第58話 カーシャ視点
扉が開いた音に反応し、アルフォートはすぐに私に気づく。
私の存在に気づいた時、彼がその顔に浮かべたのは、あからさまな嫌悪感だった。
「……まだ何かあるのか?」
敵意を隠そうともしないアルフォートの態度に、一瞬私は緊張を覚える。
が、すぐに私はその緊張を笑みで覆い隠した。
アルフォートが私にいい感情を抱いていないことぐらい、最初から想定内。
その態度も、すぐに変わると自分に言い聞かせながら口を開く。
「アルフォート様にご提案があり、屋敷を後にする許可をバルト様に頂きました」
まるでバルトから屋敷の外へと行く許可を貰っている、そんな口ぶりで私はそう告げる。
もっとも、それはただの嘘でしかない。
後々それに気づかれれば、アルフォート達の心象は悪くなるだろう。
だが、それも後の話。
大金を渡した後であれば、アルフォートも嘘については口を噤むに違いない。
とにかく今は、少しでもアルフォートの心象を良くするために、私は緊張を覆い隠し、必死に笑顔を顔に貼り付ける。
私の言葉をうけてもなお、最初アルフォートの態度が軟化することはなかった。
不機嫌そうな様子を隠そうともせず、私へと口を開く。
「余計なことを。私が不機嫌だと先程も言ったことを覚えていないのか? 金銭的にも時間的にも公爵家に多く奪われた。その上また余計なことで時間を奪おうと……」
しかしその途中で、アルフォートは言葉を中断した。
言葉を途中で止めたアルフォートの目が捉えていたもの、それは私が持つ鞄だった。
アルフォートが黙ったことで、沈黙が場を支配する。
それから、アルフォートは重々しく口を開いた。
「……カーシャ、その鞄は一体なんだ?」
その声に込められた何かを期待するような声に、私は思わず笑いだしそうになる。
ああ、やはりアルフォートは私側の人間だったのだと。
アルフォートはもう、私の鞄の中身を理解できているだろう。
また、鞄の中身が想像できれば、どうやってその中身を調達したか、辺境伯の不正の件が頭によぎらないわけがない。
それを理解した上で、アルフォートが告げた第一声は咎める内容のものではなかった。
それだけで、私は確信できた。
アルフォートは、私と同じように自分の利益のためなら、善悪の判断などどうでもいい人間だと。
この人間ならば、絶対に交渉は上手くいくと。
その思いに口元に笑みを浮かべながら、私は鞄の中身がアルフォートに見えるようにもち、その鞄を開いた。
「はい。これは私からの謝罪の気持ちです」
「……っ!」
鞄の中身を見たアルフォートの顔を、一瞬驚愕が支配する。
が、すぐにその表情は喜びへと変化した。
アルフォートの表情に、私の顔にも笑みが浮かぶ。
これで私は、破滅を逃れたとそう思い込んで。
「よし。証拠は容疑者が持ってきてくれた。バルト、すぐにマルレイア辺境伯に使いをだせ。横領した人間を捕らえたと」
──故に私は、次の瞬間アルフォートが告げた言葉を信じることができなかった。
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