短編物語集

ミュウ@ミウ

 その日の午後、雨が降った。

 朝のお天気情報コーナーで、綺麗なお姉さんが「午後から雨が降るでしょう」と言っていたので傘を持って家を出た。

 その予報が見事に的中し、午後から土砂降りの雨が降った。

学校からの帰り道の自宅付近の公園で小さな少女が木の下にいた。手に傘は持ってないようだった。おまけに合羽も来ていないし長靴も履いていない。周りに大人もいなかった。髪の毛は田舎の町ではなかなかお目にかかれない金髪に白のワンピース。

困った表情で空を見上げていた。そんな彼女を見て、私は居てもたってもいられなくなった。一歩離れた場所から、声をかける。できるだけ優しそうに。

「どうかした?」

女の子は数秒間私を見て、口を開いた。

「え~と。雨に降られて雨宿りしています」と答えた。

「じゃあ、この傘使う? 私、家近いから」

「いえ、それだとお姉さんが」

「大丈夫。私は多少濡れても平気だから。ね」

 彼女はかたくなに拒んだが、私は傘をおいてその場をあとにした。

濡れながら帰宅した。

 白いセーラー服はびしょびしょ、革靴やカバンの中身も濡れてしまった。急いで風呂場でシャワーを浴びて体を温めた。

 その後、部屋着のロングTシャツと短パンに着替えて、びしょびしょになった制服をハンガーにかけて風通りの良い場所に干した。靴やカバンはドライヤーで乾かした。幸いカバンの中身はプリント類が多少湿気ただけですんだが、その中に私の頭を悩ましている一枚の紙が出てきた。「進路希望調査票」提出期限は先週までだったが、先生に頼んで今月末までに期限を延ばしてもらった。

 見なかったことにして乾かしたカバンにしまい込んだ。

 時刻は三時。

リビングのソファーの上で横になった。スマホでネットサーフィンをして時間を浪費してもよかったのだが、なぜか体がだるく、そんな気分にならなかった。

真っ白な天井を見つめた。窓の外では、雨粒が屋根やら窓に当たって心地のいい音を刻んでいた。

「ふぁ~」

 と大きな欠伸をして、ソファーにうつ伏せになり瞼を閉じた。


「お姉ちゃん」と可愛らしい声で起こされた。

 まぶたを開くと、中学二年生の妹が呆れた表情で私を見ていた。心なしかだるさも少し緩和された。

「あ。お帰り~」

「ただいま。じゃなくて、部屋で寝たら。風邪ひくよ?」

「あれ寝てた?」

 時刻を見ると四時半と約一時間半も時間が飛んだ。妹は、たった今帰ったばかりのようで、中学校の時私も来た紺色の制服。今となってはとても懐かしい服だ。

 妹は台所に行って白い湯気が出たマグカップ二つ持ち、一つをくれた。

「あ、ありがとう」と両手で受け取って中身を見ると、ミルクティーが入っていた。

そして、「お姉ちゃん、風邪ひきやすいんだからちゃんとしてよね」と言いながら飲みだした。

 私も、口に運ぶと甘ったるいミルクが口一杯に広がった。

 全部飲み終えると再びソファーの上で寝転がった。

 妹は一息ついてジャージに着替えた。そして、床でゴロゴロしながら女子中学生の間で大人気の先月号の雑誌を読みながら、「あ、あそうそう。忘れてたけど「お母さんたち帰り遅くなるからご夕飯は勝手に食べてて」だって」と突然思い出したかのように言った。

「冷蔵庫の中に何かある?」

「ちょっと見てくるね」

 雑誌を開いたままにして、立ち上がり冷蔵庫まで行った。中をざっと見て、「何もないよ」の一言だけ言うと再び定位置に戻った。

「本当に?」疑いなが起き上がって冷蔵庫を見に行くと、中には卵一つなかった。ベーコンもない。唯一あったのは、父親が飲む缶ビールが数本とつまみのチーズ、するめ。お茶、ジュース。それだけだった。本当に何もない。

「仕方ないあとで請求すればいいか」

「どうするお姉ちゃん?」

「食材買ってくるから、ご飯炊いてね」

「はいはい。いってらっしゃい」

 Tシャツの上からジャージに着替えて外に出た。

外はすっかり晴れていた。数時間前の土砂降りが嘘のように茜色に染まっていた。

「もう傘は良いか」

 自宅から十分のスーパーでなけなしの小遣いをつかい、タイムセールだった豚肉と野菜を買った帰り道。再び彼女に出会った。

昼間見た金髪少女。

先ほどと同じ木の下で、私が貸した傘を丁寧にたたんで持っていた。

少女は道行く人を見てはしょんぼりしていた。お母さんでも待っているのだろうか? もう一度声をかけてみようかと近づくと、向こうが私に気が付いたようで、「お姉ちゃん」

近づいてきた。

「お姉ちゃんありがとう」

「わざわざ待ってたの?」

「うん! お姉ちゃんが濡れたら大変だから」 

「ありがとう」

「でもよかったね。晴れたから」

「そうだね」

 茜色の空から藍色の空に移り替わろうとしていた。

「これありがとうです。お姉ちゃん」

 そう言って、傘を渡してくれた。傘を受け取ると再び体が重くなった気がする。彼女とはそこで別れた。

 翌日雨が降った。

 頭痛がして起きられなかった。学校に電話した。野太い男の声がしたので担任に代わってもらい「すみません二年A組の降旗ですけど、今朝から熱があるので今日は休みます」と一言告げて電話を切った。

 

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