのですよね。涙ぐましいです」
「決めつけ! どうせなら、イケメンに生まれ変わりたいって思っただけです!」
別に童貞だったことを悲観したりはしていない。
三十代ならともかく、オレまだ十七だぞ。
「どうもアナタは、それほど性欲が強くないようですね。だとすると、適性種族に淫魔が選ばれたのは不思議です。サキュバスにしろ、インキュバスにしろ、性欲の強さは絶対条件だったはずですから」
首を傾げる女性職員に、オレは何度も「サキュバスだけは勘弁してください」と懇願した。
「サキュバスでは不満なのですか?」
「当たり前ですよ! だって、サキュバスって……男の……その、エネルギー的なアレを……いやらしいことをして吸い取ったりするんじゃ……」
「セックスや、それに準ずる行為で得られる男性の精気が主食です」
「言葉を濁した配慮を汲み取っていただけませんかね!」
「表現を変えたところで、精気でも性器でも精液でも大差ありません。相手の男性が干からびない程度にしぼり取って、ゴックンしちゃってください」
女性相手にこんなこと思いたくないけど、ドン引きだ……。
「大切なことです。これを摂取しなければ、サキュバスは生きていけませんから。まさしくアナタにとって、生死を分けることなんです。精子だけに」
「一言多いってよく言われません!? それなら、なおのこと変更してください! 十七年間男として生きてきたオレが、そんなの口にできるわけないでしょうが!」
「下の口からでも構いませんが」
おかしいな。オレの知る限り、口って上にしかなかったはずだけど。
「ああ、男性の場合は、口よりも、門の方が馴染み深いですよね。そちらからでも摂取は可能なんですが、女性の場合、他にも子宮口というものがありまして」
「説明不要オオォ! あと馴染み深くもない! 男とそんなことをするくらいなら死んだ方がマシだ!」
「いやもう死んでいますって。あと、もう少しお静かに願います」
言われて周りを見渡すと、何事だと他の職員さんや窓口から注目を集めていた。
「……それくらい嫌なんです。いっそ、このまま成仏できないんですか?」
「天国行きを希望されているのでしたら、難しいですね。生前、親に迷惑をかけていた自覚はおありでしょう? 素直に転生した方がいいですよ」
「でも……。くそ、どうすりゃいいんだ」
「強情ですね。私はわりと好きですよ? しぼり取るのも、ゴックンするのも」
切実に願う。誰か助けて。
「固まって、どうされました? もしかして、今の会話で固まりましたか?」
なんで二回言った?
「………………職員さんも、サキュバスだったんですか?」
「私ですか? 私は天界人ですが、異世界人という括りで考えていただいても支障ありませんよ。肉体的には人間と大差ないですし」
「それなら、どうして」
「どうして、ですか。この気持ちに、理由なんていらないと思います。気づいたら好きになっていた。そういうことってあるじゃないですか」
「恋心を自覚した乙女みたいな台詞と表情で言わないでください!」
「とにかくこのままでは埒が明きませんね。カルテによりますと、サキュバスへの適性アリと判断されたのは、今際(いまわ)に残した言葉がきっかけだったとありますので、事故直前の記憶映像を観てみましょう。いったいどんな言葉だったんでしょうね。お●んぽしゅきしゅきいいいいい!! とか叫んだりしたんでしょうか」
もはや痴女であることは疑いようがない職員が、窓口に置かれていたタブレットを操作し始めた。
ありえない。ありえないぞ。
オレの適性がサキュバスだなんて、絶ッッッ対に何かの間違いだ。
「それではご覧ください。記憶映像スタート――」
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