第64話

「え、ええ?」


 アルトの突然の言葉に、私は混乱を隠せなかった。

 あの公爵家が、私を望む?

 強欲令嬢として、貴族社会から忌み嫌われている私を?

 ……もう商会もない今、私の商人としての能力を宛にしていとるとも思えない。


 故に、その言葉を信じきれず私は、アルトへと確認する。


「本当に公爵家の新当主様の、えっと、アルフォート様が私を公爵家に欲しい、と言ったの?」


「は、はい! ……露骨すぎたな」


 私が名前を口にした瞬間、アルトの顔に焦燥のような感情が浮かんだが、それを突き止める余裕は私にはなかった。

 次々と、私はアルトに質問を重ねる。


「私は強欲令嬢なのに?」


「そんな根も葉もない噂を信じる人間は公爵家新当主にはなれませんよ」


「こんなに弱っているのに?」


「あ、アルフォート様曰く、体調を治すために援助も検討されておるそうです。それだけの価値が、貴方にあると」


 迷うことなく、私の質問に答えたアルトの姿に、公爵家新当主は本気で自分を取り込もうとしていることを、私は理解する。


「……そう。アルフォート様の気持ちは理解したわ」


 が、それは私の中に強い疑問を産むことになった。


「最後に教えて欲しいのだけど、公爵家は私のどこに価値を見出したの?」


「それはもちろん、エレノーラ様の脳力の高……」


「ごめんなさい。そうじゃないの」


 私の問いかけに、すぐに答えてくれたアルトの言葉を遮り、私は真剣な表情で彼へと問いかけた。


「……あの侯爵家と関わりがある、地雷でしかない私のどこに、それを覆せるだけ価値があると公爵家は判断したの?」


「……っ!」


 私の疑問を理解し、アルトが顔を真剣なものとしたのは、次の瞬間だった。


 私は現在、侯爵家から逃げ出してきたところだ。

 ソーラスは血眼で私を探しているに違いない。

 それを知るからこそ私は、逃げ出す時既に、もう表舞台に出られないという覚悟を決めていた。

 できたとしても、偽名を使って商人となる程度。

 それもあまり派手な動きはできないに違いない。


 つまり現在私は、表舞台にすら出ることのできない、全く役に立たない存在なのだ。


 なのに、そんな私をどうして公爵家が望む?

 その理由が私には、どうしても思いつかなかった。

 その判断故に、私はアルトに対して猜疑心を隠せない。


 そんな目を向けられても、アルトが機嫌を損ねることはなかった。

 それどころか、アルトはその顔に申し訳なさそうな表情を浮かべ、口を開く。


「申し訳ありません。信じてもらえないかもしれないと感じても、先に言うべきでしたね」


 そう謝罪と前置きをした後、アルトは真剣そのものな表情で告げる。



「侯爵家は、公爵家と他貴族の協力により、様々な犯罪行為が明らかになり、爵位を返上しました」



「なっ!?」


 ──そしてアルトが告げたのは、到底信じられない言葉だった。


 私はアルトの前でありながら、動揺を隠すことができなかった。

 私は、侯爵家を潰すなど不可能だと知っていた。


 ……何より私が、侯爵家を潰そうか必死に考えていた時期があったからこそ、絶対に無理だと知っていた。


 私が去ったことで、侯爵家の弱体化は避けられなかっただろう。

 私が嫁いだ頃なんて比にならない程に膨れ上がった借金を背負い、他の貴族達から交易を拒否されるような事態になっているかもしれない。


 だが、どれだけ借金を背負おうが、他の貴族達に疎まれようが、侯爵家が潰れることはないだろう。

 精々、爵位を侯爵家から伯爵位に下げられる程度で、あっさりと侯爵家は王家に許されるだろう。

 今までだってそうだったし、これからもそれは変わらないに違いない。


 その事を知り、打ちのめされた過去があったからこそ、私はアルトの言葉を受け入れることができず、口を開く。


「いくら調子が悪くても、そんな嘘で私は騙され……え?」


 それ、に私が気づいたのはその時だった。


 感情的になって集中力がましたせいか、それともよくアルトの顔を見たせいか。


 ……その時私は、ようやくアルトの目の下に浮かぶ、濃いくまに気づいた。

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