クロックワーク・ブロックハーツ
流沢藍蓮
1st Story 機械が心を持ったなら
1-1 歯車仕掛けの機械人形
「ちょっとおつかいに行ってくれるかな」
「はい、マスター」
がしゃんがしゃん。歯車の音を立てながらも、ツァーリは頷き、とことこと歩き出す。
ツァーリは人間ではない。金属で出来たボディ、歯車仕掛けの身体。それなのに身体の中を流れるのはマスター――天才技術者リリヤの作った特殊な燃料で、それを動力源に動く全長50センチ程度の機械人形。それが彼、ツァーリの正体である。
彼の主、リリヤは大の人間嫌いだ。毎日の買い物はいつもツァーリがする。しかしツァーリの小さい身体では持ち運べる物の大きさも限界があるから、大きい物の運搬には他のロボットを使うらしい。
天才技術者リリヤは人間嫌いだ。その素晴らしすぎる才能があだとなって最悪の裏切りを経験したと本人は語る。人間嫌いはその日から始まったそうなのだが、生憎とツァーリはその時代を知らないし、主の情報にも興味がなかった。
「買うものは、あのお店でしか売っていない特殊なネジ」
プログラミングされた情報を呟き再確認、いざ、リリヤの嫌う町へ。出発だ。
◇
リリヤがよく利用する店、ジャンク屋TODOの看板を目指して歩く。寂れ切ったこの町ヴィエラを、歩いている人間は少ない。人間は自立歩行する機械人形を見ても何とも思わない。誰も他人に興味を持たない。
そんな町で、生きてきた。そんな町で、生きている。機械のツァーリはそんな町でも特に問題なく暮らしているが、そんな町でたった一人で暮らしているリリヤはおかしくはならないのだろうか。実際、リリヤもどこか精神を病んでいる節があるが、それはこの町のせいだけではないらしい。その前にあった事件でリリヤの何かが徹底的に壊されて、それでリリヤはおかしくなってしまったらしい。
もくもくと煙を吐きだす煙突、トンテンカンと金槌の音。今日もジャンク屋TODOは元気よく営業中だ。金槌の音は持ち込まれたジャンクを修理している音だろう。
そこへ歯車の音を響かせながらもツァーリが通りかかる。金槌の音をマイクに拾い、音のする方へ向かってみると、開かれた工房の扉の奥で、若い男が金槌を金床に置いてある何かに叩きつけているところだった。金床にある何かは真っ赤に燃えて、ちょうど男が鍛冶仕事をしていたことがわかる。仕事の邪魔をするのは悪い、とリリヤに覚えこまされたプログラムが働き、ツァーリはしばしその様を傍観することにした。
ジャンク屋TODOの主、
やがて金槌の音が終わり、数回の作業を済ませると修也はおもむろに完成品を台の上に置き、入口から覗きこんでいたツァーリの方を見た。
「よぅ。待たせたな、機械の坊ちゃん。いつものアレか? あのネジか?」
はい、そうです、とツァーリは頷いた。オーケイ、ちょっと待っててくれよと修也はツァーリに声を掛け、工房から飛び出してどこかへ消えていった。工房ではなく、倉庫の方にでも行ったのだろうか。用途の少ない特殊なネジなので、普段使う場所には置いていないのだろう。
しばらくして、やや困った顔で修也が出てきた。
「悪い、品切れだ。そう簡単に仕入れるモンじゃないからな。リリヤのにーさんには少し待ってくれって言っておいてくれるか。ったく、親父ったら。お得意様の使うモンくらい常備しとけよって……ああ、済まない。こっちの話だ」
話を聞く限り、頼まれた品はないらしい。
そうですか、とツァーリは頷き、ありがとうございましたと礼をした。
あ、お詫びと言っては何だが、と修也は困ったように頭を掻きながら、小さな箱を差し出した。透明なプラスチックケースの中に入っている小さな金属は……。
「ネジ、ですか?」
「そ。頼まれたヤツじゃないけどこっちもよく使うだろ。代金はナシでいーよ。お詫びの証だ、持ってけよ」
いいえ、とツァーリは首を振る。
「それを持っていくことは、指示されておりませんので」
「いーから持ってけって。リリヤのにーさんも嫌な顔はしないと思うし」
「それを持っていくことは、指示されておりませんので」
「……そーかよ」
頑ななツァーリに呆れた表情を見せながらも、修也はぽつりと呟いた。
「いくら人間っぽい心を与えられていたって、機械は機械なんだよなぁ……」
それは少し残念そうでもあったが、
「それを持っていくことは、指示されておりませんので」
「わぁーったよ」
あくまでも同じことを繰り返すツァーリ。
修也は溜め息をついた。
「じゃ、リリヤのにーさんに伝えといてくれよ。申し訳ない、次は必ず用意するからってさぁ」
「かしこまりました」
◇
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