アイへの予告/壊れていく少女



 会話はアプリの中の文字だけのはずなのに、受信した全員の息を飲む声が聞こえた気がした。


 さらにトシカズは次の画像も送ってきた。


――――――


(画像の中のメッセージ)『ヘンジヲカエシタラ、モウ……ニゲ……ラ』


――――――


 場が凍りついた。あれだけ賑やかだったスマホが、トシカズのメッセージのバイブで震えたのを最後に、死んだみたいに動かなくなった。


 こういう時は空気を読めない奴が最初に、静寂を破る。


――――――

(あい)  『きもーい♪』


(一夜)  『……うん、同感……でもどうして「♪」なのか、アイを問い詰めたい!!』


(あい)  『え? 意味なんてナイヨ~♪』


(マリア) 『ねえ! 今それ追求しなくて、いいから!』


(トシカズ)『こんとは二つも来たよ! 怖すがぎる! どうしようuu!』

――――――


 誤字が多い。トシカズがパニクってるのがありありと分かる。


――――――


(マリア) 『落ち着いてよ。冗談送るのも無し! そんな状況じゃないでしょう?』


――――――


 混乱しそうだった場を、マリアがおさめた。こういう時はあねさん役のマリアの仕切りが頼もしい。


 僕はマリアが周りの大人に認められる度に、いつも自分が誉められた以上に嬉しくなっていた。


 だからついつい今も、さすがだなマリアと感心しかけた……が、慌てて否定した。違うだろ! こいつらは僕の敵なんだぞ? ニヤニヤすんな、自分! もう関係ないんだ。


 僕が心の声に叱られている間にも、グループ・ボード上ではいくつものメッセージが流れては、上へと消えていく。


 もののけ、お化け、変質者、殺人犯。想像が想像を呼んで、場は収集がつかなくなっている(特にイチヤが煽っているのだ)。


 くだらない!


 どうせ、誰かのイタズラとかそんなレベルのオチに決まっているのに。


 僕は興味を失いかけて、また眠りにつこうとした。その時だった。


――――――

(あい)  『え、え? 嘘……』


(マリア) 『? どしたの?』


(トシカズ)『アイ?』


(一夜)  『アイ殿!!』

――――――


 明らかにこれまでとは様子が違うアイの飾り気のない一文。皆が同じように異常を感じ取って、速攻で声をかける。


 けれど――あの返事の早いアイが沈黙している。その静けさは、友人を知り尽くした四人だからこそ、異様だと感じとれた。


 やがてスマホが苦しそうに震え出す。


――――――

(あいの画像送信)


(マリア) 『!!!』


(トシカズ)『え、え、え!』


(一夜)  『う、そ……だよ……それ!』

――――――


 アイが送ってきたその画像の中には、まるでアイの震える様子を写したみたいに、ギザギザの文体で文字が書きなぐられていた。


――――――


(画像の中のメッセージ)『ユキタニハ クッタ……ツギハ……アイ……オマエダ』


――――――



 僕は倒しかけた体をばっと起こした。その画像を開いて、拡大して見る。


 鮮血を浸して書いたような真っ赤な文字が、凶暴にのたうっていた。次の獲物を見つけた喜びに、体をくねらせるみたいに。


 雪谷を……く、喰っただって? 嘘だろ……しかも次は名指しで、アイの事が書いてあるぞ!


 次の狙いがアイで、確実に『喰う』事を予告してるって事だ。


――――――

(あい)  『え、え? 嘘……イヤだ! 私……ゴメン。雪谷くんと繋がってたの……それで《だいじょぶ?》て聞いただけなんだよ? そしたらこれ送られてきた……怖いよ、怖いよ、みんな!!』


(マリア) 『落ち着いて! なんにもないよ! ただのイタズラとかに決まってるから』


(トシカズ)『そうだよ、そうだよ。アイ、僕たちがいるからね!』


(一夜)  『でもさ、なんかすげえリアルだよな……』


(マリア・トシカズ)『イチヤ!!』


(あい) 『ねえ、どうしたらいい? どうしたらいい!? 怖い怖い怖い!!』

――――――


 パニックになったアイは、もう感情に溺れている。誰の問いかけにも反応せず、怖いを連投するしか出来ていなかった。


 だがそれが、パタリと止む。


 不気味な静寂に、僕は唾を呑み込んだ。たぶん他のやつらもそうだろう。


 その中で、最も勇気のあるマリアがアイに呼び掛ける。


――――――


(マリア) 『アイ……ねえ?』


(あい)  『……わ……』


(マリア) 『わ?』


(あい)  『わ……わ……わ……』


――――――


 奇妙な繰り返しの「わ」。まさか恐怖のあまり、壊れてしまったわけじゃないよな……アイのやつ。


――――――


(マリア) 『わからないよ? 何が言いたいの?』


(あい)  『……わ……た……』


(マリア) 『わ・た? わたって何?』


(あい)  『……わ……た……し……の……こ……と……』


――――――


 何かの文を伝えたいのか。その奇妙なつぶやきに、マリアすら沈黙してしまう。


――――――


(あい)  『わたしのこと……きにかけてくれるの だあれ?』


――――――


 童謡のような言葉。普段から子供っぽいアイなら書きかねないけれど、今は不気味でしか無い。


――――――


(あい)  『わたしのこと……きにかけてくれるの だあれだ? ねえ、はなしかけてくれないの?』


――――――


 全文ひらがなの誘い。怖い。そう言われると、逆に誰も指を動かそうとしない。


 アイを本気で心配しているトシカズが、恐怖に打ち勝って、メッセージを送ってきた。


――――――


(トシカズ)『アイ……どうしたんだよ。みんな気にかけてるじゃないか』


――――――


 その言葉が契機となった。


 予告なしに、スタンプがひとつ送られてきた。


 それはドクロだった。闇に浮かび、口から血を流している不気味な骸骨。


 そんな物は百パーセント、アイが持っていないはずの絵柄だった。アイコンの横に「アイ」の名前があるのが信じられない。


 ひとつ、ひとつと繰り返し送信されるスタンプのドクロ。それは速度と数を増していく。


 やがて下から上に流れる洪水のようになった。誰もメッセージを挟むことが出来ない。


 スマホが壊れる! 皆がそう思った。その刹那、ピタッとスタンプの連打が止まった。


――――――


(あい)  『は、は、は、はなしかけてくれて、ありがとう。みーつけた。つぎは、ア・ナ・タ♪』


――――――


 そのメッセージに覆いかぶさるように、送られてきた写真が――。

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