日記

谷出 裕樹

日記

   

   

   —四月三十日—

  

  孤児院の饐えた匂い。いつから着続けてるのか解らない薄汚れた白服。–––––俺には何もなかった。優しく抱きしめてくれる母も、暖かく叱ってくれる父も、一緒に遊ぶお友達も。でも、だからこそ寂しくなかった。一人で遊ぶのは慣れてたから。

  

  

   —五月十三日—

  

  ……誰かが来た。髪が綺麗な…女の子?俺を見るなりこっちに飛んできた。

  

  「はじめまして!私〇〇、よろしくね!」

  「お、おう…」

  

  初対面でこんな…中々変な奴だ。しっかし何でこんなところに来たんだろう。家庭事情か、それとも…

  

  「ねぇ‼︎あなたの名前は⁉︎」

  「え、あぁ、〇〇〇だ。」

  「へぇえカッコいい‼︎」

  

  にしても元気な奴だ……

  

  

   —六月二日—

    

  今日も彼女と遊んだ。「友達」というものが出来てから毎日が楽しい。今までの空虚な日々が嘘みたいだ。 俺と話すときは柔らかく笑ってくれて、俺の愚痴も静かに聞いてくれて、時々歌も歌ってくれて…。 

 …最初は何とも思っていなかったけど、今になってようやく気づけた。

  

  「…好き」

  「え?何て?」

  「いっいやっ、なんでもねぇよ!」

  「えー何、気になる…」

  「ほら、早く続きしようぜ」

  「むー…」

  

  の感情にうろたえを隠せない。そんな俺を彼女は不思議そうに見ていた。

  

  

   

   —六月二十九日—

   

  外に轟く蝉の音にウンザリしていた時、彼女から孤児院の裏に呼び出された。

  そこにいた彼女はどこか真面目な雰囲気を帯びていて。

  

  「いきなりどうしたんだ?」

  「こんな所に呼び出して…」

  

  「いやさ、あの…」

  

  「わ…」

  

  

  「私、君のことが」

  

  

  

  「す、好きです…」

  

  

  その言葉を聞いた途端体に嬉しい衝撃が走る。とっさのことにうろたえたが何とか言葉を紡ぐ。

 

 「お、俺も」

 

 

 「ずっと前から好きだった…」

 

 

 「嘘…」

 

 

  それから付き合い出すまではそう遅くなかった。

 

 

   —七月四日—

   

  汗ダラダラの俺を嘲るように揺れる蜃気楼を見ながら木陰で休んでいると、彼女の友達が俺の方に駆け寄ってきた。

  

 「はぁ、はぁ、ね、ねぇ◯◯◯君よね?」



 「ん、そうだけどどうした?」  

 

 「◯◯さんが居なくなったの…」

 

 「……は?」

 

  思わず白服で汗を拭っていた右腕を止める。

 

  彼女が、いなくなった?

  

  付き合い出して、一週間もない内に?

  

  初めての、友達が?

  

  唯一の心の拠り所の、彼女が?

  

  

  俺だけの、彼女が?

  

  

  「消えた」?

  

  

  茫然としてる俺に感情の濁流が押し寄せる。まさに心に大穴が空いたような気分だった。

  

  そしてその大穴を新しく塞ぐのは、憎悪だった。

  

  何でいなくなったの、どうして俺を見捨てたの、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてイヤダイヤダ嫌だいやだイヤダいやだイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダイヤダ嫌だいやだイヤダいやだイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダイヤダ嫌だいやだイヤダいやだイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダいやだイヤダ嫌だいやだいやだ嫌だイヤダ———————————!!!!!!!

  

  





  ———————あぁ、

  

    そうか。

    

  そういうことか。

  

       なら、

       

        

    帰ってきたら、

    

       迎えてあげないといけない。            

           

 

  

  

   —◯月◯日—

   

  いきなり呼び出されて何かと思えば新しい親「達」との適性検査だった。……今更親なんていらないのに、わざわざ何ヶ月もかけて検査するなんてバカげてる。-——彼にも会えてなかったし、なぁ。…まぁいいや、今日は久しぶりに会えるし!

  

  「ね、◯◯◯君どこにいるか分かる?」

  

  「あぁ……」

  

  「XXX室にいるよ……」

  

  「—え?」

  

  

  XXX室、って、まさか…。

  

  

  無機質な木目の廊下を駆け抜ける。

  いつも追いかけっこしてた廊下が何故か長く感じたような気がして。

  

  突き当たりのその部屋。

  

  扉を開けたら、

  

  そこには、

  

  

  —普段通りの彼がいた。

  

  「…ね、ねぇ」

  「何でいなくなったの」

  

  「…え」

  

  

  「何でいなくなったの」

  

  彼は静かに扉の方へ向かう。

  

  「何で俺を捨ててたの」

  「どうして」

  「好きだったのに」

  「嫌いになったの?」

  「いや、」

  「嫌いなんて許せない」

  「ユルサナイ」

  「俺の」

  「俺の好きな、」

  

  ———扉がピシャリと閉まると同時の彼の声が、私の意識で最後の音だった。

  

  

  

  「俺の好きなモノだから、」

  

  「だから、」

  

  

  

  ——ずっと側に居ないとね。

  

  

  













  

   —プロローグ—

   

   

   目が醒める、

   起き上がると血のすえた臭いはほとんど消えていた。

   

   テーブルをふと見ると

   


   花瓶には彼女から摘んだ

   花のような指が、

  

 

   絨毯には彼女から貰った

   愛しい皮が、


   

   コップには彼女がくれた

   紅い美味しい血と眼が。


   

   

  …コップを手に取り、飲み、砕く。

  

  

  ——クチャっという音とともに、ふと思った。

  

  

  、かなぁ?

  

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