第56話 カーシャ視点
アルフォートが部屋を後にした瞬間、部屋に残った使用人達の顔に浮かぶのは、絶望だった。
ここにいる使用人達のほとんどは、貴族社会で生きてきた人間だ。
故に、強制労働という未来に衝撃を隠しきれない。
が、使用人達は絶望しているばかりではなかった。
先程まで、アルフォートに慈悲を乞うていた侍女、カナリアが私を睨み叫ぶ。
「カーシャ、あんたのせいで!」
そのカナリアの言葉に、使用人達の内何人かが私へと憎悪の視線を向けてくる。
だが、そんな視線でいまさら私が怯む訳がなかった。
「エレノーラ様を進んで虐げていたのは貴方の癖に、こんな状況になれば私のせいにいるの? どちらかといえば、この状況を引き起こしたのは貴方じゃない!」
その言葉に、カナリアが怯む。
カナリアにも自覚があったのだろう。
エレノーラを過度に虐げていなければ、ここまでアルフォートに敵視されることはなかったと。
「アルフォート様はエレノーラ様を助けるために侯爵家を潰そうとした。だったら、一番に責任を取るべきなのは、エレノーラ様を率先して虐げていた貴方でしょう!」
「……っ!」
周囲の使用人達を扇動し、私はカナリアへと怒鳴る。
憎しみを目に浮かべ、お前のせいで私まで巻き込まれたと言いたげな様子で。
……しかし、実際のところは私にカナリアに対する怒りはなかった。
「そうだ! お前がエレノーラ様を虐げようと私に言わなければ私は……!」
「何よ! 全て私のせいだって言いたいの? あんただって、あの女のことを嘲っていたじゃない!」
私の言葉に扇動された使用人達が怒りの矛先をカナリアへと向け、騒ぎ始める。
その騒ぎを治めるべく、部屋の中にいた護衛達が、うんざりとした顔で近寄っていく。
「暴れるな! 静かにしろ!」
それこそが、私の狙いだとも知らないで。
騒ぎに客室の人間が集中しているのを確認して、私は今の隙に密かに出られないか、入口の方向へと目をやる。
が、扉にはバルトと呼ばれていた護衛が残っていた。
「……っ!」
主の命を忠実に守っているのか、そこから動こうとしないそのバルトの姿に、私は思わず顔を歪める。
た別の騒ぎを起こして、気を反らせるしかないのだろうか?
「何かようでもあるのか?」
「……え!」
──突然、バルトから声をかけられたのはその時だった。
まるで想像していなかった事態に、私は思わず固まってしまう。
そんな私を気にすることなく、バルトは身体を横にずらし、私へと扉を指さした。
「何か用があるなら、屋敷内に限り動いていいぞ」
一瞬、私はバルトの言葉が信じられなかった。
呆然と立ち尽くす私に、バルトが怪訝そうに問いかけてくる。
「なんだ、俺の勘違いか?」
「い、いえ! ありがとうございます! すぐに戻ります!」
私は急いで、客室の扉から外へと飛び出す。
「一応言っておくが、逃げようなんて考えるなよ」
「はい!」
背後からかけられたバルトの言葉に満面の笑みで返事をしながら、私は屋敷の中を進んでいく。
そう、私には逃げるつもりなど一切なかった。
すぐにそんなことをしなくても良くなるのだから。
「……私だけは、強制労働なんてなるもんですか」
そう呟く私の口元は、いつの間にか歪んでいた……。
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