第89話 新情報
ペーパーが案内した個室のあるお店に入ったスプリングとアストレイア。彼女のおごりということで、適当に食べ物や飲み物を注文する。
このゲーム『Wisdom Online』では味覚も忠実に再現されているのだ。
満腹感までは再現されていないのだが、食べ物を食べるとお腹がいっぱいになったと錯覚してしまう。
NPCが運んできた料理がテーブルに並んで、ずっとウズウズしていたペーパーが口火を切った。
「それで? 重要な情報というのは何かしら?」
「えーっとですね、かくかくしかじか、です!」
「おい、レイア。それじゃ伝わらないだろ?」
「えぇぇぇえええええええええええええええっ!?」
はぁ、と呆れたため息をついていたスプリングだったが、急に上がった甲高い叫び声にびっくりして、足をテーブルにぶつけてしまう。
「痛っ!? って、
思わず立ち上がって叫んでいたペーパーが、呑気なスプリングをキッと睨みつける。
「叫ばずにはいられないわよ、まおーくん! 『宝石蚕』の新たな攻略法が見つかって、超絶レアドロップだった『宝石シルク』のドロップ方法もわかったのよ! この世界のバランスが崩れるほどの重要なことじゃない! ここまでとは思っていなかったわ…」
「何故かくかくしかじかで伝わっている…」
スプリングは世界のバランスの崩壊よりも、アストレイアのかくかくしかじかで全部伝わっていることに戦慄する。
彼の隣に座っていたアストレイアはドヤ顔だ。ムカつくほど可愛らしかったので、スプリングは彼女の頭をナデナデしてあげる。アストレイアは気持ちよさそうに目を細めた。
「ちょっと目を離すだけでイチャイチャするのね。ぐふふ…」
欲にまみれた汚い笑い声が聞こえて、ペーパーの存在を思い出したスプリングは我に返って手を引っ込めた。アストレイアがシュンと残念そうな顔になる。
「まおーくん、アストレイアちゃん。どれくらい『宝石シルク』を手に入れたの? 二人のことだから乱獲したんでしょ?」
「これくらいです」
アストレイアがペーパーに画面を見せる。ペーパーの顔が固まった。驚きや呆れや畏怖が入り混じった複雑な顔をしている。目をゆっくり瞑って頭を抱えた。
「………私の予想を遙かに上回っていたわ。これ、売るの?」
「多少自分たちで使いますが、少しずつ売ろうと思っていますよ。装備を新調したいので」
「売る時は相談して。二人が売り終わったら情報を少しずつ出すってことでいい?」
「「お任せしまーす!」」
気持ちを切り替えて情報屋の顔になったペーパーが、任せなさい、と力強く胸を叩いた。
やはりペーパーは頼りになる。彼女には安心して任せることができる。
三人は食事をしながら話を続ける。
「もう一つあるんですけど、いいですか?」
「まだあるの、まおーくん? いいわよ! どーんと来なさい!」
「『龍鉱石』をもう一つ手に入れました」
「ブフゥッ!」
大人の余裕を醸し出し、優雅に飲み物を飲んでいたペーパーが盛大に噴き出した。対面に座っていたスプリングの顔に直撃する。
「先輩! タオルタオル!」
隣に座ったアストレイアが慌てて近くに置いてあったタオルを掴み、甲斐甲斐しくスプリングの顔を拭き始める。その姿は新妻のよう。
ゲホゲホッと咳き込んでいたペーパーが涙目で謝罪する。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。そんなに驚いたんですか?」
「驚いたわよ! 今までに一度しか見つかっておらず、入手したイベントエリアは封鎖されているのよ! どこで手に入れたの!?」
ギラギラと目を血ばらせたペーパーが身を乗り出す。鼻息も荒い。
怖い。控えめに言っても恐怖心しか感じられない。
スプリングはのけ反りながら答えた。
「す、すぐそこのビーチです。砂の中に埋まっていました」
「………元から埋まっていた? それとも、流れ着いたと考えるべき? この先の街はまだ発見されていないから、まさかそこから?」
ペーパーが真剣な顔でブツブツと呟き、自分の考えをまとめている。
考えを整理し終わったペーパーは、パシンと自分の頬を叩く。
「よしっ! また何かあったら報告してちょうだい! 見つけた『龍鉱石』はどうするつもり?」
「それはシェリーさんに精錬してもらおうかなと」
アストレイアの言葉をスプリングが引き継ぐ。
「他にも、『青龍の鱗』や『ライオネルの毛皮』もありますし、合成してみたりしようかと」
「合成…錬金術師が必要ね。それに、服を作るなら服飾師。アマルガムさんとスレッドさんか」
「そうですね。そのお二人にお願いしようかと思っています」
スプリングとアストレイアはずっと彼らに装備をお願いしている。今回も彼らに頼む予定だった。
対面に座るペーパーが何やら画面をポチポチと操作している。
「よしっ!」
やりたいことが終わったらしい。ふぅ、と額を拭う動作をした。
一仕事を終えたようなペーパーに、スプリングは問いかけたみた。
「何をしたんですか?」
「んっ? 善は急げ! 時は金なり! ということで、呼んでみました!」
呼ぶ?、とスプリングとアストレイアが顔を見合わせ首をかしげた直後、コンコンっとドアをノックする音が聞こえ、ペーパーが扉を開く。
「いらっしゃーい!」
「来ちゃった♡」
「こんにちは」
「何の用だ? 坊主に嬢ちゃんども」
入ってきたのは腕を組んだ若い女性と四十代くらいの渋い男性、そして、気だるげな雰囲気の定年くらいのおじさんだった。話に出たシェリーとスレッドとアマルガムだ。
突然の登場で、スプリングとアストレイアの二人は口をパクパクさせる。
ペーパーが連絡を送ってから10秒も経っていないだろう。部屋の外に待機していたと言われても納得することができる。
ペーパーが悪戯っぽく微笑む。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないですよ! 皆さん、来るの早すぎでしょ!」
スプリングの叫び声が個室の中に響き渡る。ペーパーは微笑み、シェリーはキョトンとし、スレッドは苦笑し、アマルガムは訝しそうにしていた。
唯一、隣に座るアストレイアだけが、激しく同意するように首を縦に振っていた。
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