第59話 カーシャ視点

「…………は?」


 呆然した声が、口から漏れる。

 アルフォートが何を言ったのか、私は理解できない。

 いや、理解したくなかったと言った方が正確か。

 一瞬、自分の聞き間違いか? などという現実逃避が私の脳裏によぎる。


「もう部下の一人に言いつけて、マルレイア辺境伯に屋敷に来てもらえるよう使いを出してます」


 だが、その私の現実逃避を後ろから響いた声が粉々に打ち砕くこととなった。

 聞き覚えのある声に、呆然と後ろを振り向いた私の目に入ってきたのは、アルフォートの護衛の男、バルトだった。


「なんで、ここに……」


 他の使用人達を見張っていると思っていたバルトの姿に、私は動揺を隠せない。

 もしかして、最初から私をつけていた? その可能性に思い至った私の背筋に冷たいものが走る。

 その時になって、ようやく私は気づいた。


 ……自分の想定が、間違っていたのではないか、という考えに。


 可能性に思い至りながらも受けいられない私を無視し、アルフォートとバルトは言葉を交わす。


「それにしても想像以上にこの女も頭が弱かったですね。まさか、あんな簡単なところに横領した金額を隠していたとは。ここまで策を弄して持ってきてもらう必要はなく、後で屋敷を調べれば良かったのでは?」


「まあそう言うな。この女自ら持ってきてくれた方が色々と手間が省けたのは事実だろう?」


「たしかにそうですね。ソーラス達のように言い訳して無駄な時間を稼がれるよりも、こうして確たる証拠があった方がいい」


 そう小さく笑った後、バルトは私へと冷ややかな視線を向けた。


「こういう女は大抵、往生際が悪いものですから」


「……っ!」


 バルトの嘲るような表情に、少し胸の中に生まれた苛立ち。

 それが、今まで呆然と話を聞き流すことしかできなかった私に、新たな活力を与えることになった。


 ようやく動き出した頭が、私にどれだけ状況が悪いかを教えてくる。

 アルフォートは私が横領をしているどころが、それを緊急事態であれば、利用して保身に走ることさえ読んでいた。

 ここから言い逃れするのは、証拠となる鞄の中身を見せてしまった以上、不可能だろう。


 しかし、未だ私は諦めていなかった。


「待ってください!」


 次の瞬間、私はアルフォートに突き出すように鞄を掲げ、その中身をひっくり返した。

 その瞬間、鞄の中から大量の宝石や金銭が地面へと落ちていく。


 数年間に渡って集めていた金銭、それを自分が利用することができないことに、胸に悔しさがよぎる。

 それを奥に押し込め、私は口を開いた。


「私を本当にマルレイア辺境伯に引き渡すつもりなのですか! これだけの金額を得れるチャンスを逃して!」


 地面にちらばった鞄の中身を指さし、私はアルフォートへと叫ぶ。

 それこそが、私が見出した活路だった。


 たしかに、今から言い逃れするのは難しいだろう。

 それなら、アルフォートも共犯者にしてしまえばいい。


 地面に落ちている宝石類、それらはかなりの金額になる。

 これなら、アルフォートだってマルレイア辺境伯に返すことを惜しんでもおかしくない。

 そう期待を抱きながら、私はアルフォートに懇願するような目を向ける。


「……たったこれだけで私を買収できるとどうしても思ったのか」


 ──だが、アルフォートの顔に浮かんでいたのは、冷ややかな表情だった。


 アルフォートは、淡々と私へと告げる。


「公爵家を買収したければ、せめてその十倍はもってこい」


 そのアルフォートの態度に、私は動揺を隠せない。


「そ、そんな! ソーラス様が壊した装飾品さえ、公爵家は直せない状況じゃ……!」


 感情的に呟く私に、アルフォートは淡々と何気ない様子で口を開く。


「そんなの全てブラフに決まっているだろうが。──トップクラスの商会を有する公爵家が、あの程度の金額に困るわけがないだろうが」


「…………え?」


 その瞬間、私の中大前提が覆ることとなった……。

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