第61話 アルフォート視点
「……煩わしい女だったな」
気を失ったカーシャに対し、私は少しの間嫌悪感を隠すことができなかった。
この女が最悪の人間であることは、今まで侯爵家でやってきたことや、エレノーラに対する扱いから知ってはいたつもりだった。
……だが、カーシャの態度はその想像を超えるものだった。
「自分の行いがどんな状況をもたらしかけたさえ、知らないのか」
おそらくこの先この女を待っている未来は、鉱山奴隷というだけではないだろう。
その程度で済まないほどの恨みをこの女はかっている。
私がカーシャの末路を貴族社会に流せば、それだけで幾人もの貴族が、恨みを晴らそうと動き出すに違いない。
「自業自得だな」
そんなカーシャの未来を想像した私は、小さく吐き捨てた。
隣にいたバルトが、思案げな顔を浮かべ、口を開いたのはその時だった。
「それにしても以外でしたね。こんな軽い罪で終わせるなんて」
「……ん? カーシャに関しては、私の考える限りかなり重い罪だと思うが?」
「いえ、カーシャの話ではなくて、愛人達と使用人達の話です」
バルトは疑問そうに俺に目を向けたまま、言葉を続ける。
「正直、あの連中にはもっと重い罪を着せられましたよね? あの程度なら、あの連中達が確実に破滅するとはいえないですし」
そのバルトの言葉は、たしかに事実だった。
愛人達は実家から捨てられたとはいえ、貴族の付き合いがあるし、使用人達こ強制労働に至っては二年間の話でしかない。
「あの連中は直接的か間接的の違いはあれど、エレノーラ嬢を虐げていたの変わらないですし、情けをかける必要もないのでは? なのになぜ、あんな中途半端な罪にしたのですか?」
そこで言葉をきったバルトは、一息溜めたあと告げる。
「それも、エレノーラ様を意識させるような罰を」
そのバルトの言葉に、私は内心感心を抱く。
相変わらず、私の側近は恐ろしいくらいに優秀だと。
そう、私はたしかに使用人達や愛人達に罰を言い渡すとき、あえてエレノーラの被害を意識しながら言い渡した。
エレノーラに劣悪な環境を強制した使用人達には、二年間の強制労働を。
エレノーラから金銭的に援助されていながら、感謝するどころか虐げていた愛人達には、多額の慰謝料を。
とはいえ、普通の人間ではそんなこと分かりはしないだろう。
その感心を私はバルトに告げる。
「よく見ているな」
「強制労働の二年間。そして愛人達の慰謝料の金額と、彼女達がエレノーラ様から得た金額の一致。その二つが合わさって分からない人間などいませんよ」
……当たり前のごとく、愛人達がエレノーラから得た金額を暗記しているのが異常だと言いたいのだが。
喉元までそんな言葉がせりあがってくる。
が、この男に言っても、無駄なことを知る私はその思いを胸の奥に押し込む。
「単純な話さ」
代わりに、私は罰の理由を話始めた。
「──エレノーラ嬢にあれだけ尽くされていた人間が、それを知らないのも業腹なことだろう?」
「ああ、なるほど。本当にその通りですね」
その言葉に、バルトは納得が言ったように頷いた。
この先、使用人達は強制労働の結果自分達がどんなことをエレノーラにしたのか、身をもって知ることになるだろう。
また、愛人達に関してもこの先最悪の事態避けるためには、実家に謝り倒すか、他の貴族達に縋り付くかして、必死で動かねばならない。
侯爵家の問題を解決するために、貴族に頭を下げていたエレノーラと同じように。
そうなれば、使用人達や愛人達も理解せざるを得ないだろう。
一体どれだけ、エレノーラが自分達の生活をどれだけ支えていたか。
もう既に私は今回の件を貴族社会に大々的に広めるように部下に言いつけている。
そして貴族社会に今回の件が伝われば、もう使用人達を雇う貴族はいないし、愛人達に情けをかけてくれた貴族がいても、立場としては使用人以下になるだろう。
使用人達も、愛人達もこれまでのような立場に戻れることは絶対にありえない。
彼らは、一生自分がエレノーラにしたことを後悔しながら生きていくことになるのだ。
その私の意図を理解した上で、バルトは意地の悪い笑みを浮かべ告げる。
「ただ単純に罰をやるより余程性格が悪い。さすがはアルフォート様だ」
「……お前、絶対に褒めてないよな?」
「いえいえ。そんなまさか。善良な私にはまるで思いつけない考えと感心していますよ」
「……腹黒が」
そうして、少しの間私はバルトを睨んでいたが、溜息を吐くと告げた。
「まあいい。とにかく後は頼んだ。私はすぐに屋敷に戻りたい」
「はい。了解致しました。後は全てが私に任せてください」
そうして馬車に向かう私に、バルトは屋敷に戻りたい理由を聞きはしなかった。
代わりに、彼にしては珍しい優しげな顔で告げる。
「着替えは馬車の中に用意してありますので。非情な協力者と認識されないよう、急いだ方がよろしいかと。理由があれ、今まで会いに行けていないのは事実なのですから」
「ああ。ありがとう」
口が悪いながらも、自分を心配してくれているバルトに私は簡潔に礼を告げて馬車に乗り込む。
そして、御者へと口を開いた。
「できるだけ早く屋敷──エレノーラ嬢のところまで頼む」
◇◇◇
次回から、エレノーラ視点となります。
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