第58話 春真と伶愛の初デート その1

 

「う~ん。決まらん!」


 春真は悩んでいた。持っている服を全て取り出し、眺めている。ここ数日悩んでいたが決まらなかった。タイムリミットまでもうそんなにない。明日着ていく服を決めなければならない。必死に考えるが、いい組み合わせが決まらない。

 その時、春真の部屋の扉がノックもなしに開いた。


「お兄ちゃーん!」


「・・・春にぃ、入るよ」


 ノックもせずに入ってきたのはパジャマ姿の妹の夏稀と幼馴染の雪。幼馴染の雪は最近ずっと藤村家に住んでいる。私物も全て運び込まれ、雪の部屋ができている。

 二人はいつも通り春真の許可なしに部屋に入ってくる。


「お兄ちゃん。何か悩み事はないかい?」


「・・・妹レーダーに引っかかった」


「だから妹レーダーってなんだよ。まぁいいや。明日出かけるんだけど着ていく服が決まらなくて。どれがいいと思う?」


「ふむふむ。上はこれとこれ!」


「・・・下はこれ」


 夏稀が選んだのは少しイラストの入った黒いTシャツと白の七分袖のシャツ。雪が選んだのは黒のカーゴパンツ。


「あっさりと決めるな」


「私たちは何年お兄ちゃんと一緒に居ると思ってるの? お兄ちゃんのことなら親よりも知っているのです!」


「・・・春にぃが明日デートだってことも先月から知っている!」


 大きくない胸を張っている二人を見て思わず口をポカーンと開ける。確かにデートが決まったのは先月だ。


「だ、誰から聞いた!?」


「ん? 聞いてないよ。妹レーダーに反応した。相手はお兄ちゃんと両想いの女の子だね。年齢は私たちを同い年」


「んっ。私たちの良く知る人物。とっても仲がいいけど付き合っていない。明日が二人の初デート」


 春真は表面は必死で平静を保つが、内心は焦って動揺している。


「な、何のことかな~」


「というわけで、お兄ちゃん」


「「頑張れ!」」


 二人がニヤリとしてサムズアップしてくる。何もかもバレているようだ。はぁ、と諦めのため息をつく。


「わかった。頑張ってくるよ」


「結果報告を楽しみにしています!」


「・・・早く紹介してね」


「それはムリ!」


 用事が終わった夏稀と雪はそそくさと春真の部屋から退散する。二人は扉を開け、立ち止まって振り向いてくる。


「伶愛ちゃんと楽しんできてね」


「・・・伶愛をよろしく」


 春真に何か言われる前に二人は部屋から出て行き、扉が閉まっていく。口をパクパクしていた春真は扉が閉まった音で正気に戻る。


「全部バレてんのかよ」


 春真の呟きが静かな部屋に消えていった。



 ▼▼▼



 朝、春真は夏稀と雪に選んでもらった服を着て、伶愛の家へ向かっていた。伶愛は待ち合わせが嫌いだからである。待ち合わせをするとほとんど必ずナンパに遭い、男嫌いの伶愛は気分が悪くなるからだ。何かあるときは春真は伶愛の家へ迎えに行っている。

 インターホンを鳴らすと、鳴り終わる前にドアが勢いよく開く。


「春くんいらっしゃい!」


「おはようございます」


 ドアを開けたのは伶愛の母、愛華である。今日はいつも以上にテンションが高い。


「ふふふ。伶愛ちゃんと初デートですって? あの娘をよろしくね」


「はい。お任せください」


「さすが春くん」


 愛華は家の中に向かって声をかける。


「伶愛ちゃーん! 春くんが来たわよー!」


「ちょっと待ってー! 今すぐ行くから―!」


「だそうよ。一時間くらい前からずっとソワソワして鏡の前から動かないの」


 ドタバタと少し小走りをして伶愛が玄関に来て靴を履く。

 今日の伶愛は、いつも一つに纏められているセミロングの髪を三つ編みハーフアップにしている。首や肩を少し大胆に露出した服に、丈が膝よりも少し上の白いスカート。

 春真は目を奪われて言葉が出ない。


「先輩、お待たせしました。・・・あれ? 先輩?」


「あらあら! 伶愛ちゃんに見惚れて固まってるわ」


 愛華が春真の顔の前で手を振るが、彼は何も反応しない。伶愛は顔を赤らめながら春真の前に立つ。


「嬉しいですけど、時間がないので再起動させます。えいっ!」


 パチンっと春真の額にデコピンをする。


「っ!? あれ? 俺は何をしてたんだっけ?」


「伶愛ちゃんを見てボーっとしちゃったのよ。二人は今日はお泊りかしら?」


「ち、違うから!」


「もし泊まりたくなったら泊ってきていいからね」


「・・・か、考えとく」


 伶愛は春真の腕を掴むと玄関を出る。


「いってらっしゃーい!」


「「いってきます」」


 ニヤニヤした愛華に見送られ、春真と伶愛は顔を赤くしながらデートを始めた。

 歩き始めると、春真が伶愛の手を握る。二人は自然と指を絡め合い恋人つなぎにする。しばらく無言で歩いていたが、唐突に春真が問いかける。


「なぁ? 夏稀と雪に今日のこと言ったか?」


「ほう。開口一番に他の女の子の話題ですか。やりますね、先輩?」


 恋人つなぎの手を一瞬だけギュッと力を込めて握られる。


「・・・すまん」


「いえいえ。別にいいですよ。先輩が私の顔を見れないほど、私を意識してくれていることは分かっていますから。先輩可愛いですね」


「・・・伶愛だって俺のほうを一切見てこないが」


「・・・うるさいです」


 伶愛が軽く体をぶつけてきた。


「夏稀ちゃんと雪ちゃんのことでしたね。私は何も言ってませんよ。言ったら揶揄われますから」


「俺も何も言わなかったんだが、全てバレているみたいだぞ。昨日服を選んでたら、二人が部屋に入ってきて暴露して戻っていった」


「ふむふむ。その服は二人に選んでもらったというわけですね。流石あの二人ですね。私の好みまで完璧に把握しています」


「ぐっ! お前も鋭いな。あの二人のこと不思議に思わないのか?」


「別に。妹レーダーがありますから。”あっ、電話がかかってくる”って言って先輩からの電話を準備万端で待ってたりしますから。メールも来る前に待ってますね。もう慣れました」


「お、おぉ。俺の予想よりすごかったな。超能力者か」


 二人は交差点の信号で立ち止まる。春真は寄り添っている伶愛を勇気を出してじっくりと眺める。伶愛もおずおずと見てくる。


「伶愛。遅くなったが、その・・・とっても綺麗だ」


「ひゃい。あ、ありがとうございます。・・・先輩も、その・・・かっこいいです」


 顔を爆発的に真っ赤にしながら、伶愛が消え入るような声で呟いた。


「ん? 化粧はしていないのか」


 顔を赤くして目を彷徨わせている伶愛の顔を見て春真が気づいた。


「あっはい。したほうが良かったですか?」


「いや。伶愛はそのままで十分綺麗だからしなくていいけど。高校生になると出かけるときは化粧をするイメージだったから」


「軽くしようかなとも思いましたが、やめました。お化粧したら先輩にすりすりできないじゃないですか!」


「基準はそこか!」


「はい! 私にとっては大切なことなので。それに、先輩は私がお化粧するのあんまり好きじゃないですよね。しているのはリップクリームくらいです」


 伶愛が人差し指でツヤツヤの唇をアピールしてくる。可愛らしいしぐさに、春真は抱きしめたくなるがグッと我慢する。


「先輩! 頭も撫でていいですからね。髪型崩れるとか考えないでください。崩れても大丈夫な簡単なヘアスタイルにしています。というか、後で自然に崩れてきます」


「機会があったらな」


「楽しみにしてますね。それで、今日のご予定は?」


 話しているうちに二人の緊張感は無くなっていき、普段通りのやり取りになっていた。


「まず、このまま駅に向かって新幹線に乗る。目的の駅まで一時間くらいかな。で、映画を見て、お昼を食べて、伶愛が行きたいお店で服を選ぶ。後は臨機応変に行動する。以上」


「ふふふ。洋服じゃなくて水着と下着ですよ。覚悟はいいですか?」


「もう諦めた。俺の好みで伶愛に似合うやつ選ぶから。というか、試着を俺に見せるんだろ? 伶愛こそ覚悟はいいのか?」


「だ、ダイジョウブですよー」


 目をせわしなく動かしながら顔をそむける。全然覚悟できていない様子だ。


「ほ、ほら! 信号が青になりました! 行きますよ先輩!」


 春真は引っ張られながら歩いていく。耳まで赤くしている伶愛に気づいてクスっと笑う。

 二人の初デートは始まったばかりだ。

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