十. 灼熱
この大地には“何か”がある。
最初に違和感を感じたのは、転移から数日が経った後の事である。
荒れた大地は一見すべてを拒絶しているようにも思えるが、絶えずいくつもの痕跡を残しており、まだ充分に生きているということを証明しているかのようにも見えたからだ。
──この大地には何が起こっているのかしら。
彼女は足元に残る、かつての残滓を注意深く観察する。昨晩は確かに咲いていたはずが、今ではすっかり枯れてしまい、弱々しい姿で傾いていた。
“育たない”わけではなく“すぐに枯れる”だけであり、そこには明確な理由があるはずだろう。ましてや自分の想いが世界を創造していたのであれば、間違いなく“何か”がある。
──あの子は気付いたかしら。
少し頼りない相方の事を考えながら、彼女は荒野を急ぐことにした。
◇
ナツノとフリットは魔法樹の前で顔を合わせていた。フリットが魔法樹を見ているところに、丁度ナツノが現れたのである。
「すまなかったね、ありがとう。……彼女は大丈夫だった?」
「気にするな。あいつは少し前に眠ったよ。余程疲れたのか鼾をかいてる。それも、ここまで聞こえてきそうな大きなやつだ」
フリットは困ったように苦笑いを浮かべながら、テントを顎で指した。
「よかった。……彼女は何か言ってたかな?」
「いや……相当取り乱してはいたがな」
フリットは頭をボリボリと掻きながら目を逸らす。
「でもな、もうこれっきりにしてくれよ。何度も続くようなら、口を出さなきゃならねぇからな」
「苦労をかけてしまったようだね。気を付けるよ」
具体的な話を何も聞いてこないのは、彼の気遣いからだろうか。
「ならもういいさ」
フリットは話を切り上げると、不思議そうに魔法樹を眺めた。
「昨日はもう少し大きくなってたような気がするんだけどな。……早く大きくなれよ」
その言葉に、ナツノは不思議な感覚を覚えた。成長をしていないように思うことは以前にあったものの、他人の口から聞くことになるとは思ってもみなかったのである。
「実は、以前に似たようなことを考えたことがある。その時は全く育っていないような気がしていたからなんだけど……ねぇ、グィネブルではよくあることなの?」
「どうだろうな。グィネブルでは“育たない”という表現をよく使うが、そうじゃねえ。俺らからすれば、“すぐ朽ちる”という感じになるんだよ」
「朽ちる?」
ナツノが聞き返すと、フリットは一度だけ何かを言いたい様子を見せたが、やはり黙って説明してくれる。ひょっとすると、ここでは当たり前の話だったのかもしれない。
「いいか? 植物、例えば花にしよう。それを植えるとする。……分かりにくいかもしれないが、グィネブルではそれが咲かないわけではないんだよ。もちろん、育たないものもあるが、育つものもある。ただ、咲いたとしてもすぐ枯れて朽ちていく。俺らからしたら明らかに不気味だ。……まるで命を吸われているっつーのか」
それだけ言うと、フリットは魔法樹を優しく撫でて立ち上がった。
「それとな、こういうことは俺が説明してやってもいいが、たまにはあいつにも聞いてやりな。そうすると喜ぶと思うぜ」
フリットはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。あいつとは、言わずもがな彼女のことだろう。
◇
彼女が目覚めたのは、周囲に芳しい香りが漂い始めた頃になってのことだった。昼時である。
熱がまだほのかに残っているようで、頭の中はぼんやりとし、どうして自分がここで寝ているのかさえも覚えていない有り様だった。
「エステル、風邪を引いたんだって?」
「……あっ」
突然声を掛けられたエステルは反射的に顔を上げる。そして、起き上がろうとして腕に力を入れるが、なかなかすぐには敵わない。
「無理に起きなくても大丈夫だから。ほら、水を持ってきたよ」
「……ありがと」
ナツノは優しく静止すると、歩み寄って水を差し出す。エステルは毛布からもぞりと動いてそれを受け取った。
「それは寝間着かな? 似合ってるよ」
場の空気を気にしたナツノがエステルを指し、頷く。本題の前に一先ずは何かを話そうとしたのである。
「……え?」
しかし、次の瞬間に二人は目を合わせて止まってしまう。というのも、座り直したエステルの格好は、薄い布地を一枚身に着けているだけのもので、それは彼が想像していたのとはどうにも違うものであったからだ。
彼女も熱により朦朧としていた為、着替えまでは気が回っていなかったのである。
「……フゥーン」
エステルは何か言いたそうな、えもいわれぬ表情でナツノを見る。
予想外の事態に困惑しつつ視線を逸らすと、今度は無造作に投げ出され、露となっている脚部に目が止まる。それにどこか艶かな雰囲気を感じ、ナツノはそっと視線を逸らして立ち上がった。
エステルは何も言わない。
「もうすぐご飯ができるよ。食べられそう?」
「……少しなら」
「じゃあ準備をしてこよう……かな」
そう告げると、ナツノはそそくさとテントを後にした。
追ってくるような日差しを浴び、身体が少し熱かった。
◇
「フリット、彼女はまだ少し熱があるらしい」
「だろうな。それより思ったより早かったな。起きたんならもう少し相手をしてやればいいじゃないか」
食事を作っている最中のフリットは、ナツノに目を向ける事なく返事をする。スープのようだ。
「少し予想外の出来事があってね。彼女はまだ本調子ではないようだし、食事が出来てから出直すよ」
「はぁ?」
フリットは思わず手を止め、そこでようやく訝しげに振り返った。
「いや、なんだろう、少し間が悪かったんだ」
「お前らはほんとに……」
フリットは再びスープに向き直ると溜め息をついた。
「あれはあれで心配してたんだぞ。とりあえず礼くらいは言っておけよ」
「……わかってる。少し魔法樹の側に行ってくるよ」
「魔法樹? そんな名前だったのか?」
「気にしないで、僕がそう呼んでいるだけだよ」
去っていくナツノを見送りながら、フリットは呟いた。
「魔法……樹? 魔法……?」
◇
未だ育つ気配のない魔法樹の側に腰を降ろすと、ナツノはシリウスに問いかけた。
「ねぇシリウス、思わず魔法樹って言ってしまったよ。失敗したかな」
「ああ見えて奴は勘がいい。何よりバルビルナの件もある、これ以上は勘付かれる恐れもあるだろう」
ナツノはテントのほうを見ながら小さく囁いた。傍目には話をしていることもわからないだろう。
「それにイルヴァルトといったか、彼の者も汝には違和感を抱いておったようだ。隠そうとするのならば、二度は避けるが良かろう」
ナツノは考えるようにゆっくりと頷く。
「わかってる。ただ、もしかしたらだけど、この世界にも魔法はあるのかもしれない。特にマーキュリアスと呼ばれる方に」
「何故そう思う?」
「なんとなくだよ。今はまだ確証はないけど、昔に使える人がいてもおかしくはないよ」
「主はまだ若いが故に意識をしておらぬ節があるが、魔法使いとはその魔力により歳をとるのが至って遅緩である。死ぬという概念などないに等しく、果てれば身体は結晶となり残り続ける。よって昔から生き続けている者がいなければ、その説は否定されるであろう」
「この世界でも同じかどうかはわからないよ。何せ、魔法によって作られ、魔法使いの僕らによって形成されていた。魔法や魔法に通じる“何か”がないほうが不自然な気さえしてきてる」
そう言うとナツノは魔法樹を優しく撫でる。これもその影響なのかもしれない。
「確かに、一理ある」
それだけ言うと、シリウスは会話を断った。
「そろそろ誰かが来る頃だろう」
◇
時刻はもう正午を回ったのだろうか、太陽の日差しも強くなり、ジリジリと焼けるような感覚に襲われ始める。ナツノはひとまず腰を下ろした。
──フリットが作っていたのは……。
思い返せば、この世界に来てから暑いという声を聞いたことがないような気もする。特に気にする余裕もなかったせいもあるが、食事にしても常に暖かい物を食べていたようにも思い出される。
──もしかしたら、常夏の国であるということもあるかもしれないね。そうだったら君にぴったりになるね!
出発する前にクレハが言っていたことを思い出した。
──冷たいものは、あるのかな。
次の機会に少しだけ、この世界の事を聞いてみるのもいいかもしれない。
そうこう考えているうちに足音が近づいてくる音に気が付いた。誰かがこちらに来たらしい。
「ナツノ、やっぱりここにいたのね」
意外にもその機会は早く訪れたようだ。
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