第2話 魔王は○○好き?

 

 スプリングとアストレイアはグラトニースライム討伐を終え、二人のホームがある『湖の街スピカ』へと戻ってきた。スピカは湖畔にある街で、景色も良いため人気の街だ。コテージが多く別荘地である。そんな街の景色が良い一等地に二人のホームはあった。


 街についても、なぜか腕は組んだまま。というかアストレイアが離してくれない。


「レイアさん? そろそろ腕を離してもらえませんか?」


 スプリングは普段、アストレイアのことを”レイア”と呼んでいる。

 頼み込んでも彼女は顔をそっぽを向けて応じない。

 美少女と腕を組んでいるため、周りの男性、プレイヤーNPC問わず嫉妬の視線が突き刺さる。それでも彼女は腕を離さない。


 歩いている途中で「爆発しろ!」という男性の憤怒の声や、「今日も仲いいねぇ」というNPCのおば様たちの温かい声が幾度となくかかる。いつもの、ありふれた風景だ。

 街の中心部に近づいたとき、不意にアストレイアが口を開く。


「それで? 先輩はおっぱいが大きい人が好きなんですか?」


「ごふっ! いきなり何言うんだ!」


 突然のことにスプリングは咳き込む。アストレイアが水色の瞳でじーっと見つめてくる。


「さっき答えてくれませんでしたから。それに後から聞くって言いましたし」


 アストレイアは、ちらっと自分の胸に視線を向け、スプリングの顔を見つめる。スプリングは逃げ出そうとするが、彼女が腕をがっしり組んでいるので逃げられない。


「えーっと・・・」


 穏便に済ます答えを探す。しかし、動揺したスプリングはアストレイアの胸をつい見てしまった。服の上からでもわかる、手で包み込めるほどの胸のふくらみ。大きくもなく、小さくもない。

 超好みです、と本人には言えない。言えるわけがない。言うもんか、と心に誓う。

 思わず視線を逸らしてしまった。


「やっぱり・・・」


 アストレイアはショックを受けた表情だ。組んでいた腕を解き、立ち止まる。目には涙が浮かんでいる。


「やっぱり先輩は大きなおっぱいが好きなんですね。おっぱい好きの先輩。この巨乳好きの魔王!」


「ちょっ! それは流石にシャレになんねぇ」


 言葉の後半を叫ぶように言ったアストレイア。そして、再び叫ぶかのように大きく息を吸う。慌てて口をふさいで止めようとしたスプリングだったが、一足遅かった。


「まおーの巨乳好きいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 大勢の注目が集まっている中で、アストレイアの大声が響き渡った。

 まだ何か言うような気配があったため、スプリングは彼女の口を手でふさぐ。暴れているが容赦しない。

 周りに視線を向けるとひそひそと喋り声が聞こえる。


「なになに? 魔王様は巨乳好き?」

「あれ、勇者と魔王じゃね?」

「アストレイアたん、ハァハァ」

「魔王最低」

「クズ」

「死ね」

「俺は貧乳派だ!」

「痴話喧嘩? そのまま別れろ!」

「あらあら、若いっていいわねぇ」

「巨乳? 誰か巨乳って言ったか? 同志! 同志はどこにいる!?」


 急速に話が広まっている。特に、NPCの女性たちは噂好きだ。すぐに拡散されるだろう。そして、女性プレイヤーたちの蔑みの視線が心に突き刺さる。

 スプリングはアストレイアを抱き上げ戦略的撤退。お姫様抱っこして逃走を開始した。


「レイア、暴れるな! 走りにくい」


「ふぇ? 先輩何してるんですか! 降ろしてください」


 お姫様抱っこされていることに気づいたアストレイアはより一層暴れる。必死で彼女を押さえながらスプリングは街中を疾風のごとく駆け抜ける。

 さっきの叫びを聞いていた人たちは撒けたようだ。これなら走る必要もないだろう。走るのをやめて歩き始める。


「降ろして。降ろしてくださいおっぱい好きの変態」


「おいおい、男なんてそんなもんだろ。あとな、いつ誰が巨乳好きなんて言った!」


「巨乳好きじゃない? じゃあ・・・・・・男好き?」


「なぜそうなる!? 俺はお前の胸が好きなんだ!」


 二人の時が止まる。

 アストレイアの顔が爆発的に赤くなる。

 スプリングは今、咄嗟に口に出した言葉を思い出す。


『俺はお前の胸が好きなんだ!』


 言い間違えた!!!


『俺はお前の胸くらいの大きさ・・・・・・・が好きなんだ!』と言うつもりだったのに間違えた。というか、先ほどアストレイアには言わないと心に誓ったばかりだったのに。

 お姫様抱っこされているアストレイアはスプリングの肩に頭をガンガンぶつける。


「どうして、あなたは、いつも、堂々と、そんなこと、言うんですか!? この変態、女誑し、ドМ!」


「ドМじゃねぇ」


「え? いつも私にいじめられてうれしそうですよ?」


「う、うれしくない。というか急に真顔にならないで! 何? 今までの全部演技?」


「上手でした? かわいかったですよ。顔を赤くしてオロオロしてる先輩は♡」


「やられた・・・。小悪魔め」


「ふふん! 私は勇者です」


 アストレイアの顔が真っ赤に染まってることは気づかないふりをした。

 そのままお姫様抱っこを続けながらホームへ向かって歩く。

 沈黙が二人を包む。気まずい。だけど、言葉にできない安心感がある。


「ようスプリング! 相変わらず公共の場でイチャイチャしてんなぁ」


「タクトか。イチャついてない。ここにいるのは珍しいな」


 話しかけてきたのはトッププレイヤーの一人。スプリングのリアルフレンドである、タクトだ。彼のパーティ<暁>のメンバーもいる。


「ちょっと買い物にな。それよりも・・・」


 なぜかタクトは跪く。王の御前に跪く騎士のようだ。彼のパーティメンバーもそれに続く。


「我らが魔王様。今宵は勇者をお持ち帰りですかな?」


「逆ですよ。勇者が魔王をお持ち帰りするんです」


「よく言うわ勇者よ。それならば、一晩中可愛がってやろう。泣いて懇願しても止めはせぬ。タクトよ、今晩は我が城の寝室に近づくでないぞ!」


「御意に」


 スプリングはノリノリで魔王を演じる。こういったノリは結構好きだ。


「フハハハハ。皆の者! 我の、魔王様のお通りだ! 道を開けろ」


 ノリの良いNPCとプレイヤーが跪き、魔王の道を開ける。その道を、魔王は勇者をお姫様抱っこしながら、高笑いをして悠然と歩く。


 ここでは割とありふれた光景だった。


 その後、二人の家では、魔王が勇者をたくさん可愛がったという。

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